再現性のない軌跡
(ログインが不安定すぎる。焦りでプロトコルが滅茶苦茶だ)
レイジは懐から「石」を取り出した。
「エレナ、伏せろ!」
「レイジさん……っ!?」
エレナが地面に転がると同時に、レイジはウルフの群れの前方へと石を投げつけた。
「調律――質量干渉」
石から溢れ出した魔力が、レイジの霊力を介して地面の「硬度」を一時的に書き換える。
突進していた先頭のウルフの足元が、一瞬だけ泥沼のように柔らかく沈み込んだ。
「ギャンッ!?」
前脚を取られ、前のめりに転倒するウルフ。
レイジはその隙を見逃さず、背後から接近すると、小型ナイフを迷わず首筋へと突き立てた。
「あと二匹……!」
残りの二匹が、獲物を横取りされた怒りで唸り声を上げる。
レイジは息を整えた。懐の「石」は、あと一つしかない。
(一発で全滅させる……。範囲拡大のパッチを当てるぞ)
レイジは最後の一つを掌で握りしめた。
エレナが震える手で杖を構え、必死に魔力を練り直している。
「……レイジさん、逃げて……! 私が、足止めを……!」
「黙って杖を向けろ。狙わなくていい、とにかく最大出力で撃て」
レイジの冷徹な声に、エレナは反射的に従った。
彼女の杖から、今日一番の、しかし形をなさない無秩序な「光の奔流」が放たれる。
レイジは、その奔流に割り込んだ。
(方向制御、出力収束、爆発範囲固定。全レイヤーに介入完了――)
彼の手の中の石が砕け散る。
砕けた石の微小な破片が空中で静止し、幾何学的な紋様を構築する。それは、エレナの放った無軌道な魔力の暴流を迎え入れるための、見えない「型」だった。
「指向性付与――圧縮」
レイジが鋭く言い放つと同時、四方八方へと散乱しかけていた光の奔流が、不可視の壁に押し潰されるように一極へと収束していく。それはもはや単なる光の塊ではなく、極限まで高密度化された破壊の矛へと変貌していた。
「射出」
鼓膜を揺らす鋭い甲音と共に、凝縮された光の槍が一直線に撃ち出される。
残る二匹のウルフは、回避行動をとる暇すらなかった。光の槍は寸分違わず二匹の胴体を一直線に貫き、その背後の空間で設定通りのピンポイントな爆発を起こす。
周囲の木々を一本も傷つけることなく、標的だけを確実に消し去る完璧な威力制御だった。
光の波が収まると、焼け焦げた地面と、黒い灰に変わって崩れ落ちるウルフの残骸だけが残されていた。
「……ふぅ」
レイジは短く息を吐き、痺れる右手を軽く振った。不安定なログイン状態での強制介入は、彼の神経に強い負荷をかけていた。手の震えを隠すように、ナイフを素早く鞘に収める。
「……あ、あ……」
エレナは杖を握ったまま、膝を震わせて崩れ落ちた。自分の放ったはずの魔法。だが、掌に残っているのは、温い反動ではなく、得体の知れない「空虚」だ。
彼女は、煤に汚れたレイジの横顔を仰ぎ見た。
「今の……なにが、どうなって……。あんな、槍みたいな形、私……」
レイジは、熱を帯びた右手の痺れを誤魔化すように、ゆっくりと握りしめた。内部で砕けた石の破片が、ポケットの中でジャリと音を立てる。
「……あんた、火事場の馬鹿力って言葉、知らないのか」
「え?」
「追い詰められて、死ぬ気で魔力を練ったんだろ。さっきの訓練場での一撃が、あんたの潜在的な出力だ。それが実戦の焦りで、たまたま一本の筋にまとまった。それだけだ」
「でも、あんなに……急に……」
エレナが納得しかねる表情で、自分の杖と、レイジの空の右手を交互に見る。
レイジは彼女の視線を遮るように、一歩前へ踏み出し、地面に転がった清鳴草の束を拾い上げた。
「それより、これ。せっかく摘んだんだろ。泥がつく前に回収しろ」
「あ、はい……」
強引に話題を逸らされ、エレナは促されるままに草を抱えた。彼女の指先はまだ小刻みに震えている。
レイジは彼女に背を向け、街道の方へと歩き出した。
(……危なかった。干渉のしすぎだ)
掌の皮膚が、過剰なエネルギーの通過に耐えきれず、焼けるように熱い。
レイジは、自分の霊力がいかに「細い」かを痛感していた。今回は石を媒介にしたが、次も同じようにいく保証はない。
(「運」や「偶然」で押し通せるのは、せいぜいあと数回だ。早いうちに、この世界の魔法理論を逆手に取った、もっと安定した『デバイス』を作らないと……)
レイジはフードを深く被り直し、感情の読み取れない無機質な表情を作った。
「助けてくれて、本当にありがとうございました。……私、もっと頑張ります。レイジさんが言ってくれたみたいに、今のを『たまたま』にしないくらい!」
「……勝手にしろ。死なない程度にな」
街へと戻る道すがら、エレナはレイジの数歩後ろを歩いていた。
手の中の清鳴草からは、微かな青臭い匂いが漂っている。
(……火事場の馬鹿力。そんなわけ、ない)
エレナは、自分の右手に残る感覚を反芻していた。魔法を放った瞬間、杖の先が勝手に固定されるような「磁力」に似た抵抗があった。
彼女は、前を歩くレイジの背中をじっと見つめる。
黒いフードに隠れた彼の後頭部。一族から追放された「平均的」な青年。
だが、彼が石を投げた瞬間、冷たい風が吹いたかと思うと、森の空気が一変したのを彼女の肌は覚えていた。
(レイジさんは、私の魔法に何かをしている。私が知らない、魔法とは違うやり方で。訓練所の時もおそらくそう)
レイジは、懐で粉々になった石の感触を指先で数えていた。
リソースを使い果たした。ウルフ相手にこれでは、この先もっと上位の「不具合」に遭遇した時、物理的に詰む。
(エレナという端末の性能を底上げするか、それとも俺自身が直接システムを叩くための、より堅牢なハードウェアを確保するか)
「……あの、レイジさん。さっきの……あの、槍みたいな魔法。もし、もしもですよ。また私があんな風に撃てそうになったら、その時は……教えてくれますか? どうすれば、またあんな風にできるのか」
「……運だ。再現性なんて期待するな」
「ですか……」
エレナの落胆した声は、夕暮れの街へと続く街道の風にそのまま溶けて消えた。
それ以上、二人が言葉を交わすことはなかった。沈黙を保ったまま街の門をくぐり、石畳の通りへと入る。昼間の熱気が去り、通り沿いの魔導灯がぽつぽつと淡い橙色の光を灯し始めていた。




