絶縁の鉱石と規約の盲点
「ダメかどうかは、俺のを作って乗り比べてみねえと分からねえだろ」
レイジは羊皮紙の設計図を指で弾いた。
「お前のは『高効率なエンジンと特殊素材で力づくで飛ばす完成品』だ。だが俺が作ろうとしてるのは、人間の魔力をただのスイッチにして、環境の物理法則そのものをバグらせて滑る『パワステ構造』だ。システムのアプローチが根本から違う」
他人の成果を尊重しつつも、自分の理論に対する絶対の自信と執着を一切曲げない態度。
「どっちの板がよりイカれてて、どっちが空を面白くできるか……試してみたいと思わねえか?」
レイジの挑発的な言葉に、ルカの瞳の奥で技術者としての炎が燃え上がった。おっとりとした少女の顔が消え、姉ゆずりの負けず嫌いな職人の顔が覗く。
「……いいですよ。そこまで言うなら、レイジさんの設計通りにフレームを削り出してあげます。……でも、私のボードより性能が落ちてたら、笑ってあげますからね」
「おう、言っとけ……」
「はいっ!」
ルカの完成されたエアボードという「壁」を前にして、レイジのエンジンがかかる。
職人のプライドと異端のシステム論が激突し、世界の常識を塗り替えるモビリティ開発は、思わぬ「競作」という形で熱を帯び始めていた。
だが、現実はそう甘くなかった。
ルカが旋盤でフレームの削り出しを始めてから数時間後、作業場には重苦しい静寂が立ち込めていた。
「……レイジさん。やっぱり、無理です」
ルカは困惑と溜息の混じった顔で、作業台の上の試作パーツを指差した。
「内部の骨格になる『魔力を通す硬い層』と、表面の『微細な信号を拾う繊細な層』……この二つを繋ぐ接続部分が、どうしても耐えられません。試運転の魔力を流した瞬間に、境目から剥離して破断しちゃいます。……それに、この素材の合わせ方、パーツ一つ作るだけでも、コストが現実的じゃないですよ」
「……接続部のインターフェースか」
レイジは苦い顔で顎を擦った。
大容量の魔力を通すパワフルな骨格と、乗り手の微細な意志(霊力)を拾うデリケートな神経層。二つの素材は性質が正反対すぎるのだ。境目に強大なエネルギーが通った瞬間、性質の差による激しい摩擦と反発が起き、繋ぎ目の部品を内側から破壊してしまう。
奥から顔を出したカノンが、自分の作業の手を止めずに叫ぶ。
「私だってそんな異物同士の完全結合なんて技術、見たことも聞いたこともないわよ!」
カノンとルカにとって「霊力」という概念自体が未知の領域だ。ルカにとっては「思考の揺れに反応する不思議な回路」程度の認識でしかないため、素材同士の相性問題を加工技術だけで埋めるのは不可能に近かった。
「そもそもレイジさん、これを量産したいんですよね? こんな一点物の変態仕様じゃ、職人が100人いても足りません」
「分かってるさ。……なら、単純な話だ。境目を『点』で繋ぐから負荷が集中して壊れる。境目をなくせばいい」
「……は? 境目を無くす?」
ルカが首をかしげる。
「素材Aと素材Bを接着剤や継手で強引に繋ぐんじゃない。素材Aから素材Bへ、成分の比率を連続的に変化させて混ぜ合わせる……『グラデーション接合(傾斜機能材料)』だ。これなら明確な『境界線』が存在しねえ。エネルギーの負荷も滑らかに分散されるし、剥離も起きねえはずだ」
レイジの提示した解決策は、あまりにも単純だった。
「……あの、レイジさん」
ルカはジト目になり、呆れたように手元のはかりを叩いた。
「言ってることは誰でも思いつくレベルで単純ですけど……それ、現実的に不可能ですからね?」
「あ?」
「性質の全く違う二つの粉末を、ミクロン単位で綺麗なグラデーション状に混ぜ合わせたまま、崩さずに高温高圧で焼結させるなんて……そんな魔法みたいな制御ができる機械、この世のどこにあるんですか! 均一に混ざらずにダマになって爆発するのがオチです!」
ルカの言う通りだった。概念としては単純明快だが、「どうやって二種の特殊粉末を正確な比率で積層・定着させるか」という製造装置の壁を越えられない限り、ただの机上の空論に過ぎない。
「……なら、機械がないなら機械から作るしかねえな」
レイジのあっけらかんとした言葉に、ルカは目を丸くした。
「は……? 機械から? 本気ですか?」
「ああ。粉末をミクロン単位で積層させながら焼結できる、出力可変の装置を組めばいい。魔力をレーザー代わりに使って、微細な層を少しずつ焼き固めていく構造だ」
「理屈は分かりますけど……そんな複雑な制御ができる装置のコアを作るには、並の素材じゃ熱と魔力負荷に耐えきれませんよ。最低でも『絶炎の魔鉱石』クラスの触媒じゃないと……」
ルカの言葉に、レイジは顎を撫でた。
「じゃあ、それを手に入れればいいだけだ。どこで採れる?」
「簡単に言いますけどね、その鉱石が採れるのは北の山脈の指定鉱脈だけです。あそこは凶悪な魔物の巣窟だから、ギルドの規定で戦闘ランクが『Aランク以上』のパーティーじゃないと、採取の依頼も立ち入り許可も下りないんですよ!」
ルカの指摘に、レイジは舌打ちした。
レイジとエレナは以前、ギルドの再判定テスト――潜在魔力、精密制御、実戦出力、そして対人実戦の4段階の試験――を受け、その特異な力を見せつけていた。だが、どれだけ規格外の実力があろうと、「初回の飛び級認定は最高でCランクまで」というギルドの厳格なルールの限界で、彼らの戦闘ランクはCで止まっている。
(一応、薬草採取や安全管理のための『採取ランク』の資格は持ってるが、あれはあくまで事故防止の専門等級だ。危険な魔物が出るエリアの『戦闘ランク』の足切りには使えねえ)
「じゃあ、またAランクへの昇格テストを受けるしかないのか……?」
レイジの呟きに、ルカは首を横に振る。
「無理です。Cから一気にAへ上がるなんて例外中の例外で、確かな討伐実績と膨大な時間がかかります」
モビリティ開発の熱が冷めかけるような絶望的な条件。
だが、レイジの瞳の奥には、ハッカー特有の『抜け道』を見つけたような光が宿っていた。
「……なあ、ルカ」
レイジは意地悪く口角を上げた。
「ギルドが厳格に管理して足切りしてんのは、あくまで『ギルドを通して公式に依頼を受注し、正規ルートから入る場合』だろ?」
「え……? ま、まあ、そうですけど……」




