ポンコツ社長の空飛ぶ第一歩
「おおっ、この純金コーティングのフリスビーなど、社長の威厳にぴったりではないか!」
「やめとけ。魔力伝導率が最悪の上に重すぎて、投げるどころかただの空飛ぶ鈍器になるぞ」
すかさずレオンが的確なツッコミを入れる。先輩ユーザーとしての、水を得た魚のような生き生きとした態度はもはや清々しいほどだった。
セリアも真剣な顔でアドバイスを送る。
「リリアーナさん、初心者にはこっちの『エアロ・ライトモデル』がいいわ。軽くて少しの魔力で浮くから、姿勢制御の練習には最適よ」
ふと、レオンが声をかけてきた。
「……なぁ、レイジ君。ちょっと気になっていたんだが」
「なんだ?」
「あの戦いの時、君たちが使っていた力……明らかに俺たちの知る『魔力』とは異質だった。空間そのものに直接干渉するような、全く別の法則で動いているように見えたんだが。あれは一体なんなんだ?」
レイジは少しだけ考える素振りを見せた後、面倒くさそうに頭を掻いた。
「あー……まあ、簡単に言えば『霊力』ってやつだ。お前らの使う魔力が、周囲の環境や物質に依存して物理現象を引き起こす『アプリケーション』だとしたら、俺の霊力は、世界のルールそのものに干渉する『OS』みたいなもんだな。情報構造そのものを書き換えてるだけだから、魔力みたいな燃費の悪さはない」
レオンは目をパチクリとさせた
「……おーえす? あぷり……?」
セリアも首を傾げた。
「ええと、つまり……特別な魔力ってこと?」
「……まあ、お前らの認識じゃそんなもんでいい」
レイジは深い説明をあっさりと放棄した。
「おい、レイジ! 私はどれを選べばいいのだ!」
リリアーナが騒ぎ出したため、レイジは陳列棚の前に歩み寄った。レオンとセリアが勧めていたのは、初心者向けの「軽量モデル」と、熟練者向けの「高剛性モデル」だった。
「これにしろ」
レイジが手に取ったのは、一切の装飾がない、無骨で分厚い真っ黒な高剛性モデルだった。
「ええっ!? 可愛くない! もっとキラキラしたやつがいいのだ!」
「黙れ。お前が空中でバランスを崩して暴れても、これなら踏み抜いて壊れる心配がない。頑丈さだけが取り柄のモデルだ」
不満げに頬を膨らませるリリアーナをよそに、レイジは会計を済ませた。
店を出てすぐ、レイジはその黒いフリスビーを手に持ち、静かに目を閉じた。彼の掌から淡い霊力のノイズが流れ込み、フリスビーの内部構造へと浸透していく。
「な、何をしてるんだ?」
レオンの問いに、レイジはフリスビーをリリアーナにポンと放り投げた。
「少し『加工』してやった。本来の魔導フリスビーは乗り手の精密な魔力制御が必要だが、こいつには俺の霊力で『絶対軸の維持プログラム』を定着させてある。お前が適当に魔力を流すだけで、勝手に空間にガッチリ固定される仕様だ」
「おおっ! つまり、私でもすぐに空を飛べるということだな!」
「まあ、落ちて俺に泣きついてこないための予防線だ。あとは自分で勝手に特訓しろ」
「ふははは! 見ておれ、すぐにレオンたちを超える華麗な空中機動を披露してやろう!」
高笑いするリリアーナと、それを生温かい目で見守るエレナ。
自分たちが血の滲むような努力で習得した魔力制御を「霊力の加工」であっさりと自動化されてしまったレオンとセリアは、並んで遠い空を見つめながら深く息を吐くのだった。
「ふんっ、ならばさっそく試してみようではないか!」
リリアーナは得意げに鼻を鳴らすと、手にした黒いフリスビーを自身の頭上やや斜め前方の空中に向かって放り投げた。自身の魔力を微量だけ流し込む。
ピタッ。
フリスビーは空中の何もない座標で、まるで透明なコンクリートの壁にでも埋め込まれたかのように完全に静止した。
「おお……っ!?」
リリアーナが恐る恐るその上に飛び乗ってみるが、フリスビーは数ミリたりとも揺るがない。レイジの組み込んだ『絶対軸の維持プログラム』が完璧に作動し、リリアーナの魔力をトリガーとして強固な空間固定を自動で行っているのだ。
「ふはははは! 見よ、この圧倒的な安定感を! これで私も大空を駆ける猛者への第一歩を踏み出したというわけだ!」
満面の笑みでフリスビーの上で仁王立ちするリリアーナを見て、レオンとセリアは「俺たちの数年間の血の滲むような特訓は一体……」と、いよいよ本気で涙ぐみそうになっていた。
「おい、アホ社長。空を飛ぶなら足場にするフリスビーがもう一ついるだろ。交互に投げるんだからな」
「あっ、そうであった!」
フリスビーからぴょんと飛び降りたリリアーナは、大慌てで店内に駆け戻り、同じ黒い高剛性モデルをもう一つ追加で購入した。
「そういえば、さっきの戦闘で使ったのはレオンさんたちから借りたやつだったね」
「ああ。今後の機動力確保のためにも、自前で持っておくか」
レイジとエレナも、リリアーナと同じ頑丈さだけを追求した無骨なモデルをそれぞれ二つずつ購入した。もちろん、レイジが店先ですぐさま全自動空間固定の『チート加工』を施したことは言うまでもない。
「よし、さっそく近くの公園で練習なのだよ!」
「バカ言え。街中の公園で空中を飛び回ってみろ、目立ちすぎてすぐに警備隊が飛んでくるぞ」
レイジの正論に、リリアーナは「むぐっ」と口をつぐんだ。確かに、本来はキャッチボールのように投げて遊ぶ玩具で空を蹴り歩くなど、非常識にも程がある。
「なら、街の外れの平原に行こうよ! あそこなら誰の迷惑にもならないし!」
エレナの提案により、一行は街の外れへと移動することになった。
当然のように、すっかり保護者(あるいはフリスビーの先輩)気取りになっていたレオンとセリアも同行する。




