怯えるへっぽこ少年
レイジとエレナが出場した今日の予選は、拍子抜けするほどあっけなく終わってしまった。
「ふぅ……まあ、こんなもんか」
「……準備運動にもならなかったかも」
早々にアリーナを引き揚げた二人は、興奮冷めやらぬリリアーナと合流し、彼女が陣取る特等席で残りの試合を観戦することにした。
「見事な戦いぶりだったぞ、二人とも! この調子で本戦も我が商会の名を知らしめるのだよ!」
「はいはい。で、これであとどれくらい試合があるんだ?」
「ふむ! 武闘大会の予選は、午前中に2回、午後に3回の計5回行われるのだよ! お前たちのブロックは午前の部だったから、午後の3回分はゆっくり見物できるのだ!」
リリアーナが購入した高級な茶菓子を摘みながら、レイジは眼下のアリーナを見下ろす。
午後の部が始まると、各ブロックで様々な魔法や武技が飛び交い、観客席を沸かせていた。有象無象の争いとはいえ、中にはそれなりに目を引く者もいる。
「ん……? おい、あいつ」
レイジがふと、Fブロックの端で逃げ回っている小柄な少年に目を留めた。
「あれ? あんなひょろひょろの人、大丈夫なのかな……? 武器も持ってないみたいだし」
エレナの言う通り、その参加者はどう見ても戦士には見えなかった。怯えたように肩をすくめ、屈強な大男の剣撃から必死に逃げ回っている。
「ひ、ひえええっ!? だから嫌だって言ったのにぃぃぃ!」
レイジの目は彼のある『奇妙な動き』を捉えていた。
大男の剣が少年の頭をカチ割ろうと迫った瞬間――少年の足元で、不可視の『気』が弾け、同時に身体強化の『魔力』が微弱ながらも展開された。
「ひぃっ! し、師匠ぉぉぉぉっ! もう無理ですぅぅぅ!」
半狂乱で泣き叫びながら、少年はデタラメに腕を振り回す。
気による瞬発力と魔力による物理強化が絶妙なバランスで噛み合い、彼が振り回した細い腕は大男の胴体に重戦車のような一撃を叩き込んでいた。
ドゴォォォンッ!!
「……は?」
「えっ……!?」
剣を振り下ろそうとしていた大男は、白目を剥いてアリーナの壁際まで吹き飛ばされた。
当の少年本人は、「あわわわ」と震えながら座り込んでいる。
「……あいつ、気と魔力を同時に使ってやがったぞ」
レイジが面白そうに口角を上げる。
気と魔力。相反するわけではないが、制御のベクトルが違う二つの力を併用するのは至難の業だ。
「なんだ、この大会……案外、変なヤツが紛れ込んでるじゃねえか」
師匠に泣きつくような情けない声をアリーナに響かせる謎のへっぽこ少年を眺めながら、レイジは本戦へ向けて少しだけ退屈を紛らわせるような、悪びれた笑みを浮かべた。
その後もその少年は、「来ないでぇぇぇ!」と半狂乱でパニックを起こしながらアリーナを暴走し続けた。背後から襲いかかってきた重戦士を無意識の裏拳で粉砕し、側面に迫った魔導士を悲鳴混じりの前蹴りで壁の藻屑に変え、気付けばFブロックの生存枠の5人に収まっていた。
全ての予選日程が終了し、本戦進出者の発表を終えた夕暮れ時。
控え室から出た通路の隅で、件の少年が頭を抱えて重い足取りで歩いていた。
「うぅ……どうしよう、生き残っちゃったよ……師匠に『予選落ちしたら山に戻って特訓やり直し』って脅されて出たけど、本戦なんて怪物みたいな人たちばかりじゃないか……絶対殺される……」
ぶつぶつと絶望を吐き捨てる少年の背後から、ひょっこりとレイジたちが歩み寄った。
「おい、へっぽこ」
「ひゃいっ!?」
レイジが気安く声をかけると、少年は跳ね上がるように振り向き、壁に背中をこすりつけながら身構えた。その視線は完全に脅える小動物のそれである。
「な、なんですか!? 俺、何もしてませんよ! 絡まないでくださいぃ!」
「落ち着けよ。別にカツアゲしようってんじゃない。さっきの予選の試合、見てたぞ」
レイジは面白そうに首を傾げ、少年の体をじろじろと観察した。
「お前、気による体内の運動エネルギー拡張と、魔力による物理現象の強化を同時にやってただろ。意識的な並列処理じゃなく、体に染み付いた癖みたいだったが……あれ、かなり高度な技術だぞ。怯えてるふりしているけど、実はかなり強いだろ」
少年は目をパチクリとさせ、ぶんぶんと両手を振り回しながら必死に否定し始めた。
「一応、魔力と気は併用すること自体は、無意識というか、それなりにやろうと思ったら可能ですよ。けど、そんな技術があっても、俺ですよ俺。俺がそんなに強い訳ないじゃないですか!? 見た目に分かるでしょう? というかそれぐらいしないと死んじゃうでしょう!」
「いや、自分の強さの自己評価が低すぎるだろ……」
レイジは思わずツッコミを入れた。
見た目は確かに細身でへっぽこそのものだし、全身から醸し出される雰囲気も自信のなさが溢れ出ている。だが、言葉自体が「気と魔力の併用など誰でもやろうと思えばできる」という前提で語られており、彼の常識がいかに世間とズレているかを雄弁に物語っていた。
「でもでも! さっきの大男さん、手がかすっただけで壁まで飛んでいっちゃったよ! すごく強かったよ!」
エレナが目を輝かせると、少年は青ざめて首を激しく横に振った。
「あれは事故です! 事故なんです! たまたま俺が腕を振ったタイミングと、あの人が滑って転びそうになったタイミングが重なっただけで……! 本戦なんて出たら今度こそ俺、粉々になっちゃいます! 辞退したいのに『棄権したら山に連れ戻す』って師匠からの手紙が届いてて……ひぇぇぇん……」
泣きべそをかき始めた少年の様子に、リリアーナも呆れたように腕を組んだ。
「むぅ……我が商会の精鋭と比べればまだまだだが、あれだけの力を持ちながらこれほど情けない奴も珍しいな。師匠とやらは一体どんな厳しい教育をしたのだ?」
「死ぬかと思ったことしかないです……滝に打たれながら岩を叩き割らされたり、素手で魔獣と鬼ごっこさせられたり……」
「それは訓練じゃなくてただの虐待……いや、サバイバルだな」
レイジはふっと口角を上げた。本人の自覚は皆無だが、「師匠」とやらに地獄のような環境で叩き込まれた結果、肉体が勝手に最適解の動きを出力するよう叩き込まれているのだ。ある意味、レイジたちの泥臭いブースト特訓の究極系のような存在と言えた。
「まあ、本戦で当たったらよろしくな、へっぽこ」
「よろしくなんてされたくないですぅぅぅ!」
レイジは、本戦への期待と、さらなる荒波の予感に胸を躍らせた。




