終わらない試練! へっぽこ少年の帰還
迎えた決勝戦。
メインリングに上がったのは、ボロボロの状態で膝をガクガクと揺らすフィンと、もう一方のブロックを圧倒的な実力で勝ち上がってきた猛者(傭兵くずれの大剣使い)だった。
「ひえぇぇぇ……あ、相手の人、目が血走ってるよぉ……殺気しか感じないよぉ……」
ゴォォォォン!
開始の銅鑼が鳴り響くと同時に、大剣使いが地面を蹴って肉薄する。
「死ねぇぇっ!」
「ひぃぇぇぇぇーーーっ!?」
半狂乱で背を向けて逃げ出そうとしたフィンに対し、猛者の容赦ない一撃が大剣の腹でその背中を強打した。
ドカァァァンッ!!
「ぎゃあああぁぁぁ……っ!?」
惨叫を残し、フィンは弾丸のようにリングの外へと吹き飛び、観客席の壁に派手に激突して気を失った。
あまりにもあっけない、一瞬の決着。
観客席の最前列でそれを見ていたリリアーナは、がっくりと肩を落として叫んだ。
「ああぁぁ……! 我が商会の精鋭を破ったフィンが、あんなあっさりと沈むとは……! 我が商会の優勝による特大の宣伝効果がぁぁぁっ!」
「まあ、エレナとの試合で中身はスッカラカンだったからな。妥当な結果だろ」
レイジが呆れたように鼻で笑い、隣のエレナを見る。
エレナは、ふっと柔らかく微笑んでいた。
「でも、楽しかったな」
「ああ」
レイジが乱暴にエレナの頭をポンポンと撫でると、エレナは「もう、子供扱いしないでよ!」と嬉しそうに笑った。
数時間後。
すっかり日の落ちた闘技場の裏手で、目を覚ましたフィンが絶望の底から響くような泣き声を上げていた。
「うわぁぁぁん! 優勝できなかったぁ! 準優勝なんて一番中途半端な結果だぁぁ! 絶対に師匠に殺されるぅぅぅ!!」
「おいおい、準優勝でも十分すごいだろ。胸張って帰れよ」
「無理ですぅ! うちの師匠は『1番以外は全部ゴミ』って平気で言う人なんですよぉぉ! あんなあっさり負けたって知れたら、今度こそ魔獣の巣に丸腰で放り込まれますぅ!」
頭を抱えて地面を転げ回るフィンに、レイジは面白そうに口角を上げた。
「じゃあ、帰るのやめてこのままどこかに逃げるか?」
「もっと無理ですぅぅ! 逃げたら地の果てまで追いかけられて、帰って報告しなかった罪も乗っかって、もっと無惨に殺されますぅぅ! どっちにしろ俺の人生終わりだぁぁ!」
エレナは心配そうに眉を下げる。
「ねえレイジ、フィンくんの師匠ってどんな人なんだろう? 相当すごい人だよね? フィンの防御力凄かったし」
「ある意味、俺たちのやってるブースト特訓の究極系だ。少し気になってきたな」
「ふむ!」と、リリアーナも腕を組んで目を輝かせた。「それほどの猛者であれば、我が商会の護衛や特別顧問としてスカウトできんか!? よし、決まりだ! その師匠とやらに会いに行くぞ!」
「ええぇぇっ!? み、皆さんまで巻き込まれたら死んじゃいますよぉ!?」
「いいから案内しろ、へっぽこ」
レイジがフィンの襟首を掴んで強引に立たせる。
――だが、彼らは知らなかった。
賑やかに帰路につこうとするレイジたちの姿を、闘技場の観客席の最上段、暗がりに隠れた場所から静かに見下ろす一つの影があったことを。
影の主――しなやかで女性らしいシルエットが、薄闇の中でふっと面白そうに微笑む。
彼女はフィンがあっけなく吹き飛ばされた決勝戦はおろか、予選から本戦に至るまでのすべての試合を、ひっそりとこの場所から観戦していたのだ。
「まあ、あの馬鹿弟子のへっぽこぶりは相変わらずだが……少しは面白い連中と関わったようだな」
女性は風に長い髪を揺らしながら、音もなくその場から姿を消した。
翌日。
レイジたちはフィンの案内の下、人里離れた険しい山の中腹にある、古びた木造の家――というよりは武道場のような建物の前に立っていた。
「ここ……です……」
フィンは今にも気絶しそうなほど顔を青ざめさせ、ガクガクと膝を震わせている。
「ほら、さっさと開けろ。男だろ」
レイジに背中を小突かれ、フィンは「ひぃっ」と悲鳴を上げながら、恐る恐る引き戸に手をかけた。
カラカラ……と重い音を立てて戸が開く。
中は薄暗く、研ぎ澄まされたようなピンとした空気が張り詰めていた。
フィンは土下座でもするかのような勢いで、部屋の奥に向かって震える声を絞り出した。
「し、師匠……ただいま戻りました……。あの、大会の結果なんですけど……じゅ、準優勝でした……っ! ごめんなさい殺さないでぇぇっ!!」
静寂が下りた空間の奥。
畳敷きの広間の上座で、胡座をかいて酒器を傾けていた師匠が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「……遅いぞ、馬鹿弟子」
低くも艶のある声。
レイジとエレナ、そしてリリアーナの視線の先にいたのは、想像していた屈強な大男などではなく――動きやすい道着崩れの服を纏い、凄まじい威圧感と美貌を併せ持つ、一人の女性だった。
「し、師匠……! ごめんなさい、ごめんなさい! 準優勝なんてゴミみたいな結果で……っ!」
床に額を擦りつける勢いで平伏するフィンを見下ろし、女性――フィンの師匠は、手に持っていた杯をコトリと置いた。
「言い訳は聞かん。私が出した条件は『優勝』だ。それに届かなかった以上、当然お仕置きが必要だな」
「ひぃぃっ!!」
ビクッと肩を跳ねさせたフィンに対し、師匠は妖艶な、それでいて絶対的な冷酷さを孕んだ笑みを浮かべて宣告した。
「西の山奥に生息する『巨大熊蜂』の巣から、最上級の蜂蜜を採ってこい。今の時間からなら……そうだな、日没までには戻れるはずだ」
「きょ、巨大熊蜂……!? あ、あんなの、俺一人の力じゃ絶対に無理ですよぉぉ! 刺されたら死んじゃいます!」
「安心しろ。時間はたっぷりある」
師匠はスッと目を細め、底冷えのする声で付け加えた。
「だが、指定した時間――日没に1秒でも遅れたら、お前の相手は蜂ではなくこの私だ。みっちりと『組み手』の稽古をつけてやろう」
「!!!!?」
声にならない悲鳴を上げ、フィンは白目を剥いて泡を吹きそうになっていた。巨大熊蜂の群れに突っ込む恐怖よりも、師匠との組み手――彼にとってそれは『確実な死』を意味するらしい。
「ほら、さっさと行け。日はもう高いぞ」
「ひぃぇぇぇぇっ! い、行ってきますぅぅぅ!!」
フィンは弾かれたように跳ね起きると、涙を撒き散らしながら道場の外へと猛ダッシュで飛び出していった。
「なるほどな。あの異常な生存本能と機動力は、こうやって培われたわけだ。理にかなってる」
「感心してる場合じゃないよレイジ! フィンくん一人じゃ危ないって!」
エレナが慌てて後を追おうとする中、師匠はゆっくりと立ち上がり、レイジたち三人へと鋭い視線を向けた。




