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異世界霊力技師の日常  作者: 咲


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先越しのエアボード

「――させるかよ!」


空中で反転したセレスが、圧縮された気と魔力の束を衝撃波として放つ。だが、レイジは胸元の新型エンジンから噴出する青白い残光を制御し、空間を蹴ることもなく鋭角に軌道を変化させた。


物理法則をあざ笑うかのような不連続な空中機動。

セレスの衝撃波が虚空を穿ち、道場の木々を激しく揺らす中、レイジはしなやかに着地を決めた。


「ふぅ……試走にしては上出来だな」

「……くっくっく、本当に可愛げのない男だ。だが、合格だぞ異端のエンジニア」


満足そうに地面へと降り立ったセレスに、レイジは不敵な笑みを返した。


だが、セレスとの模擬戦を終えて自室に戻ったレイジは、汗を拭うのも忘れて羊皮紙に向かっていた。


(せっかくこんな面白え万能電源が組めたんだ。誰かを殴り倒すためだけの『戦闘用の技』で終わらせるなんて、性に合わねえ)


世界の常識では「安全高度(高度十数メートル)は魔力が薄いため、自前の魔力で直接飛べば一瞬でガス欠を起こして落ちる」とされていた。

だが、このカートリッジを使えば、燃費の概念そのものを踏み倒せる。


(重力も慣性もキャンセルできて、環境依存ゼロの独立電源……揃いすぎてるだろ。息をするだけで空を滑走できる『悪魔のモビリティ』を作ったら、この世界の常識がどんな顔してひっくり返るか試してみたい)


根っからのエンジニア魂と悪乗りが混ざり合った衝動。レイジはそのまま『魔導エアボード』の開発へと突入した。


問題は、エンジンを載せる「板(フレーム)」だ。

大容量の「魔力」を逃さず伝える内部コア(骨格)と、乗り手の足裏から伝わる微細な意思や思考のブレ――レイジの扱う「霊力シグナル」を拾い上げる表面の感応層(神経)。


「力(魔力)を通す骨と、心(霊力)を通す神経をレイヤード構造で分離させる。ロジックはこれでいい」


レイジは設計図を素早く丸めると、ミクロン単位の精密加工ができる職人を頼り、迷わず鍛冶屋街へと足を向けた。


「立ち入り禁止」「無断で叩くな」と物騒な木札が躍る重厚な鉄扉。レイジが遠慮なく拳で突くと、中からドタバタと激しい足音が近づき、勢いよく扉が開かれた。


「一目見れば分かるだろ、私は今猛烈に忙しいんだ! ガラクタの修理ならバルカスの店に持っていけ!」


頭の上に大きな保護ゴーグルを乗せ、現場用の防泥つなぎを着込んだ小柄な女性――カノンが、眉間に皺を寄せて怒鳴り散らした。しかし、目の前に立つレイジと、彼が突きつけた『魔導エアボードのフレーム設計図』を目にした瞬間、その瞳が鋭い職人のそれに切り替わる。


「……またアンタ!? 今度は何を思いついたっていうのよ!」

「空中を滑空するモビリティのフレーム削り出しだ。魔力を通す骨格と、操作シグナルを拾う表面層を分離させる。内部コアの加工とコーティングの定着、お前ならできるだろ?」


カノンは図面をひったくるように奪うと、食い入るように目を通した。


「なによこれ……! 大容量の魔力ラインを内部に閉じ込めながら、表面の極薄レイヤーで乗り手の微弱な思考シグナルだけを拾ってスイッチングさせるですって!? 相変わらず意味が分からない! 発狂しそう!」


頭を抱えて叫びながらも、カノンの口元はエンジニアとしての快楽で引きつっていた。だが、彼女は葛藤の末に悔しそうに図面を押し返してきた。


「やりたい! すっごくやりたいけど……今は王都からの大口依頼で、ミクロン単位の精密流体弁を削ってる最中なの! 手が離せないわ!」

「チッ、タイミングが悪いな。バルカスに別の職人を紹介してもらうか」

「ちょっと待ちなさい! アンタのその卑怯でイカれた図面を、他の三流職人に見せる気!? 絶対にダメよ!」


カノンは胸を怒らせると、工房の奥に向かって大声で叫んだ。


「ルカ! ちょっと来なさい! アンタ、これやりなさい!」


奥の部屋から、カノンと同じ防泥つなぎを着た、どこかおっとりとした雰囲気の少女が顔を出した。カノンの妹、ルカだ。

カノン自身、レイジの使う「霊力」という異質な概念を完全には理解しておらず、妹のルカにもそんな妙な言葉は一切教えていない。そのためルカにとってレイジの技術は、「お姉ちゃんが時々叫んでいる、不思議な理屈の魔導回路」という認識でしかなかった。


ルカは眠そうに目をこすりながらレイジの図面を受け取り、そこに描かれた構造を追ううちに、ふっと目を細めた。


「これ……お姉ちゃん。エアボードの設計図……?」

「そうでしょ! 空を飛ぶ板なんて馬鹿げた構想、アンタ以外に理解できるわけ……」


「レイジさん」


ルカは姉の言葉をあっさりと遮り、レイジに真っ直ぐな視線を向けた。そして、工房の奥を指差した。


「……これを作る必要、ありますか?」


レイジとカノンが視線を向けた先。工房の作業台の上に、一機の美しく磨き上げられた流線型の「板」が鎮座していた。


「なっ……ルカ、アンタそれ……!?」

カノンが目を丸くする。


ルカは静かに胸を張り、職人としての誇りを込めて言った。


「私が作った『魔導エアボード』です。試作どころか、もう動力源も含めて完全に完成しています。地元の特殊な鉱脈で見つけた、人の意志や思考の揺れにだけ反応するパウダーを表面にコーティングして……私自身が乗って、すでに安全高度の十数メートルを悠々と滑空できるテストまで済ませています」


「はぁぁぁあ!? アンタいつの間にそんな恐ろしいもの完成させてたのよ! こっそり安全高度を跳んでたの!?」

カノンが頭を抱えて悲鳴を上げる。


ルカのエアボードは、すでに完成していた。

彼女自身の血の滲むような試行錯誤と、未知の感応パウダー、そして高効率な特製魔晶エンジンを組み合わされたその機体は、世界の常識を軽々と超えて空中を滑空する「ほぼ完璧な完成品」だったのだ。


ルカはレイジの設計図を指先でトントンと叩き、どこか対抗心を秘めた静かな瞳でレイジを見つめた。


「私のボードで、高度も速度も申し分ありません。動力の持ちも完璧です。レイジさんのその変なエンジンや、複雑なレイヤー構造をイチから作り直す意味……あるんですか?」


空気の中に、エンジニア同士の静かな火花が散る。


レイジは、作業台の上に置かれたルカのエアボードを一瞥した。


「へえ……大したもんだな。まだ自分で乗って負荷をかけて試してねえものに、俺が口を挟む筋合いはねえな。実際安全高度を飛べてるなら、お前の勝ちだ。上等じゃねえか」


褒められたルカが少し肩の力を抜いた、その瞬間。

レイジは口角を獰猛に吊り上げた。


「だが――俺は俺のシステムで組む」


「……どうしてですか? 私のじゃダメなんですか?」

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