カノンのお節介と、隠れAランクの優雅な午後
レイジの脳裏に、ギルドの資源採取における基本方針が思い浮かぶ。
資源採取における怪我や遭難のリスクは基本的に「自己責任」だ。広大な世界のすべての洞窟や未開拓地域をギルドが個別調査し、厳格な立ち入り規制をかけることなど物理的に不可能である。その地域を全く管理していないわけではないが、監視の目には必ず死角がある。
「ギルドの連中が、広大な山脈のすべてを24時間監視できてるわけがねえ。ギルドが把握してるルートを通るからAランクの許可が要るんだ」
レイジは作業台の上に置かれた、ルカの完成品――エアボードを顎でしゃくった。
「なら、ギルドの監視網がない未開拓のルートから突っ込んで、勝手に掘り出せばいい。完全な『自己責任』ってやつだ」
「なっ……! つまり、無断採取ってことですか!? 強力な魔物が出るんですよ!?」
「お前のその『先越しのエアボード』、安全高度を滑空できるんだったよな?」
レイジの言葉の意図に気づき、ルカが息を呑む。
「地上ルートを通る必要はねえ。空からショートカットして直接鉱脈に乗り込めば、ギルドの監視網も魔物も全部パスできる」
ルカは開いた口が塞がらないという顔をしたが、やがてその表情に、姉と同じようなエンジニアとしての笑みが浮かび上がった。
「ちょっと待ちなさい!!」
奥で作業をしていたはずのカノンが、凄まじい剣幕で二人の間に割り込んできた。
「アンタたち、頭湧いてるんじゃないの!? それ、普通に犯罪だからね!?」
「その通りなのだよ、レイジ!」
いつの間に背後に回っていたのか、リリアーナが腕を組み、マントを翻しながら堂々と胸を張った。
「我がリリアーナ商会の看板に泥を塗るようなコンプライアンス違反は、この私が許さんぞ!」
「……自己責任だって言ってんだろ。ギルドの管轄外の空からアプローチして、こっそり石を拾ってくるだけだ。誰にも迷惑はかけねえよ」
「そういう問題じゃないの! 『自己責任なら何をしてもいい』なんて理屈が通ったら、犯罪者の取り締まりも、ギルドの存在意義も、社会のルールも根本からぶっ壊れるでしょ! 技術者が法やルールを舐め始めたら終わりなのよ!」
正論のハンマーで殴りかかってくるカノンの言葉に、レイジはチッと舌打ちをした。
レイジ自身も、システムの根本的なルール(OS)を無視して無法地帯を作ることが、最終的に致命的なバグを引き起こすことは理解している。
「……理屈は分かるが、ならどうしろってんだ。俺はただ、あのイカれたボードを組むための『絶炎の魔鉱石』ってパーツが欲しいだけなんだよ。俺たちには正規の手段でそこに入る権限がねえ」
純粋な技術的欲求を隠そうともせずにレイジが食い下がると、カノンは忌々しそうに腕を組み、大きなため息をついた。
「……仕方ないわね。バカな真似をして捕まったり死んだりされたら、私の工房の寝覚めが悪いわ。アンタたちには特別に、私が懇意にしてる『Aランク』の冒険者を紹介してあげる」
「Aランクの冒険者?」
レイジは怪訝な顔をした。
「そうよ。あいつらなら腕は確かだし、報酬さえ払えばこの手の採取護衛の依頼だって引き受けてくれるはずよ。ちょっと口を利いてあげるから、大人しく正規ルートで申請しなさい」
カノンはドヤ顔でふんぞり返り、自慢げにその名前を口にした。
「レオンとセリアよ。知ってる? 王都でも指折りの実力派なんだから!」
「…………は?」
その名前を聞いた瞬間、レイジ、そして後ろで聞いていたエレナとリリアーナの動きが完全にフリーズした。
(レオンとセリア……?)
レイジの脳裏に、かつて街外れで出会った男女の姿がフラッシュバックする。
「……おい。あいつら、Bランクじゃなかったか?」
レイジが半眼になって尋ねると、カノンはレイジたちが彼らと面識があることなど微塵も知らないため、得意げに鼻を鳴らした。
「驚いた? まあ無理もないわね。二人とも、Aランク特有の権力争いや面倒な依頼を避けるために、表向きは『Bランク』ってことに偽装してるのよ。でも実力は正真正銘、本物のAランクだから安心しなさい。特にレオンの『魔力ジャイロ』を使った機動力と、セリアの『多層魔力膜』の安定感は、そこらのAランクじゃ束になっても敵わないわ」
(いや、その正真正銘のAランクの魔力ガード、リリの蹴り一発で粉砕されてたんだが……)
レイジはこめかみを押さえた。エレナも気まずそうに視線を泳がせている。
一方、カノンの熱弁を聞いたリリアーナは、フンと鼻を鳴らしてツインテールを大きく揺らした。
「ふはははは! なんだ、あの無駄に前髪をかき上げていたカッコつけのお兄さんか! この私が少し『霊力の杭』を込めてドロップキックを見舞ってやったら、ガードごと粉砕されて半ベソをかいていたのだよ! あれでAランクとは、ギルドの基準も随分とガバガバなのだな!」
カノンは怪訝な顔で眉をひそめた。リリアーナが本物のAランクを蹴り飛ばしたなど荒唐無稽なホラ話にしか聞こえず、相変わらず派手な見栄を張っていると呆れたように流す。
カノンの呆れ顔など意に介さず、リリアーナは腕を組んでふんぞり返っていた。
レイジは深くため息をついた。
「まあいい。コネがあるなら使わせてもらうさ。……で、その『隠れAランク』様たちは、俺たちの依頼を受けてくれるのか?」
「私から頼めば断らないわよ」
レオンとセリアの居場所はわからなかったが、普段の行動が行動なのですぐに見つかった。
王都の大通りに面したオープンカフェのテラス席。周囲の視線を適度に集めつつ、一際スタイリッシュな角度で前髪をかき上げながら、紅茶のカップを優雅に傾けている銀の鎧の男――レオン。
豪奢なローブに身を包みながらも、周囲に聞こえよがしに「だから言ったでしょう、あの迷宮の構造は……」と自らの手腕を語って聞かせる理知的な女性――セリア。
ランクを偽りつつも「自分たちはデキる冒険者だ」と周囲にアピールせずにはいられない、彼らの変わらぬ日常の風景があった。




