朝の光と新しい挑戦
街の喧騒から離れた、見晴らしの良い草地。
そこでは、もはや「機動術の練習」という名目は早々に忘れ去られ、ただの無邪気な空中遊びが展開されていた。
「そぉれっ! とぅっ! たぁっ!」
リリアーナが二つのフリスビーを交互に投げ、ぽんぽんと見えない階段を登るように空へと駆け上がっていく。足場自体はレイジのチート加工で絶対にブレないため、純粋な運動神経だけでどうにかなっていた。
「ふははは! 素晴らしい景色なのだよ! この空も我が商会のもの――きゃああっ!?」
しかし、自らの特注商人服のマントに足を引っ掛けて派手に空中から落下する。
「危ないな」
下で待機していたレイジが、空中に適当な霊力のクッションを展開してリリアーナを受け止める。
「む、むきーっ! 今のはただの風のいたずらなのだ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏み、再び空へ挑むリリアーナ。
「あはは、リリちゃんドジだなぁ! 私も行くよー!」
エレナは一切ブレない足場を活用し、鳥のように自由自在に空を飛び回って無邪気に笑い声を上げている。
レオンとセリアは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「俺たちの必殺の技術が、完全にただのアトラクションになってるな……」
「でも、なんだか楽しそうね」
二人は自分たちの愛用の魔導フリスビーを取り出し、魔力を纏わせた。
「あの時は、本来の動きの半分も引き出せなかったからな……ここで、先輩として本物の空中機動の美しさを見せてやらないとな!」
「ええ! 負けてられないわ!」
レオンの魔力ジャイロと、セリアの多層魔力膜。本来の極限の技術を用いた二人が、空中で無邪気に飛び回るエレナたちに合流する。
二人が空へ踊り出た瞬間、周囲の空気の流れが一変した。
グリフォンとの死闘で見せた動きも凄まじいものだったが、あの時は猛烈な風圧や命懸けの極限状態により、機動にかなりの制限がかかっていた。
レイジの全自動固定フリスビーによる力任せな跳躍とは異なり、レオンとセリアの機動には一切の無駄がない。風の抵抗を滑らかに逃がし、魔力の慣性を巧みに制御しながら、急上昇と鋭い旋回を交差させる。グリフォン戦での制約から解き放たれ、まるで空中に透明な滑走路が見えているかのように描かれる美しく縦横無尽な軌道は、まさに血の滲むような鍛錬が生み出した本物の技術だった。
楽しそうに飛んでいたエレナは、空中でピタリと動きを止め、二人の動きに見とれる。
寸分の狂いもない足場の展開、空中での姿勢制御、圧倒的なスピード。
先日の実戦時以上のパフォーマンスで洗練された動きを見せつけられ、エレナの胸の中にじわじわと敗北感が広がっていく。
もともと、エレナの身体能力は一般人より少し上という程度だった。理由は単純で、昔は魔力制御そのものがポンコツだったからだ。身体能力の補強もうまく機能せず、泥臭く動くのが限界だった。
レイジと出会って様々な経験を積み、身体能力自体は以前よりずいぶんと上がっている。レイジの作った固定フリスビーを過不足なく乗りこなす程度のセンスと身体能力は十分に身につけていた。
それでもレオンやセリアのように、極限まで技術を研ぎ澄ませてきた一流の領域には到底及ばない。
「うぐぐ……あんな風に、滑らかに回れないよ……」
エレナは頬を膨らませ、久しぶりに味わう悔しさに小さく唇を噛んだ。
だが、そんなエレナよりも遥かに凄まじい敗北感を味わっていたのはリリアーナだった。
「な、なにアレ……なんなのだあれはーーっ!?」
地上からふたりの華麗な空中演舞を見上げるリリアーナは、がくがくと膝を震わせ、魂が抜け出たような顔をしている。
グリフォン戦で見た時でさえ凄かったのに、本領を発揮した二人の動きはさらに進化して見えた。レイジのチート加工のおかげで絶対にブレない足場という圧倒的有利な道具を使っているはずなのに、自分はマントを踏んで落下した直後だ。同じ空を飛んでいるはずなのに、向こうは絵画のように美しく、自分はただの不器用なポンコツ。
「なぜだ! 最新技術を投入したこちらの方が有利なはずなのに、なぜ我が一番不格好なのだ……っ! 道具の性能差で勝っているはずなのにぃー!」
突きつけられた現実の厳しさに、リリアーナはへたり込み、草むらに顔をうずめて「むきーっ! 悔しいのだー!」と地団駄を踏み鳴らした。
「まあ、こんなもんだろうな」
レイジからしてみれば、端から分かっていた結果だった。
機嫌を損ねて空中にとどまるエレナと、地面で悔しがっているリリアーナを交互に見やりながら、レイジは「道具に頼り切るからそうなる」と心の中で納得し、長閑な午後のひとときへと意識を戻すのだった。
夜。
いつもなら「明日こそは見返してやるのだ!」と、宿屋の裏庭で隠れてこっそり自主トレを始めるのがリリアーナとエレナの常であった。だが、この日ばかりは違った。
肉体的にも精神的にもすっかり疲れ果てた二人は、夕食を終えると逃げるようにベッドへと潜り込んだ。コソ練をする元気など微塵もなく、二人して泥のようにぐっすりと眠りにつき、朝まで一度も目を覚まさなかった。
翌朝。
朝の光を浴びて目を覚ましたエレナは、ベッドの上でうーんと腕を伸ばした。
たっぷり寝たおかげで昨日の凹んでいた気持ちはすっきり晴れていたが、「悔しい」という気持ちだけはしっかり残っている。
(うーん……レオンさんたち、カッコよかったなぁ。足場はグラグラしないのに、急にくるっと回ろうとすると体を持っていかれちゃうんだよね……)
エレナは頭の中で昨日の自分の動きを思い出していた。
自分の体は、レオンたちみたいに素早く俊敏には動かない。力任せに飛ぼうとすると、体がついていかなくてグラグラしてしまうのだ。
(うーん……私の足とか手に、魔力をぶわって溜めて、後ろから『グイッ』て押してもらうみたいにできないかな?)
思い立ったエレナは、レイジのもとへ跳んで行った。
「ん? なんだ、昨日はあんなに落ち込んでたのに」
「あのね! 私の体って、レオンさんたちみたいに素早く動かないじゃない?」
「まあな。レオンたちは長年の訓練で体幹も反射神経も鍛え上げてるからな」
「だからね! 体を動かす時に、手とか足の筋肉……じゃなくて、内側に魔力を『ポンッ』って勢いよく流して、体を強引に動かせないかなって思ったの!」
エレナは手振り身振りを交えて、必死に自分の思いつきを説明した。




