Aランクのプライドと、手のひら返し
「……えっ? フリスビーで移動って、あの制御を移動手段にするの……!?」
絶句するセリアを余所に、レオンはどこか遠い目になりながら腹を括った。
「……セリア、腹を括れ。俺たちの数年間の努力を見せる時だ。レイジ君たちに後れを取るな!」
「くっ……やってやろうじゃないの!」
レオンとセリアも自身のフリスビーを取り出し、長年の修練で練り上げられた『魔力ジャイロ』と『多層魔力膜』を同時展開。寸分の狂いもない足場を瞬時に構築してみせた。
「よし、第一目標の東の森林地帯、大角イノシシの群れ討伐へ出発します!」
ルカの掛け声とともに、三機のエアボードと四枚のフリスビーが一斉に王都の空へと躍り出た。
「ひいいい!? 高っ! 揺れる! 落ちる落ちる!!」
バリスが悲鳴を上げ、大剣を背負った大きな身体を縮こまらせてルカの腰にしがみつく。
「騒がないでください大剣さん。バランスが崩れます。ほら、リリアーナさんを見習ってください」
「ふはははは! 見よ、風になる私を! 大空すらもリリアーナ商会の庭なのだよ!」
ド根性ブーストの応用で完璧に軸を維持したリリアーナが、腕を組んで豪快に高笑いを響かせていた。
一方、フリスビー組みも常識外れのスピードで空を滑空する。
「レイジ、出力上げるぞ!」
「おう、一気に行く」
レイジとエレナは新型エンジンの爆発的な推進力と『内側からのブースト』を併用し、慣性を無視した『折れ線』の空中機動で加速。空間を物理的に書き換えるような圧倒的な直線スピードで風を切り裂いていく。
「な、何あの加速!? 慣性どこ行ったのよ!?」
セリアが悲鳴を上げながら多層魔力膜を補強し、レオンも歯を食いしばって『魔力ジャイロ』の回転を極限まで引き上げる。二人は長年の血の滲むような体幹の修練と完璧な技術で、レイジたちの無茶苦茶なペースになんとか喰らいついて見せた。
「あいつら……技術の精度だけなら本物だな」
レイジが後方の二人を一瞥し、ニヤリと口角を上げる。
わずか十分足らずで目的地の上空へ到達。眼下には、Aランク討伐対象である巨獣『大角イノシシ』の群れが蠢いていた。
「よし、一気に叩く。エレナ、仕留めろ」
「了解です!」
エレナは空中滑走の勢いを保持したままフリスビー上でピタリと停止。指先に魔力と霊力を同軸で束ね、大気中の環境魔力を強引に巻き込んでいく。
「【ハイブリッド・レーザー】――照射!」
詠唱も予備動作もなく放たれた極太の光線が、空を穿ち、地上を焦がした。
ドォォォォン!! と大地が揺れ、一瞬にして大角イノシシの群れが消滅する。
エアボードの上で恐怖に震えていたバリスは、その光景を目にして完全に目を剥いた。
「は……? 魔法……? いや、なんだ今の破壊力は……!? 一撃……!?」
「バリス、言ったろ! 余計な口を挟むなと!」
追いついたレオンが、息を荒らしながらも『先輩』としての面目を保つように胸を張る。
セリアも青ざめた顔で額の汗を拭いながら、手帳にチェックを入れた。
「はい次! 次は西の谷の『地竜』ね! 」
西の谷へ到達した瞬間、大地が狂ったように激動した。岩肌を叩き割り、甲殻に覆われた巨大な肉塊――Aランクの凶悪な魔物『地竜』が荒々しい咆哮を上げる。
「来たぞ! 地竜だ!」
レオンとセリアが素早く体制を整え、空中から支援の体勢に入る。エレナも二撃目の光線を放つべく指先に魔力を収束させ始めた。
だが、討伐の輪の中でただ一人、蚊帳の外に置かれていたバリスの不満とプライドは、すでに限界を突破していた。
(ふざけんな……! 魔法の一発で終わりだと!? Aランクのこの俺が、小娘の後ろで腰を抜かして守られてるだけなんて……そんなふざけた話があるかよ!!)
三流と見下していた者たちに完膚なきまで格の違いを見せつけられ、ただのお荷物として運ばれているだけの現状。大剣使いとしての血が、激しい屈辱と怒りで沸騰する。
バリスはルカの腰から強引に手を離すと、怯えを振り払うようにボードの上で強引に足を突っぱねた。
「ちょっと大剣さん! 無茶です、落ちますよ!?」
「っつ……黙ってろ!!」
足元から覗く遥か下の地面に一瞬ヒュッと胃が縮み、冷や汗が吹き出す。だがバリスは声を張り上げ、恐怖を強引に押さえ込みながら渾身の力を脚へと込めた。大剣の重みで激しく揺れるボードの重心を、泥臭い体幹のパワーと力任せの魔力でねじ伏せる。足裏から伝わる魔力エンジンの微振動を全身で押さえ込み、強烈な威圧感を放ちながら『エアボード上の完全自立』をやってのけた。
「なっ……体幹と力任せでボードの揺れを抑え込んだ!? 正気なの!?」
空中で多層魔力膜を貼っていたセリアが目を丸くする。
「……ハッ。……慣れちまえばどうってことねえ。最高じゃねえか、これ」
恐怖を泥臭い闘志で塗りつぶしたバリスは、ただ口元を獰猛に歪めて大剣を構えた。高度による位置エネルギーとエアボードの推進力をすべて刃に乗せ、地竜の頭上へと直下する。
ズドオォォォン!!
ドガラッ……と地竜の分厚い頭部甲殻が真っ二つに粉砕され、巨体が轟音と共に倒れ伏した。巻き上がる煙のなか、大剣を肩に担ぎ直したバリスは、着地すると同時に追いついてきたエアボードをまじまじと見つめた。
「おい小娘。この板、いくらだ」
「え……ルカです。まだ試作品で、売り物じゃ……」
困惑するルカに対し、バリスは野性的な瞳を輝かせ、ギラついた笑みを向けた。
「言い値で払う。討伐が終わったら、一番に俺に納車しろ」
さっきまで青ざめて怯えていた男が、一瞬でエアボードの性能に魅せられ、荒々しく買い取りを迫っている。そのあまりに現金な手のひら返しに、レオンとセリアは深い溜息をつき、レイジは不敵に口角を上げたのだった。
レイジは羊皮紙のリストに視線を落とした。残る討伐対象は、北の山脈の手前に広がる岩塞地帯に陣取る、極めて強大な変異種の巨岩ゴーレム一体のみ。
「よし、最後のは俺が片付ける。たまには俺にも活躍させろ」
エレナがフリスビーの上で小首をかしげる。
「レイジが?珍しいですね、いつも面倒くさがって私に任せるのに」
「エアボード作りのための独立電源のデバッグも兼ねておきたくてな。現場での負荷テストだ」
レイジは胸元の小型ストレージ――新型カートリッジを指先で軽く叩いた。
『銀の指輪』の変換回路をベースに自作した独立型電源。これにチャージされた大容量のエネルギーを引き出し、レイジは不敵な笑みを浮かべた。




