異端のコード・コンパイル
(気と魔力の完全融合……なら、俺の『霊力』と『魔力』ならどうだ?)
レイジはこれまで、自身の霊力を世界のルールに干渉する「OS」や「ハッキング用のツール」として扱い、空間の魔力を「アプリケーション」や「燃料」として外部から操作・変換してきた。別々のレイヤーとして扱い、干渉させていただけだ。
だが、もしも。
セレスが「気」と「魔力」を完全融合させて新たな単一エネルギーを作り出したように、レイジの底上げされた「霊力」そのものを、魔力と分子レベルで「融合」させることができたなら――。
(外部からのハックや干渉なんて生ぬるい段取りを踏まずに、俺自身の内部エネルギーそのものを『世界のルールに直結した高密度エネルギー』へと変質させられるんじゃないか……?)
一瞬の閃きが、レイジの頭の中に新たな回路(理論)を構築していく。
倒れたフィンを踏みつけながら涼しい顔をしているセレス。その異端の技は、レイジのハッキング技術をさらなる次元へと押し上げる、とてつもない可能性の扉を開こうとしていた。
「おい、もう一度やって見せろ」
レイジの声には、いつもの冷めたあくび混じりの気怠さは一切なかった。
「……ほう?」
セレスは面白そうに片眉を上げた。
「私の技にそこまで食いつくとはな、異端のエンジニアさん」
「減るもんじゃねえだろ。……もう一撃、フィンの障壁を殴ってみせろ。今度は露骨にゆっくりでいい」
「誰が殴られる前提なんですかぁぁぁ!?」
畳の上で息を吹き返したフィンが血の涙を流して叫んだが、セレスはそれを完全に無視した。
「いいだろう」
セレスが再び立ち上がり、右腕を軽く引く。
フィンが半狂乱で張った重厚な多重障壁に対し、セレスの拳が吸い込まれるように放たれた。
レイジは視界の解像度を限界まで跳ね上げた。
魔力と干渉を繰り返すことで地味に純度と出力を増していた自身の「霊力」を、眼球と脳の生体回路へ極細の針のように集中させる。
(見えた……!)
セレスの体内で起きている現象は、単なるエネルギーの重ね着(並列処理)ではない。
反発し合う「気」と「魔力」の波長を、極小の振動領域で完璧に同調させている。二つのエネルギーが衝突する直前に、気で魔力の構造を包み込み、分子レベルで編み込むことで、完全に単一の『高密度エネルギー』へと再構築していた。
(異種のエネルギーを反発させずに、同じベクトルへ不可逆圧縮するプロセス……! システムで言えば、別々のコードをコンパイルして単一のバイナリに書き換える作業だ)
「……ごちそうさま。理屈は分かった」
「何……?」
セレスが拳を引いた瞬間、レイジは既に自分の左手のポケットから、小さな魔晶石を取り出していた。
「レイジ……? 顔、すごく怖いよ?」
隣で見ていたエレナが思わず一歩身を引く。レイジの瞳の奥で、膨大な情報処理のコードが爆速で回転しているのが目に見えるようだったからだ。
「エレナ、ちょっと黙ってろ。思考回路が途切れる」
レイジは畳の上に直接腰を下ろすと、両手の掌で魔晶石を包み込んだ。
これまでのレイジの戦術は、自身の「霊力」を極細の針として放ち、外部の魔力や空間の構造を改ざん・干渉するものだった。霊力はあくまで「OS」であり「ツール」、魔力は「燃料」や「アプリケーション」という明確な境界線が存在していた。
だが、セレスの融合を見せつけられた今、その境界線すら無駄なコストに思えた。
(ハッキングの工程を挟むから、出力変換にロスが生まれる。なら……最初から俺の体内で、霊力と魔力を『完全融合』させた新たなエネルギーを生成すればどうなる?)
レイジは体内の霊力を呼び覚ますと同時に、魔晶石から純粋な魔力を吸い上げた。
通常、層の異なる霊力と魔力を体内で接触させれば、激しい摩擦熱が生じるか、互いを弾き出して不発に終わる。エレナがかつて自傷リスクを負っていたのも、この異種エネルギーの干渉負荷が原因だった。
(押し込むな。混ぜるな。セレスのやり方は……『編み込む』だ)
レイジは霊力を極限まで細分化させた。何千、何万本もの「霊力の糸」を作り出し、吸い上げた魔力の粒子一つひとつを縛り上げるように編み込んでいく。
バチバチッ……!
レイジの掌の間から、嫌な高周波の放電音が漏れ出た。
「っ……!」
内部で強烈なエネルギーの反発が起き、レイジの腕の生体回路が摩擦熱で軋む。
「レイジ! 手が焦げてるよ!?」
エレナが悲鳴を上げる。
「黙ってろと言ったろ……! まだだ、波長がコンマ数ミリズレてる……!」
汗がレイジの額から滲み落ち、畳に染みを作る。
(霊力は世界のルールに直接干渉する。魔力は物理現象を引き起こす燃料。この二つが完全に融合したなら――それはもはや『魔法』でも『霊力ハック』でもない……)
脳が焼き切れるほどの精密並列処理。
セレスの技法をベースに、レイジ独自のシステム思考でエネルギーの「結合式」を再構築していく。
ガチッ。
脳内で、ジグソーパズルの最後のピースがハマるような、心地よい手応えが響いた。
レイジの掌から漏れ出ていた不快な放電音がピタリと止まった。
静寂。
レイジの手元に浮かび上がったのは、雷のような青白さでも、魔力の残光でもない――どこまでも透明で、空間そのものを歪ませるほどの質量を持った『無色の高密度エネルギー』だった。
「……なっ!?」
それまで余裕の笑みを浮かべていたセレスの表情が、初めて劇的に固まった。彼女の鋭い眼光が、レイジの手元を穿つように見つめる。
(馬鹿な……! 私が血を吐くような修羅場の末に辿り着いた『エネルギーの完全融合』を……見ただけで、しかも自分の全く異なる力で再現しただと!?)
「ふぅ……」
レイジは深々と息を吐き出すと、融合させた高密度エネルギーをそのまま指先に集中させた。
指先を軽く、道場の空気に向かって「トン」と突く。
物理的な衝撃波は一切起きなかった。
だが――レイジが指を突いた延長線上、数メートル先の空間の空気が、まるでガラスのように一瞬だけ「歪み」、空間に満ちていた環境魔力の流れが、その一点を中心に完全停止した。
「……ハッ、なるほどな」
レイジは疲弊で重くなった腕をだらりと下げ、不敵に口角を上げた。
「外部からハックするまでもない。融合させたこのエネルギーを流し込むだけで、接触した対象の物理法則や術式そのものを『直接上書き』できる。変換ロスゼロの万能キーだ」




