最強の防御力と、調子に乗り始めたへっぽこ少年
午後、本戦トーナメント1回戦。
十分な休息を取り、万全の状態に仕上がった16人の戦士たち。全8試合は5つのリングにゆったりと割り振られ、観客たちも一つ一つのハイレベルな試合をじっくりと堪能できるスケジュールとなっている。
エレナの相手は、全身を分厚い魔力障壁で覆った重装魔導騎士だった。
「スピードは厄介だが、俺の絶対防御は崩せんぞ!」
「どうかな?」
エレナは空中に固定した足場を蹴り、ブースト機動で相手の頭上を取る。指先に『絶対軸(霊力の針)』と『内燃機関(自身の変質魔力)』、さらに『追加燃料(環境魔力)』を同軸で束ねた極太の光線を形成した。
完全最適化されたハイブリッド・レーザー狙撃。
「いっけえぇぇぇっ!」
放たれた光線は魔導騎士の絶対防御を紙くずのように貫通し、一撃で決着がついた。
レイジの試合。相手は風の魔法を操り、高機動を得意としていた。
霊力で自身の視神経と反射速度を極限までブーストし、動きを完全に先読みする。
「……無駄な動きが多いな」
短剣が届く数ミリ手前で、レイジの拳が相手の顎を正確に撃ち抜いた。全身の筋肉を連動させた起爆ブーストによる、一撃必殺のカウンター。対戦相手は白目を剥いて崩れ落ちた。
隣のリング。
「死ねぇぇっ! 運だけのへっぽこがぁぁ!」
双斧を振り回して襲い掛かる狂戦士に対し、半狂乱で涙を流しながら後ずさるフィン。
「ひぃぃぃ! 来ないでぇぇぇ! 痛いのは嫌ぁぁぁ!」
狂戦士の斧がフィンの首を刈り取ろうとしたその瞬間――フィンは「死ぬぅ!」と叫びながら、生存本能のままに気と魔力を極限まで圧縮し、両腕をクロスして必死にガードの姿勢をとった。
狂戦士の斧がフィンの腕に触れた瞬間、超圧縮された防衛エネルギーが爆発的に反発し、狂戦士の胴体に信じられない質量の衝撃が叩き込まれた。
ドゴォォォンッ!!
「が、はっ……!?」
狂戦士はくの字に折れ曲がり、リングの遥か彼方の壁まで一直線に吹き飛ばされて石積みにめり込んだ。
「あわわわ! また勝手に飛んでいったぁ! ごめなさぁい、ごめなさぁいぃぃ!」
周囲の観客たちが水を打ったように静まり返る中、フィンだけが一人で平謝りし続けていた。
試合後、選手用の控え通路。壁際で膝を抱え、「また壁を壊しちゃった……絶対怒られる……」と青ざめてブツブツ呟いているフィンに、レイジが冷めた茶の入った紙コップを差し出しながら歩み寄った。
「おい、へっぽこ。いつまで地面と会話してんだ」
「ひゃいっ!? れ、レイジさん……俺、やっぱり明日辞退した方がいいですよね……? 必死にガードしてるだけなのに、相手が勝手に吹っ飛んでいくんです……!」
「当たり前だろ。お前、さっきも気と魔力を同時に張ってガードしてただろ」
レイジが呆れたように言うと、フィンは「えっ?」と心底不思議そうに目をパチパチさせた。
「だ、だって……気と魔力くらい併用して本気でガードしないと、あんなでっかい斧で叩かれたら死んじゃうじゃないですか!? むしろ気と魔力を両方使って守るのは最低限の防衛ルールですよ!?」
「普通は『その最低限』が誰にもできねえんだよ」
即座に突っ込むレイジに、フィンは口をぐうの音も出ないほど歪ませた。
「お前にとっちゃ『死なないための必死なガード』かもしれねえがな、世間一般じゃ気と魔力を同時に高密度圧縮して身体を保護するなんて高等技術もいいとこだ。お前はただ守ってるだけのつもりだろうが、そのガードの強度が異常すぎるから、相手の攻撃エネルギーが全部自分に跳ね返って爆発してんだよ」
「えぇぇ……!? 俺、本当に攻撃なんて一回もしてないですよ!? ただ『死にたくない!』って腕を固めてただけで……!」
「だから、その『腕の固め方』が常識外れなんだよ。偶然でも事故でもない。お前が師匠の過酷な環境で生き残るために身につけた、規格外の防御力そのものだ」
レイジは、フィンの目の前に人差し指を突き立てた。
「事故で相手が飛んだと思うな。相手が耐え切れずに勝手に自滅したんだ。自覚を持て」
隣で頷いていたエレナも、満面の笑顔でフィンの肩をぽんと叩いた。
「そうだよフィンくん! フィンくんは『守ってるだけ』でも、相手を吹っ飛ばすくらい凄いんだから、もっと威張っていいんだよ!」
「俺の防御が……凄すぎる……? 事故じゃなくて……?」
「ああ。気と魔力を完璧に併用して自分を守れる奴が、弱いはずねえだろ」
レイジの理路整然とした解説と一切のブレがない視線。
「自分はただ死に物狂いでガードしていただけ」という事実が、実はとんでもない強さの証明だったのだと突きつけられ、フィンの頭の中でカチリと音が鳴った。
怯えで丸まっていた背筋が、ゆっくりと伸びていく。
「そっか……俺、気を引き締めて必死に守ってただけだけど……それって、それくらい俺の鍛え抜かれた防御が凄かったってことなんですかね……!?」
「そうだと言ってるだろ」
「あはは……! 俺、師匠の地獄の特訓に耐えてきたんだから、実はめちゃくちゃ凄かったんだ……! 守ってるだけで相手が勝手に倒れるなんて、俺って実は天才かも……!?」
涙を拭ったフィンの瞳に、どこか誇らしげな、そして調子に乗りかけた輝きが宿り始めていた。それを見たレイジは、「単純な奴」と口角をわずかに上げて悪びれた笑みを浮かべた。
「残りの試合を見に行くぞ。明日の相手になるかもしれないからな」
「あ、はいっ! 俺の天才的な防御力を発揮するためにも、しっかり見ておきます!」
すっかり態度が一変し、胸を張って歩き出したフィンに、エレナは「あはは、現金だなぁ」と苦笑いしながら後を追った。観客席の通路からは、ちょうどAブロックの試合が眼下に一望できた。
リング上では、大剣を携えた敏捷な剣士と、長杖を構えた魔導士が激しい火花を散らしていた。
序盤の主導権を握っていたのは明らかに剣士だった。鋭い踏み込みと連続攻撃で間合いを強引に詰め、魔導士に強力な詠唱の時間を与えない。
「ハァッ! 魔法を唱える隙なんて与えるかよ!」
剣士の鋭い一撃が魔導士の肩口を浅く切り裂き、鮮血が舞う。観客席からは剣士を称える歓声が湧き上がった。
「うわぁ、あの剣士の人、すごく速い……! 魔導士の人、追い詰められてて危ないんじゃないですか?」
フィンが身を乗り出して心配そうに声を上げる。
「いや、違うな」
レイジは冷めた目でリング上を見下ろしながら、静かに呟いた。
「よく見ろ、あの魔導士の周囲だ。切り付けられながらも、奴の魔導力場は乱れてねえ。それどころか、ダメージを最小限に抑えながら、空間に漂う環境魔力を自分の魔力回路に同期させて取り込んでる」




