隠れAランクの算段と、おもちゃの空中機動
霊力という概念を持たないレオンとセリアの目には、それが「魔力制御すらできない隙だらけのポンコツ」にしか映っていなかった。
にもかかわらず、ベテラン試験官は彼らとの戦闘を自ら放棄し、Cランク認定を下した。
リリアーナが、ふんぞり返って高笑いを上げる。
「ふはははは! どうだ、見たか凡俗ども! これがリリアーナ商会の真の実力なのだよ!」
「ちょ、ちょっと、リリちゃん。そんなに威張らなくても……」
「だから『ちゃん』付けするなと言っておろうが!」
苦笑いするエレナと、わーわー騒ぐリリアーナ。
レイジは真新しいカードをポケットに突っ込みながら、呆然と立ち尽くすレオンたちにちらりと視線を向けた。
「で、今日は俺たちが受けられる討伐依頼は残ってるのか?」
「あ、はい! 本日はお二人にぴったりの案件がいくつか入ってきております!」
受付嬢が手元の資料をめくろうとしたその時、横からヌッと顔を出した者がいた。
「待ってくれ。もしよかったら、俺たちと組まないか?」
声をかけてきたのはレオンだった。隣ではセリアが「ちょっとレオン、本気?」と小声で窘めているが、彼は気にする素振りも見せずに人懐っこい笑みを浮かえている。
どうしてもレイジたちのことが気になって仕方なかったのだ。あの底辺レベルの魔力で、一体どうやってベテラン試験官を圧倒したのか。あのおチビちゃんが放った理外の一撃の正体は何なのか。自分の目で彼らの実態を確かめずにはいられなかった。
「君たちが特例でCランクになったのはわかったよ。だが、ランクが上がったばかりで勝手もわからないだろう? ギルドの規定では、上位の冒険者が同行すれば、本来のランクより上の依頼を受注できるはずだ」
レオンは掲示板から引っぺがしてきた依頼書をヒラヒラと揺らした。
「Bランクの俺たちが一緒なら、Bランクの依頼も可能だろう。報酬もCランクとは段違いだ。どうだい?」
実のところ、レオンとセリアの本当のランクは『A』である。
Aランクともなれば嫉妬や面倒な絡まれ方をしたりと、とにかく煩わしい事態が増える。それを嫌った二人は、あえてBランクとして登録を偽装していた。
レイジたちと初めて会った時のチャラチャラした過剰な態度は、彼らの元々の性格に加えて、「まさか凄腕のAランク冒険者には見えないだろう」というカモフラージュの意味も込められていたのだ。もっとも、二日前の三文芝居が示している通り、芝居のクオリティにはいささか難があったが。
「で、これが俺のオススメなんだけどね」
レオンがカウンターに置いた依頼書には、堂々たる文字で『グリフォンの討伐』と記されていた。
「街から少し離れた岩山に巣食っている個体でね。空からの強襲と鋭い風の魔法を操る厄介な魔物だが、俺とセリアがいれば安全に討伐できる。君たちも、Bランクの実戦を間近で見ておいて損はないと思うんだが」
「ほほう、Bランクの依頼だと……? それはさぞかし報酬が弾むのだろうな!」
レイジが面倒くさそうな顔をするより早く、リリアーナが目を輝かせて依頼書に食いついた。商会としての利益に直結するとなれば、彼女の動きは早い。
「ああ、もちろんさ。報酬はしっかり山分けにしよう。どうだい、レイジ君?」
人の良さそうな笑顔の裏で、探るような視線を向けてくるレオン。魂胆が透けて見えるレイジは深々とため息をついたが、横で「稼ぎ時なのだよ!」と騒ぐリリアーナと、「グリフォンってどんなのかな!」と呑気に目を輝かせているエレナを見て、もはや断る方が面倒だと悟った。
「……勝手にしてくれ。ただし、足手まといになっても文句は言うなよ」
「ははっ、任せておけ! 俺たちがしっかりサポートするからな!」
こうして、互いの実力と底意を測りかねたまま、彼らは合同でBランク依頼へと向かうことになった。
岩山に到着した彼らを待ち受けていたのは、事前の情報とは似て非なる化け物だった。
通常のグリフォンよりも一回り以上大きく、鷲の上半身には異様に発達した漆黒の羽根が生え揃い、獅子の下半身からは瘴気のような風が漏れ出している。明らかに通常個体ではない、『変異種』と呼ばれる危険な存在だった。
「チッ、聞いてないぞ! あれはBランクどころの騒ぎじゃない!」
レオンが舌打ちしつつも、即座に懐から円盤状のアイテムを取り出した。それは街の玩具店でも安価に売られているような、子ども向けの『練習用魔導フリスビー』だった。
「セリア、行くぞ!」
「ええ!」
レオンとセリアは、それぞれ所持していた2枚ずつの魔導フリスビーを空中に次々と投擲し、交互に足場にしながら虚空へと駆け上がった。
レオンは2枚のフリスビーの回転と同調させるように高速スピンする魔力膜を展開し、遠心力で変異種の巻き起こす乱気流を強引に弾き飛ばしながら、アクロバティックに宙を舞う。対するセリアも、2枚のフリスビーを踏み込む一瞬にそれぞれ3つの層からなる魔力膜を編み上げ、風圧で外層が削られても内側の剛体層で確実に足場を維持するという、精密で無駄のない機動を見せた。
彼らの独自の工夫と卓越した技術により、暴風の中でも飛行そのものは見事に安定していた。
変異種が放つ高密度の風の刃が苛烈を極め、決定打を与えられないまま二人は空中で防戦一方に追い込まれていく。
地上でその光景を見上げていたレイジは、霊力の視覚で彼らの足場が形成されるエネルギーの構造を一瞬で解析し終えていた。空中に魔力を固定し、足場を構築する立体機動。その根本的な仕組みとやり方のコツを、彼は見ただけで完全に掴んでいた。
態勢を立て直すため、レオンとセリアが低空へ降りてきたタイミングでレイジは声をかけた。
「おい、その魔導フリスビーの予備はあるか?」
息を切らしたレオンが驚いたように振り返る。
「予備は、あるが……」
「借りられるか?」
「貸すのは大丈夫だが、やめておけ! これは極限の魔力制御が生み出す神業だ。普通は真似できるようなものじゃないぞ!」




