ノイズとストレージの崩壊
「……面白い。ならば、その『万能キー』がどこまで通用するか試してやろう」
セレスの瞳に、明確な闘争心の火が灯った。彼女は瞬時に気と魔力の融合エネルギーを練り上げ、道場の床を蹴る。
迫り来る理不尽な暴力を前に、レイジは無色のエネルギーを纏った手で迎え撃った。
セレスの拳が放つ極小の爆発を、レイジの『万能キー』が接触と同時に上書きし、威力を無に還す。激しい打ち合いが始まり、セレスは久方ぶりの技術的拮抗に妖艶な笑みを深めて躍動した。
だが、その歓喜の時間はあまりにも短かった。
「……あー、クソ。タイムアップだ」
レイジは突如として両手をだらりと下げ、大きく肩で息をしながら畳の上に座り込んでしまった。
セレスの動きがピタリと止まる。レイジの手元からは、あの無色のエネルギーが完全に霧散していた。
精密無比な並列処理と、魔力を自身の力と融合させる強引なプロセス。それは、元々底辺クラスの魔力量しか持たないレイジの「燃料」を、一瞬にして枯渇させていたのだ。
「……もうガス欠か」
セレスはつまらなそうにため息をつき、レイジを見下ろした。
「その技術の精度は認めてやろう。だが、もしお前が私クラスの厄介な奴に実戦で絡まれたら、その空っぽの燃料タンクでどうする気だ?」
レイジは畳に座り込んだまま、じっと自分の掌を見つめて沈黙した。
「……興醒めだな」
しばらく待っても返事のないレイジに、セレスは興味を失ったように背を向けた。
そのまま成り行きでセレスの家に泊まることになった。眠るエレナやリリアーナ、気絶するように眠るフィンの横で、レイジだけは夜通し虚空を見つめていた。
翌朝。
縁側で朝日を浴びながら気怠げに外を眺めていたセレスの隣に、レイジがやってきて腰を下ろした。
「答えは出たのか?」
セレスが前を向いたまま問うと、レイジはあくびを噛み殺しながら口を開いた。
「ああ。単純な話だ。戦闘中にゼロから融合させるからリソースが足りなくなる。なら、あらかじめ魔力と霊力を融合させたエネルギーを『外部ストレージ』として保存しとけばいい」
「ほう?」
「戦闘時は、そのストレージのエネルギーを『呼び水』にする。そいつを起爆剤にして周囲の環境魔力を強引にハックし、俺自身の霊力の糧として食わせる。あとは自動的に、周囲の膨大な魔力と俺の霊力が融合し続ける無限ループのエンジンを組む」
セレスは目を細めた。それは自身の環境魔力を外部アンプとして使う技術に近いようで、本質的には空間そのものを自らの燃料タンクに作り変える狂気の沙汰だった。
「……だが、それはまだ机上の空論だろ」
「ああ。問題は、今のままじゃ出力そのものが高すぎて、保存する前にストレージの器が焼き切れる。まずは自身の霊力と魔力を融合させたこのエネルギーを、安定するまで限界まで絞り込む必要がある」
セレスは顎に手を当て、自身の「気と魔力」の経験を基に口を開いた。
「お前のその得体の知れない力(霊力)のことは知らんが、私が気と魔力を編み込んだ時は、波長の頂点をあえて衝突させて反発のベクトルを内側へ逸らした。圧縮の瞬間に中心へ向かって螺旋状に流し込めばどうだ?」
自信げなアドバイスだったが、レイジはジト目でセレスを見返した。
「あのなぁ。俺とあんたじゃOSの言語が違うんだよ。そんな感覚的な操作でコンパイルできたら、こんなに苦労はしてねえ」
「なんだと? せっかく助言をしてやったというのに、可愛げのない男だ」
「可愛げでシステムが動くなら、今頃俺は苦労してねえっての」
セレスの指摘を適当に受け流しつつ、レイジは頭の中で新たなコードを組んでいた。
(感覚じゃなくて理屈だ。エネルギーを無理やり中心へ螺旋状に押し込もうとするから、器のキャパシティを超える。なら、最初から『綺麗に融合させない』方法をとればいい)
レイジが思いついたのは、あえて不純物を残すアプローチだった。
魔力と霊力を完璧に1対1でコンパイルするのではなく、微細な「比率のズレ」を意図的に発生させる。そうすることで完全融合を阻害し、意図的なエネルギーの「ノイズ(摩擦)」を発生させるのだ。
(出力の比率を少しだけいじって、微量のノイズを内包した不安定なエネルギーの塊を二つ作る。一気に全力を注ぎ込まない分、ガス欠の心配も消える)
レイジは再び魔晶石を手に取り、掌の上でエネルギーの生成を始めた。
霊力と魔力を混ぜ合わせる。だが、完全に噛み合わせず、あえてコンパイルの途中でわずかな偏りを生じさせる。
バチバチィッ!
掌の上で、青白いノイズを帯びた二つの小さなエネルギー塊が生成されていく。不完全な融合ゆえの微弱な排斥反応はあるが、先ほどのような即座のガス欠や異常発熱は起きない。
(よし、上手くいった。これをそのまま外部ストレージに――)
レイジは用意していた魔力の仮設ストレージへと、そのノイズを帯びた不完全融合エネルギーを流し込んだ。
だが、ストレージの表面に触れた瞬間、嫌な音が響いた。
ミシミシ……ッ!
「……っ!?」
ストレージの鉱石に、蜘蛛の巣のような無数のヒビが走る。
ノイズを含んだエネルギーは、レイジの想定以上に不規則な脈動を繰り返していた。微細な振動が、硬質な外部ストレージの内部構造を内側から食い破っていく。
パキィッ!
「おいおい、嘘だろ」
レイジが苦笑いを浮かべた次の瞬間、外部ストレージは耐えきれずに真っ二つに割れ、内部のエネルギーがパッと霧散して消え去った。
「……ふん。やっぱり器が耐え切れなかったか」
隣で様子を見ていたセレスが、どこか楽しげに鼻を鳴らす。
「異端のコードとやらは知らんが、ただ詰め込もうとするから器が割れる。中身が暴れるなら、ガチガチに固めるより、もっと柔らかく逃がす構造にするか、あるいは……」
レイジは割れた鉱石の破片を見つめながら、鋭い光を宿した目を細めた。
(なるほど、力任せに閉じ込めようとしたから自壊したのか。エネルギーの脈動そのものを分散させるか、あるいはストレージ自体を二層構造にして、ノイズを相殺するクッションを挟む必要があるな……)




