嘲笑を凍らせる銀のカード
リリアーナ自身が放ったエネルギーの構造は、エレナのハイブリッド狙撃ほど洗練されたものではない。しかし、明確に魔力とは異なる『霊力の杭』を自身の魔力に絡ませ、物理的な質量兵器として叩きつけていたのだ。
彼女はレイジやエレナの霊力操作を間近で、毎日観察し続けていた。商会を大きくしたいという強烈な執着心が、夜中に隠れて必死に見よう見まねで練習するという行動に彼女を駆り立てていたのだ。
彼女自身の資質――魔力と霊力を無意識に感覚で結びつける天性の才能と相性が、この奇跡的な一撃を生み出していた。霊力と魔力との相性そのものも良かったのだ。いや、レイジやエレナが放つ霊力の波長を日常的に浴び続けた結果、彼女自身の内に眠っていた霊力の核が共鳴するように影響を受け、彼女の魔力そのものが霊力を帯びた性質へと変質していた、というのが正しいのかもしれない。
「ふんっ! 思い知ったか! 我が商会を侮るからこうなるのだ!」
息を切らしながらもドヤ顔でふんぞり返るリリアーナ。
セリアと、痛みを堪えて立ち上がったレオンは、信じられないものを見る目でリリアーナを見つめた。相手は外見上どう見ても小さな子供だが、今の不可解で規格外な一撃を食らった手前、もはやただの子供扱いはできなかった。
「……あー、ご、ごめんなさいね。なんか、私たちがお騒がせしちゃったみたいで……」
セリアは引きつった笑いを浮かべながら、まだ胸を押さえているレオンの背中を押し、逃げるようにしてその場から足早に立ち去っていった。
取り残された裏路地で、レイジはじっとリリアーナを見下ろした。
「お前……いつの間にあんな真似ができるようになったんだ?」
「ふははは! 企業秘密なのだよ! まあ、経営者たるもの、優秀な社員の技術くらい盗めなくてどうする!」
得意げに笑うリリアーナの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。レイジはその無茶な力の行使に呆れつつも、この規格外の商会長の執念に小さく感心するほかなかった。
二日後。
エレナの自宅のポストに、ギルドからの手紙が投函されていた。
封を切ると、中には『ランク再判定テストの結果を反映した新しいギルドカードが完成しましたので、ギルド受付までお受け取りにお越しください』という旨が丁寧に記されていた。
「レイジ、ギルドカードできたって! いよいよ私たちも正式なCランクだよ!」
手紙を握りしめ、エレナが嬉しそうに飛び跳ねる。
「ああ。これで少しは割の良い仕事が受けられればいいんだがな」
「ふふんっ! 当然私も行くぞ! 我が商会の精鋭たちの晴れ姿、この目で見届けねばならんからな!」
相変わらずのテンションで先陣を切るリリアーナを先頭に、三人は連れ立ってギルドへと向かった。
魔闘祭を控えて活気に満ちたギルドの扉を開けると、そこには先日裏路地で見かけた顔があった。
依頼掲示板の前で顔を突き合わせている、銀の鎧の魔法剣士レオンと、ローブ姿の魔道士セリアだ。どうやら彼らも新しい依頼を探しているらしい。
「……あ、こないだの」
エレナが無邪気に声を上げると、二人はビクッと肩を揺らして振り返った。
「あ……君たちは……」
レオンは先日リリアーナにドロップキックを食らった胸のあたりを無意識にさすり、気まずそうに視線を泳がせた。セリアもどこか居心地が悪そうに、あからさまに目を逸らしている。
「やあ、奇遇だな」
レイジが適当に挨拶を流しつつ受付カウンターへ向かうと、懇意にしている受付嬢が満面の笑みで迎えてくれた。
「お待ちしておりました、レイジさん、エレナさん! こちらが新しいギルドカードになります。特例中の特例、見事な飛び級でのCランク認定、本当におめでとうございます!」
受付嬢の弾んだ声がギルド内に響き渡る。
喧騒に包まれていたギルド内の空気が、ピタリと凍りついた。
何十人という冒険者たちの視線が、一斉に受付カウンターへと突き刺さる。
「……は? C、ランク?」
セリアが呆けた声を漏らす。レオンも信じられないものを見る目で、レイジたちが受け取った真新しい銀色のギルドカードを凝視していた。
周囲の冒険者たちは、抗議めいた声を上げる。
「お、おい嘘だろ!? 底辺クラスと平均的な量の魔力しか感じられないぞ」
「魔力制御すらまともにできない『ポンコツ』が飛び級でCランクなんて、いくらなんでも不正か、ギルドの機械がぶっ壊れてたんじゃねえのか!?」
受付嬢は一切怯むことなく、むしろ普段の温厚な態度からは想像もつかないほど毅然とした態度で周囲を睨み返した。
「不正など一切ありません! 確かに、事前の測定通り、レイジさんの魔力量は冒険者として底辺レベル。エレナさんの魔力量も平均レベルでした。それは事実です」
ギルド内の冒険者たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、なんで底辺の魔力でCランクになれるんだよ!?」
「お二人はその魔力量のまま、精密制御のテストを完璧にクリアしたからです! 実戦テストに至っては……あのギルド専属のベテラン試験官が、開始直後に『これ以上試験を続ける意味がない』と自ら戦闘を止めて合否を出したのです!」
ギルド内が水を打ったように静まり返った。
「底辺レベルの魔力で……ベテラン試験官が、途中で止めた……?」
「魔力を隠蔽(偽装)してたんじゃなくて、本当に魔力がないのに勝ったっていうのか……?」
「どうやって? 魔法も使えないような魔力で、どうやってベテランを圧倒するんだよ……?」
(……やはり、厳しい修行を積んだ俺たちの感知は狂っていなかったんだ。あの男の潜在魔力は間違いなく底辺クラス。あの少女も、平均域を出ていない。ギルドの測定でもそれが証明されている)
セリアもまた、手品師の悪質なトリックでも見せられているような視線をエレナに向けていた。
(二日前、あの路地裏で影狼が出た時……あの子が見せた動作は、達人の隙をなくした構えなんかじゃない。魔力による防壁すら展開できない、完全な素人のそれだったわ)
実際には、あの時のエレナは『霊力』をチャージし、後から魔力と束ねる直前の段階に過ぎなかった。




