ノイズの飼い馴らし方
――レイジの過酷な試行錯誤は続いた。
仮設ストレージの魔晶石を二層に削り出し、間に魔力吸収性の高い緩衝材を挟んでみる。だが、結果は緩衝材が発熱して石ごと爆発。
エネルギーの波長をさらに細かく散らし、複数の小さな魔晶石へ分散させてリンクさせる並列処理も試したが、今度は石同士が共鳴を起こし、連鎖的に粉砕されてしまった。
「……チッ。またダメか」
足元には、無惨に砕け散った魔晶石の欠片が山のように積もっていく。
「くっくっく。派手に割るな。いっそその破片を繋ぎ合わせて、前衛的な芸術品でも作ったらどうだ?」
縁側で胡座をかくセレスが、心底楽しそうに茶化してくる。
レイジは舌打ちし、乱暴に頭を掻きむしった。理屈は合っているはずなのに、どうしても器となるハードウェアがエネルギーの「揺らぎ」に耐え切れない。現状の素材では、出力とノイズの最適化が追いついていないのだ。
「ふぁぁ……朝からパリンパリンと喧しいのだよ……」
目をこすりながらリリアーナが起きてきた。寝起きのツインテールを揺らし、レイジの足元に散らばる惨状を見て呆れたようにため息をつく。
「またそんなに石を無駄にして……! 我が商会の経費だという自覚はあるのか? まったく、異なる力を無理やり抑え込もうとして暴発させるなど、昔のエレナと同じではないか。そんなに制御できずに割ってしまうなら、いっそエレナの使わなくなったアレでも流用すればいいのだよ」
「……アレ?」
レイジの動きがピタリと止まる。
昔のエレナが使っていたもの。現在、彼女が自身の生体回路を完全最適化し、特異点として自立制御できるようになったことで不要となり、引き出しの奥にしまわれている特注の外部デバイス。
「照準器兼、エネルギー変換回路……『銀の指輪』か……!!」
レイジの脳内に、雷のような閃きが走った。
あの指輪は本来、エレナが魔力と霊力という異なるレイヤーのエネルギーを暴発させずに制御するために作られた専用ハードウェアだ。
「そうか……! 器の強度を上げる必要なんてなかったんだ。あの指輪の『変換回路』の構造をストレージのコアとして組み込めばいい。異種エネルギーの衝突による摩擦熱やノイズを、ストレージを壊す負荷にするのではなく、安全な推進力として再変換(最適化)して出力できる……!」
自身の出力不足と暴走するノイズを完全に飼い慣らす、完璧な理論設計がコードとして結実した瞬間。レイジの口角が、今までになく獰猛に吊り上がった。
「リリ、ちょっとその指輪を貸せ」
レイジはリリアーナの抗議を適当に受け流すと、受け取った『銀の指輪』を容赦なく分解・スキャンし始めた。
エレナの体内で暴走していたエネルギーを最適化して出力するための繊細な回路。レイジはその構造を脳内で自身のシステム言語へとリバースエンジニアリングしていく。
「よし……コードの書き換え完了。これならイケる」
レイジは新たに用意した手のひらサイズの魔晶石の表面に、霊力で作った極細の針で新しい変換回路を刻み込んでいく。ノイズを無理に抑え込むのではなく、ノイズが生み出す反発力をそのまま一方向への『推進力(出力)』として逃がすためのバイパス構造だ。
完成したそれは、見た目こそ無骨な鉱石の塊だったが、中身は極めて精密なデュアルコア・エンジンと化していた。
「いくぞ……」
レイジは再び霊力と魔力を意図的に不完全融合させ、微細なノイズを帯びたエネルギーを新しいストレージへと流し込んだ。
ビキッ……!
一瞬、鉱石の表面に亀裂が走るような音が鳴り、リリアーナがヒッと肩をすくめる。
だが――昨日のような崩壊は起きなかった。
内部で荒れ狂うノイズは、刻み込まれた変換回路によって綺麗に整流され、ストレージの一端から「チリチリ」という静かな音と共に、安定した青白い残光となって放射され始めたのだ。
「……ビンゴ。器を壊す負荷が、完全に一定の出力エネルギーへと変換されてる」
レイジは掌の上で静かに明滅する鉱石を見つめ、満足げに息を吐いた。
周囲の環境魔力に一切依存せず、内部のエネルギーだけで高出力を安定供給し続ける完全独立型の小型万能電源。
「これなら……」
レイジは放射されるエネルギーのベクトルを指先で弄りながら、ふと、窓の外に広がる高い空を見上げた。
環境の魔力濃度に左右されないということは、地表の魔力溜まりから外れた魔力が薄い空中(安全高度)であろうと、出力が落ちないということだ。さらに、この規格外のエネルギーを、対象の物理法則を上書きする『万能キー』――例えば、重力や慣性のキャンセル――に変換して回せば。
「……燃費なんか気にせず、空を滑走する悪魔の乗り物でも、作れそうだな」
「な、なんだ? レイジのやつ、また何かろくでもないことを思いついて悪い顔をしているのだよ……!」
レイジの脳内ではすでに、この新たなエネルギー源を動力とした『非常識なモビリティ』の基礎設計が、爆速でコンパイルされ始めていた。
「……できたのか?」
セレスが縁側から腰を浮かせ、レイジの手元をのぞき込む。彼女の瞳には、かつて己が極めた技術の領域へ急速に追いついてきた異端のエンジニアに対する、純粋な探求の色が浮かんでいた。
「ああ。出力は安定してる。……試してみるか?」
レイジが指先でカートリッジを軽く弾くと、青白い残光が空間に一筋の軌跡を描く。
セレスはふっと妖艶な笑みを浮かべ、道場の庭へと踏み出した。
「いいだろう。お前のその『新型エンジン』が、どこまで私を退屈させずに済むか見せてもらうぞ」
数分後、庭の空気がピリリと張り詰めた。
レイジは新たに組み上げたカートリッジを自身の胸元へとセットし、霊力と魔力の不完全融合回路を直結させる。全身の生体回路が微細なノイズを心地よい振動として受け止めた。
セレスの体内で完全に融合した気と魔力のエネルギーが爆発し、素手から放たれる一撃は、周囲の大気を歪ませるほどの極小爆発を伴っていた。
レイジは足首の絶対軸を床に撃ち込むのと同時に、新型エンジンの出力を一気に解放した。
ズシュッ!!
「――っ!?」
セレスの放った一撃が空を切る。
レイジの姿はそこになかった。重力と慣性の法則を一時的に『万能キー』で無効化し、物理の常識を無視した直角の空中機動。
リリアーナが、自身のツインテールを引っ張りながら目を飛び出させていた。
エレナもまた、目を丸くして宙を舞うレイジの軌跡を追っていた。
「……ハッ、面白い!」
セレスは驚愕をすぐに歓喜へと変え、空中へ向かって跳び上がる。




