面倒くさいから寝転ぶ! 降参宣!
「……おい、一回かわされたくらいで絶望してんじゃねえよ! 軌道が素直すぎるだけで、出力自体は化け物レベルなんだから立て! 立つんだへっぽこ!」
「無理ですぅぅ! 俺なんてただのへっぽこですぅぅ!」
「だー! 落ち着けって! お前の才能は本物だって褒めてんだろ! ほら、気を取り直してもう一回構えろ!」
必死にあの手この手でフィンを励まし、やる気を引き出そうと声を張り上げるレイジ。しかし、一度底まで落ち切ったフィンのメンタルは一向に浮上する気配がない。
「……はぁ」
数分間、リングの真ん中で「お前は強い」「無理です」の押し問答を繰り広げた末、レイジは深い溜息をついた。周囲の観客たちも、あまりのシュールな光景にどう反応していいか分からず静まり返っている。
(ダメだ……こいつ、メンタルケアのコストが高すぎる……。これ以上励まし続ける方が疲れるわ)
レイジは露骨に面倒くさそうな顔をすると、あくびを噛み殺しながらその場にひょいと腰を下ろした。そして、そのままリングの上にゴロンと寝転がった。
「あー……まいったまいった。フィンの最強の防御と恐ろしい攻撃の前に、俺の体力が完全に尽きちゃったわー。参った、降参降参」
棒読みで宣言し、レイジは審判に向かってひらひらと手を振った。
「ええぇぇぇっ!? れ、レイジさん!?? 何やってるんですかぁぁ!?」
涙目どころか目玉を飛び出させて叫ぶフィンと、アリーナ中に響き渡る観客たちの困惑の大歓声。
レイジは呆然とするフィンに背を向け、「あとは勝手に勝ち進めよ、へっぽこ」と小さく呟きながら、そのまま完全に目を閉じたのだった。
――試合は、同時進行で進めらていた。
エレナが昨日の熟練剣士を粉砕した魔導士と対峙していた。
全身を深いローブで包んだ魔導士が、長杖を静かに構えながらエレナを冷ややかに見据えている。
ゴォォォォンッ!
開始の銅鑼が鳴った瞬間、エレナは即座に動いた。
指先に『絶対軸(霊力の針)』を通し、自身の魔力を内燃機関として纏わせる。そして、アリーナに漂う環境魔力を『追加燃料』として一気に吸い上げ、極太の光線を撃ち出す『ハイブリッド・レーザー狙撃』の構え。
「いっけえぇぇっ!」
エレナがトリガーとなる魔力を解放しようとした。
「……浅いな、小娘。空間の魔力は、私がすべていただ――」
魔導士が杖の石突きでリングを軽く叩き、エレナの術式ごと魔力の支配権を上書きして奪おうとした、次の瞬間。
バチィィィィンッ!!
「なっ……がはっ!?」
魔導士の杖が激しく弾け、ローブの男は顔を歪めて大きく後ずさった。
「なんだ、この不可解な魔力は……!? 術式の奥底に、得体の知れない異物が混ざり込んで……私の制御式が焼き切られただと!?」
「残念でした! 私の魔力は、ただの魔力じゃないんだから!」
エレナの魔力には、根本的な世界のルールに干渉する『霊力』というOSが組み込まれている。他者が通常の魔法理論で干渉し、奪おうとすれば、規格外のノイズによって相手の生体回路のほうがショートしてしまうのだ。
「……なるほど。お前の持つその力、純粋な魔力ではないな。直接触れれば痛い目を見るというわけか」
魔導士はローブの焦げを払いながら、忌々しげに目を細めた。
「ならば――お前が手を伸ばす前に、空間そのものを独占するまで!」
魔導士が長杖を高く掲げると、アリーナ中の大気がうねりを上げた。
彼が狙ったのはエレナ自身の魔力ではない。エレナが『追加燃料』として吸い上げるはずだった、周囲の空間に漂う『環境魔力』を、圧倒的な技量で完全に囲い込み、強引に支配下に置こうとしたのだ。
「空間の魔力はすべて私の支配下にある」
魔導士は愕然と目を見開いた。完全に供給を絶ったはずの空間から、エレナの指先へ向けて、未だに魔力の奔流が流れ込み続けていたのだ。
「えへへ……私の回路は、そんなにヤワじゃないよ!」
根本的な世界のルールに干渉する『霊力』の針。それが空間に楔を打ち込んでいるため、いかに魔導士が通常の魔法理論で環境魔力を囲い込もうと、完全には断ち切れない。エレナは魔導士の強固な支配網を物理的に食い破り、強引に環境魔力を吸い上げ続けていた。
「馬鹿な……私の完璧な制御式が、引き剥がされているだと!? くっ……!」
魔導士の額に脂汗が滲む。空間の魔力を維持するためだけに、これほどまでに全神経をすり減らされた経験など彼にはなかった。エレナの放つ規格外の『ノイズ』が、彼の術式を内側からゴリゴリと削り取っていく。
だが、エレナもまた余裕はなかった。
(くぅぅ……っ! いつもみたいにスムーズに魔力が集まらない! 重いよぉ……!)
相手は歴戦の猛者。奪い返すことはできても、その出力はいつもの半分以下に落ち込んでおり、極太のレーザーを撃つには至らない。
「舐めるなよ、小娘ぇっ!」
魔導士が咆哮し、炎の槍や氷の散弾を放つ。しかし、環境魔力の奪い合いによる干渉のせいで、軌道や威力は本来のものより僅かにブレていた。
エレナは足首でブースト機動を起爆させ、息を乱しながらも飛び交う魔法を折れ線軌道でギリギリ回避していく。そのまま相手の制御ネットワークへ『霊力』と『魔力』を束ねた針を放ち、さらなるハッキングを試みる。
「ええい、またあの不快な干渉か……! このまま力比べを続ければ、私の術式が崩壊しかねん!」
魔導士の表情がかつてないほど険しくなった。エレナの異質な干渉力は、時間をかければ確実に自分の支配を食い破る。そう悟った魔導士は、杖を両手で握り締め、環境魔力の完全な制御を一部放棄してでも、自身のリソースを限界まで解放する決断を下した。
アリーナ全体の空気が震え、エレナが放った霊力の針が、強引な魔力の質量によって弾き返される。
「きゃあっ!?」
物理的な魔力の圧に弾き飛ばされ、エレナはリングの床を派手に転がった。
立ち上がろうとするエレナの頭上に、魔導士が自らの全魔力と、かろうじて支配下に置いている環境魔力を極限まで圧縮した、太陽のような超高熱の火球が形成されていく。殺傷能力すら危ぶまれるほどの、規格外の質量。
「この大会において、相手の命を奪いかねない過剰な攻撃は本来禁じ手だ」
魔導士は上空の火球を見上げながら、息絶え絶えの、しかし冷酷な声で宣告した。彼自身もまた、この一撃にすべてを懸けるほど消耗し、追い詰められていた。
「だが……私の制御をここまで乱す不可解な防衛力と、お前のその異常な耐久力であれば……耐えきれるはずだ」
一切の容赦を捨てた魔導士の瞳が、エレナを見下ろす。




