エレナと難攻不落のフィン
頭上を焦がす熱波が、エレナの皮膚をヒリヒリと焼き、視界を真っ白に染め上げる。
だが――エレナの瞳に宿る光は、何一つ陰っていなかった。
膝の要所で、限界寸前の魔力と霊力を同時に起爆させた。
パンッ! と乾いた高音が鳴り響く。
「なっ……機動の予備動作すら無しか!?」
魔導士が目を見開いた瞬間には、エレナの体は頭上の巨大な火球に向かって一直線に跳び上がっていた。自虐的なまでの超絶加速。
灼熱の球体。その至近距離で、エレナは空中に固定した『絶対軸』を蹴り、折れ線を描いて真横へ垂直に直角曲折した。規格外の熱量を間一髪で置き去りにし、火球の側頭部をすり抜ける。
「なに……っ!?」
「ハァァァァッ!!」
直下へ向けて放たれた、限界を超えた一閃の打撃。
ブーストの推進力を乗せたエレナの拳が、魔導士の掲げた長杖を中央から叩き折り、そのまま彼の胸元へ深々とめり込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
爆風がリング上を吹き荒れ、頭上の火球が制御を失って大気の中へ弾けて消える。
激しい砂煙が晴れたあと、そこに立っていたのは息を荒らし、肩を激しく上下させるエレナだけだった。魔導士は白目を剥き、倒れ伏している。
「勝者……エレナぁぁぁぁっ!!」
審判の宣言とともに、アリーナを揺るがすほどの割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「なんだあの身のこなしは……っ!」「あの老練な魔導士の全力を打ち破ったぞ!」「ポンコツなんて言ったのは誰だ! 本物の怪物じゃないか!」
観客たちの興奮した叫びが、耳に届く。
エレナは荒い息を整えながら、汗で濡れた前髪を払った。全身の筋肉が激しく痛み、生体回路が摩擦熱で悲鳴を上げている。だが、彼女の胸の奥には、じんわりとした温かい誇らしさが満ちていた。
満身創痍の状態で選手用の治療室へ戻ったエレナは、応急手当を受けながら、先に待っていたリリアーナと合流した。
「よくぞ勝ったぞエレナ! 我が商会の名を一躍轟かせる見事な戦いぶりだったのだよ!」
「ありがとう、リリちゃん……えへへ、すっごく大変だったけどね」
エレナが微笑みながら周囲を見渡すと、ベンチで退屈そうに冷えた茶を飲んでいるレイジの姿があった。
「あ、レイジ! レイジの試合はどうだったの? 相手、結構強い人だったんでしょ?」
レイジはあくびを噛み殺しながら肩をすくめた。
「ああ、それなら負けたぞ」
「……え?」
エレナは目を丸くした。あのレイジが負けるなど、想像すらしていなかったからだ。
「おいおい、そんな顔すんなって。フィンのやつがメンタル崩壊してリング上で泣き喚くからさ。あいつのやる気を引き出すコストが高すぎて面倒くさくなったんだよ。だから参ったーって言って寝転がってやった」
「ね、寝転がって棄権したの……!?」
「ふはは! まったく呆れた男なのだよ! 商会の知名度をあげる絶好の機会だというのに、面倒くさいという理由だけで不戦敗を選ぶとはな!」
呆れ返るリリアーナの横で、エレナはぽかんと口を開けていた。
レイジはどこまでもレイジだった。勝ち負けや名誉などに一切興味がなく、自分の基準で「だるい」と思えばあっさりと投げ出してしまう。
(そっか……レイジ、負けちゃったんだ……)
レイジが真剣に上を目指さないと分かった途端、エレナの中でこれまで高ぶっていた「魔闘祭で勝ち上がりたい」という熱量が、どことなくスーッと冷めていくのを感じた。
迎えた準決勝。
エレナの前に立つのは、レイジの不戦敗によって意図せず勝ち上がってしまったへっぽこ少年、フィンだった。
「ひええええっ! エレナさんまでぇぇぇ! 俺、もう全身の毛穴から嫌な汗が止まらないですよぉぉ!」
「あはは……フィンくん、そんなに怖がらなくてもいいのに」
エレナは苦笑いしながら構えを取った。
だが、先ほどの魔導士との激闘による代償は重かった。足を踏み出すたびに膝が笑い、魔力を練り上げようとしても生体回路が重く熱を帯びていて、思うように集中できない。
ゴォォォォン……!
開始の銅鑼が鳴り響く。
「いっけぇぇぇ!」
エレナは足首のブーストを起爆させ、フィンの懐へと飛び込んだ。
打撃と同時に『絶対軸』の針を放ち、フィンの防衛網を突破しようと試みる。
「死にたくないぃぃぃぃっ!」
フィンの悲鳴とともに、彼を守る生存本能の『気』と『魔力』が爆発的に展開された。
周囲の環境魔力を上乗せする絶対防衛障壁が重厚な多重の壁となってエレナの攻撃を弾き返す。
ガギィィィンッ!!
「くっ……固い……!」
完全な状態であれば、ハッキングの針でスキマを抉り込むこともできただろう。しかし、極度に消耗した現在のエレナの出力では、フィンの生存本能が作り出す規格外の防御に傷一つ付けることができない。
「きゃあぁぁぁっ! 砕けるぅぅ! 割れるぅぅぅ!」
エレナの激しい連打とブースト機動の衝撃が迫るたび、フィンは泣き叫びながら必死に両腕を突き出し、ガードの出力を限界まで跳ね上げていく。
(すごいなぁ……フィンくんのガード。本当にビクともしないや)
エレナは空中でブーストを何度も起爆させ、前後左右から怒涛のラッシュを浴びせ続けた。突破はできずとも、フィンの超絶ガードに強烈な圧力をかけ続ける。
「ひぃぃぃっ! もう魔力が持たないですよぉぉ! 助けて師匠ぉぉぉっ!」
フィンは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、全身の気と魔力を絞り出すように使い切り、ただひたすらに耐え続けていた。
何十発目かの打撃を弾かれたところで、エレナは空中から着地し、肩で息をつきながらストンと両手を上げた。
「ふぅ……ダメだ、もう魔力が空っぽ! 参った、私の負け!」
晴れやかな笑顔で、エレナはギブアップを宣言した。
「え……? ええぇぇぇっ!?」
予想外の降参宣言に、フィンはガクガクと震える膝を折り、その場に崩れ落ちた。
「ふぅ、手も足も出なかったよ。フィンくんのガード、本当に凄かった! おめでとう!」
「た、助かったぁぁぁ……! 生きてる……俺、まだ生きてるぅぅぅ……!」
エレナの爽やかな称賛の陰で、フィンは完全に白目を剥きかけていた。
エレナは満足そうに微笑んでいたが――実は彼女の怒涛のラッシュを受け切り続けたことで、フィンの魔力と気、精神的なリソースは、すでに完全にすり潰されて空っぽになっていたのだった。




