構造ハック
わずかに練り上げた霊力を自身の体温へと変換し、夜露に濡れた石畳の冷たさをやり過ごしながら仮眠を貪る。
夜が明けると、強張った身体を解きほぐすように街を歩き出した。
街のギルドに併設された訓練場。石造りの壁には魔法の着弾跡が刻まれている。
レイジは荷車の影に潜み、フードを深く被って光景を「観察」した。
「……はぁっ! 『火球』!」
エレナの声が響く。杖から放たれたのは、拳より二回りほど大きい火球だ。
放物線を描いて的に着弾する。ボッ、と乾いた音がして、的の一部を黒く焦がした。
「……うう、やっぱり。形がすぐ崩れちゃう……」
エレナは肩を落とした。彼女の魔法は放たれた瞬間に熱が逃げ出し、着弾する頃には勢いが死んでいる。実戦では決定打に欠ける「器用貧乏」な評価。
レイジは、彼女の魔法が放たれた瞬間の「パケットロス」を正確に捉えていた。
(……効率が悪すぎる。せっかく放出したエネルギーを維持できず、熱がダラダラ漏れてる。安物のルーターで壁越しに電波を飛ばしてるようなもんだ)
レイジは懐から、昨夜作り上げた「石ころ」を指先で転がした。
(派手なパワーアップはいらない。逃げようとする熱を、見えない手で中心に押し戻してやるだけでいい。バラバラに散らばる電波を一点に集中させる。それだけで威力は変わる)
レイジは石に触れ、微弱な霊力を空間に走らせた。
現代のOSをデバッグするように、エレナが放つ魔法の「実行ログ」にリアルタイムで割り込みをかける。
「もう一回……今度こそ、芯を捉えて……!」
エレナが二発目の火球を放つ。
先ほどと同じ、頼りない軌道。だが、着弾の直前。
レイジが石から引き出した霊力が、火球の外側に薄い「磁界」のような膜を形成した。逃げようとする熱を内側へ押し戻し、風の抵抗を最小限に抑える。
――ドォォン!
鋭い破裂音。
的の中央に、小さな、しかし深い貫通穴が開いた。
「え……っ!?」
エレナが目を丸くして固まる。
威力が増したのではない。エネルギーが一点に「収束」した結果だ。
「いまの、私……? いえ、でも……出した時の手応えは、いつも通りだったのに……」
彼女は自分の杖をまじまじと見つめた。
才能が覚醒したという万能感はない。むしろ、自分の意図しないところで「現象だけが強制的に書き換えられた」ような、薄気味悪い違和感。
「たまたま、風の加減かしら……?」
「……だろうな。この場所、壁の配置のせいで変な突風が吹くみたいだし」
不意に背後から声をかけられ、エレナは飛び上がった。
レイジが壁にもたれかかり、退屈そうに立っていた。
「あ、レイジさん! ……見てました? 今の」
「あぁ。まぁ、運が良かったんじゃないか。空気の流れが良くて、火球の形が綺麗に整ったんだろ。あんたの運が高かったってことだ」
レイジは平然と答えた。
「……そう、ですよね。私に急にこんな威力が出せるわけないし」
エレナは納得しようとするが、表情には拭いきれない「ズレ」が残っている。
自分の魔法なのに、自分のものではないような。見えない誰かに指先を添えられ、軌道を強制修正されたような感覚。
「……ねえ、レイジさん。さっき、火球が当たる直前、少しだけ『冷たい風』が吹いた気がしませんでしたか?」
「さあな。俺は『気』の使い手だから、温度には疎いんだ」
レイジは嘘を吐き、石をポケットの奥へ押し込んだ。
石の魔力残量は、今の僅かな干渉だけで一割ほど減っている。
(……この効率じゃ、実戦じゃ持たないな。もっと『石』の数を増やして、バレない程度の最小限の干渉を繰り返すしかない)
ハッキング技術は、エレナというインターフェースを通じて、世界のシステムを静かに侵食し始めていた。
ギルドの片隅で、エレナは掲示板の「素材募集」を見つめていた。
【常時募集】清鳴草の採取
報酬:一束につき銅貨5枚
備考:北の街道沿いに群生。ウルフに注意。
「……やっぱり、今行かないと。三日も経てば、他の人に採られちゃうかもしれないし」
エレナにはこだわりがあった。「一番質の良い時期」を狙って摘み取り、馴染みの薬局に持ち込み買ってもらう。それは彼女のささやかな自己満足のルーチンだった。それなりの加工は必要だが、報酬も銅貨5枚より良かった。
「エレナ、何見てるんだ」
「あ、レイジさん。……これ、ちょっとだけ採りに行ってこようかなって。今が一番、効き目がいい時期なんです」
「ウルフが出るって書いてあるぞ。数日待てばいいだろ」
「大丈夫ですよ! 逃げるのだけは得意なんです。今までも一人で何度もやってますから」
彼女は鼻歌まじりにギルドを後にした。
一時間後。
レイジは一人、ギルドの裏手で「石ころ」を眺めていた。
(……あのアホ。一人で行きやがった)
本来なら、放置して「石」の作成に専念するのが論理的な最適解だ。
(……だが、あの精度の低さだぞ)
脳裏に、エレナの「スカスカな火球」が浮かぶ。
システムを知る者から見れば、あれは致命的なエラーを吐き出す寸前の欠陥コードだ。
(……チッ。ここで唯一のコネを失うのは、管理コストが高すぎる)
情ではない。彼女が死ねば、この世界での立ち位置を確保する難易度が跳ね上がる。ただ、それだけだ。
レイジはフードを深く被り、北の街道へと走り出した。
街道から外れた森の入り口。
湿った土の上に、エレナの靴跡と、それを取り囲む複数の獣の足跡を見つけた。
(……足跡が深い。追い詰められて、踏み込みが乱れてるな)
レイジは指先に意識を集中させ、周囲の魔力濃度を走査した。前方五十メートル。不規則に弾ける魔力の火花――エレナの「火球」だ。
「……はぁ、はぁっ! 来ないで……っ!」
悲鳴とともに、木々の合間からエレナが飛び出してきた。その後ろには、灰色の毛並みを逆立てた三匹のウルフ。
彼女は走りながら杖を振り回すが、放たれる火球は狙いが定まらず、空中で霧散していく。




