泥棒猫への制裁ドロップキック
崩落した石橋の手前の茂み。手癖の悪そうな目つきに使い古された泥棒ヒゲの男は、盗み出したエアボードを特殊な布でぐるぐると包み込んでいた。
(へっへー! いただきだぜぇ! この『魔力遮断の迷彩布』で包んでおきゃあ、魔力探知には引っかからねぇし、周囲の岩肌に同化して目視でも絶対に見つからねぇ! ほとぼりが冷めたら売り払って、俺様も大金持ちだ――)
風景と完全に同化した布の前に座り込み、盗人がドヤ顔で油断しきっていたその時。
上空から猛烈な風切り音と、可愛らしくも怒りに満ちた叫び声が降り注いだ。
「泥棒猫め! 商会の備品を盗んだ罪は重いのだよーーっ!!」
「ひえっ!? な、なんだぁ!?」
盗人が見上げた視線の先――そこには、ツインテールを激しくたなびかせ、不格好ながらも猛烈な勢いで空を蹴り降りてくる小さな影があった。
なぜ、迷彩布で完全に隠蔽されたはずの標的をリリアーナが見つけ出せたのか。
理由は至極単純である。この世界の標準である「魔力」を遮断する布であろうと、次元の違う「霊力」までは遮断できない。自身で操縦したリリアーナの霊力の痕跡は、彼女の感覚に「ここにあるのだよ!」とピンポイントで隠し場所を主張していたのだ。
リリアーナは空中でフリスビーを蹴り飛ばすと、全身の「霊力の杭」を極限まで駆動させた。本来ならレイジのように大気中の環境魔力をハックして追加燃料にしたり、エレナのように変質魔力と束ねて効率化させたりするのが、この力(霊力)の真骨頂である。しかし、未熟なリリアーナにそんな高度なエネルギーの「並列処理」などできるはずもない。
彼女がやったのは、極めて単純かつ力任せな力技だった。
自身の薄い魔力の芯に、泥臭く鍛え上げた「霊力の杭」だけを限界まで絡め取り、純粋な物理的な重圧(質量兵器)として足裏に集中させる――! 周囲の環境魔力など一切利用せず、ただ自身の根性と自傷ギリギリの身体強化だけで強行突破するその異質すぎる技術は、理屈を無視した暴威そのものだった。
「食らうのだ! 我がリリアーナ商会・直伝! 『正義の制裁ドロップキック』ーーっ!!」
「ぶべっ!?」
空中で両足を美しく揃えたリリアーナの両足かかとが、風景と同化して何もないはずの空間の裏に隠れていた盗人の鼻頭へ完璧にクリーンヒットした。
ドォォォォン!!
幼い少女の体躯からは到底考えられない、まるで大砲弾でも直撃したかのような重厚な打撃音が響き渡る。衝撃波で周囲の砂利と迷彩布が吹き飛び、盗人は「あびゃあぁぁっ!」と情けない悲惨な悲鳴を上げながら、キリモミ回転して崩落した石橋の壁面へとめり込んだ。
地面に着地し、ドヤ顔でマントをバサリと翻すリリアーナ。足元には、無事に回収されたエアボードが転がっている。
少し遅れてフリスビーで駆けつけ、地上でその光景を目撃していたバリスは、背負った大剣の柄を握ったまま、顎が外れんばかりに口を開けて固まっていた。
「は……? おいおいおい、冗談だろ……! なんで何もない空間にピンポイントで突っ込めたんだ!? あれは魔力探知も視覚も完全に誤魔化す『隠蔽の迷彩布』だぞ!? しかも今の小娘、魔力量だけ見たらそこらの子供と変わらねえのに、なんで巨大な魔物すら吹っ飛ばしそうな威力が叩き出せるんだよ! 索敵も物理法則も、どうなってやがる!?」
Aランク冒険者として幾多の修羅場をくぐり抜けてきたバリスの常識が、激しく音を立てて崩壊していく。
「あー……バリス、気にしたら負けよ。あの子たちの技術はね、私たちの知る魔法理論の『外側』にあるの……」
セリアが遠い目をしてバリスの肩をぽんぽんと叩く。横ではレオンが「うん、俺も最初は衝撃で夜も眠れなかったから気持ちは分かるよ……」と哀愁漂う表情で深く頷いていた。
「ふはははは! 見たか! どんな布で隠そうと、愛機に残った私の繋がりは誤魔化せんのだよ! これぞリリアーナ商会のトップたる私の実力なのだ!」
両膝をガクガクと震わせ(無理な身体強化の反動)、耳まで真っ赤にしながらも尊大な態度で胸を張るポンコツ社長の姿に、レイジは「やれやれ」と深くため息をつき、エレナは「リリちゃん、すごいすごい!」と笑顔でパチパチと拍手を送るのだった。
無事に(?)盗人を締め上げた一行は、そのまま王都冒険者ギルドの大広間へと足を運んだ。
目標は一つ。北の山脈にある指定鉱脈から、エアボードの新型独立電源に必要な『絶炎の魔鉱石』を採掘するための限定許可クエストを受注することだ。
ギルド内の掲示板前は、多くの冒険者たちで賑わっていた。
バリスが窓口へ向かい、事前に片付けてきた「連続討伐依頼」の完了報告書をまとめて叩きつける。
「おい、受付嬢! これで予定の討伐依頼は全部完了だ。ついでに北の山脈の『絶炎鉱脈』への立ち入り許可クエストの手続きを頼む」
受付の職員が報告書を確認し、「さすがバリス様たちです」と感嘆の声を漏らした。だが、その背後に立つレイジ、エレナ、そしてドヤ顔で胸を張るリリアーナへ視線を移動させると、眉をひそめた。
「あの……バリス様。そちらの方々は?」
「俺たちの同行者だ。北の山脈へ連れていく」
周囲にいた大柄な冒険者たちが一斉に爆笑した。
「ハハハ! おいおいバリス、冗談だろ!?」
「何だその連中は! 真ん中の男なんて魔力量の測定器で底辺数値を叩き出したっていう『すっからかんのゴミ』じゃねえか!」
「隣の小娘二人もそうだ! 片方はCランクとはいえ戦闘服じゃなくて可愛い服着たお嬢ちゃんだし、ツインテールの子供に至っては登録すらないただの『ランク外』だぞ!」
「Aランク指定の危険地帯にそんな三流以下の足手まといを連れて行くなんて、いくら凄腕のバリスでも子無茶というもんだぜ!」
心無い嘲笑と罵声が大広間に響き渡る。
当のレイジは、耳をほじりながら完全な無関心を貫いていたが、バリスの額にはド派手に青筋が浮かび上がっていた。
「あぁん!? テメェら、今誰に向かって口叩いてやがる!!」
バリスが大剣の柄を叩きつけ、凄まじい眼力で周囲の冒険者たちを睨みつけた。
「いいかテメェら! このレイジとエレナ、それにこの生意気な小娘の実力をナメてんじゃねえぞ! こいつらはなぁ……空を飛ぶ板に乗ってAランクの魔物どもを秒で片付け、巨大なゴーレムの障壁を一瞬で消し去るような、化け物級の力を持ってんだよ!」
必死になってレイジたちを猛フォローするバリス。
冒険者たちは一瞬あっけに取られた後、さらに大きな爆笑の渦を巻き起こした。
「ギャハハハ! 空飛ぶ板ぁ!?」
「ゴーレムの障壁を消しただぁ!? バリス、お前酒の飲み過ぎで頭がおかしくなったのか!?」
「そんな常識外れの真似、写真も映像もねぇだろ! 証拠を出してみろよ、証拠を!」




