ポンコツ社長の根性フリスビー
岩塞地帯に舞い降りると、山のように巨大な硬質岩の巨躯が、地鳴りを立てて立ち塞がった。周囲の環境魔力を巻き込み、強固な防壁層を多重に展開している。
「おいおい大丈夫かよ……あいつの魔力、底辺数値だろ?」
大剣を担ぎ直したバリスが眉をひそめ、セリアも不安そうに杖を握り直す。
レイジの瞳に映っているのは単なる岩の塊ではない。異世界の魔力という「アプリ」と、大気の物理法則を定義する「コード」の羅列だった。
(やはりこの世界の魔力は、よくできたプログラムの実行ファイルに過ぎない。なら、OS側から直接書き換えてやればいいだけの話だ)
レイジは思考を集中させ、ハッキング技術を起動した。
極細の「霊力」をネットワークケーブルのように伸ばし、巨大ゴーレムが纏う外部魔力のエネルギー構造をミクロン単位の精密干渉力で読み取る。構築された論理の隙間、ノイズの発生源を瞬時に特定していく。
胸元の新型カートリッジからあふれ出る外部の「魔力」を引き抜き、自身の体内に流れる「霊力」と分子レベルで編み込み始めた。不完全融合によるノイズを内包させたエネルギーの塊――対象の物理法則を直接上書きする「万能キー」を生成する。
(魔力というアプリの処理能力に依存せず、自身の霊力というOSで世界ルールそのものを書き換える論理……よし、エラーなしだ)
レイジの手に、異質な輝きを放つエネルギーの鍵が形作られる。
「ハック完了だ。システムを書き換える」
レイジが指先を前に突き出し、生成した「万能キー」をゴーレムの多重防壁へと流し込んだ。
ゴーレムを覆っていた強固な魔力障壁は、構成する物理法則そのものを上書きされ、まるで最初から存在しなかったかのように「消去(消滅)」した。
「なっ……魔力障壁が消えた!? 何をしたの……!?」
セリアが金切り声を上げ、レオンも「また手品みたいな理屈を……!」と絶句する。
万能キーの余波が巨大ゴーレムの核へと到達すると、莫大な質量を誇っていた岩の巨躯は、内部のエネルギーバランスを根本から破壊され、ガラガラとただの脆い砂利となって崩れ去った。
「よし、動作テスト完了。新型カートリッジのノイズ変換効率も問題なしだな」
静まり返る現場で、レイジは何事もなかったかのように手を払い、胸元のカートリッジの接続を確認した。
「……おいおい、何なんだよ今の……」
バリスが青ざめた顔で引きつり、レオンとセリアは頭を押さえて溜息をついた。
これで、Aランクの討伐リストはすべて消化完了。レイジたちは『絶炎の魔鉱石』が眠る北の山脈へ向かうための正規の条件を、完璧に満たしたのだった。
すべての討伐対象を片付けた一行は、報告と申請のために王都の冒険者ギルドへと足を進めていた。
連続戦闘と激しい空の移動を終え、バリスが大剣を背中で揺らしながら腹を叩く。
「へっ、とんでもねえ荒業の連続でお腹が空いたぜ。ギルドへ行く前に、大通りの有名な食堂で腹ごしらえと洒落込もうじゃねえか。俺の奢りでいいぞ」
それまで冷静な顔つきだったリリアーナの耳がぴくりと跳ねた。
「ほう! 見直したぞ大剣の! 丁度空腹を感じていたところだ。仲間を労うその気遣い、感心だな。良いぞ、奢られるのも経営者の大切なお勤めなのだよ!」
大通り沿いの賑やかな大衆食堂に入り、一同はテーブルを囲んで豪快な肉料理や温かいシチューを注文した。
食事の間、ルカが持ち込んだ試作型の魔導エアボード三機は、店の入口横の指定された駐輪スペースへと並べて立てかけられた。
「リリちゃん、このシチュー、すごく美味しいよ」
同居人であり共同経営のパートナーでもあるエレナが、笑顔でシチューの皿をリリアーナの前に差し出す。リリアーナは「む!」とツインテールを揺らし、愛称呼びに小さく頬を膨らませた。
「ふん! 相変わらず『リリちゃん』呼びは譲らんのだな! だがまあ良い……経営者たるもの、相棒からの差し入れを断る理屈などない!」
豪快にスプーンを運び、実に美味しそうにシチューを頬張るリリアーナの姿に、レイジは呆れたように息を吐きながらパンを噛みちぎる。
食事が終わり、満足げに立ち上がって店を出てきた一行だったが、駐輪スペースへ向かった瞬間にルカが足を止めた。ジト目で地面をじっと見つめる。
「……あれ? 私のボードと大剣さんのボードはあるのに、リリアーナさんのボードだけ消えてますね」
リリアーナは一瞬固まり、次の瞬間に激しい怒りで眉を釣り上げた。
「な、何だとーーっ!? 私の……私の大切な商会備品がなぁぁぁいっ!?」
周囲を見渡すと、路地裏の奥へと逃げ去る怪しい人影が一つ。リリアーナが搭乗していた魔導エアボードを抱え、必死で逃走を図っている最中だった。
逃走ルートの先には、崩落した古い石橋と深い断崖絶壁が広がっている。通常であれば、空中を滑空できるエアボードでなければ到底渡りきることのできない難所であり、犯人はそこを渡って追手を撒く算段だった。
「あやつ、我がリリアーナ商会の重要資産を盗んで逃げるとは良い度胸だなっ! 許さん、社長自ら引導を渡してやるのだよ!」
激怒したリリアーナは、腰のポーチから即座に二枚の「ごく普通の練習用魔導フリスビー」を取り出した。
実は彼女、レイジやエレナの領域に追いつきたい一心で、筋トレ地獄を耐え抜き、霊力を身体に馴染ませて普通フリスビー二枚での空中機動を密かにコソ練し、マスターしていたのだ。
「見よ! 私の血と汗とド根性の結晶を! 『内側からポンッとするやつ』――行けるのだよっ!」
リリアーナはフリスビーを足元へ投げつけると、霊力の杭で無理やり関節を引っぱる荒業の身体強化を起動。不格好ながらも確かな軸を保ち、二枚のフリスビーを交互に踏みつけながら、風を切って空中へと跳び出した。
目の前で普通のフリスビーを踏み台に空中を滑走していくポンコツ社長の姿を見上げ、レオンとセリアは呆然と開いた口が塞がらなかった。
「……ねえレオン、あの子……いつの間に普通のフリスビーで空飛べるようになってるの……?」
「知らん……俺たちの数年間の苦労って、一体何なんだろうな……」




