怒れるポンコツ社長、三文芝居をぶっ飛ばす
「ところで、君たちはこんな場所で何処に向かっていたんだい? 街中とはいえ、この辺りは少し人気が少ないからね」
エレナは少し肩をすくめながら答えた。
「ギルドで依頼を探していたんですけど、めぼしい依頼が残ってなかったんで、大人しく家に帰るところだったんです」
「なるほど。帰る方向はどちらかな? もし向かう方向が同じなら、途中まで同行しようか。また野良の魔物が出ないとも限らないからね」
レオンが親切心からそう申し出ると、女性魔道士――セリアが、興味を惹かれたように小首を傾げた。
「ねえ、ギルドで依頼を探していたって言ったわよね? いったいどんな依頼を探していたのかしら。お使いや薬草摘みでも、今の時期なら結構余っていそうだけど」
エレナは屈託のない笑顔で答えた。
「あ、それがですね。レイジも私も、せっかく戦闘Cランクになったんで、それに見合う討伐依頼を探していたんですよ。でも、他の人たちに受けられちゃってたみたいで」
レオンとセリアの表情がピタリと固まった。
「……戦闘Cランク? 君たちが、かい?」
二人の顔には、明確な疑念と呆れが浮かんでいた。
先ほど影狼が飛び出してきた時、エレナは右手をかざすだけで、魔力による明確な防壁も攻撃の予備動作も見せなかった。霊力という未知のエネルギーの概念を持たない彼らの目には、恐怖で固まり、あてずっぽうに手を伸ばした素人の行動にしか見えなかったのだ。
加えて、レオンとセリアは厳しい修行を積み、相手の潜在的な魔力をある程度感じ取ることができる実力者だった。彼らの感覚によれば、エレナの魔力はせいぜい平均的、隣に立つレイジに至っては、冒険者として底辺と呼べるほど極端に低い魔力しか持ち合わせていない。
「……冗談はよしてくれよ。見栄を張りたい気持ちはわかるが、嘘をついてまで実力を偽るのは感心しないな」
レオンが呆れたようにため息をつき、セリアも肩をすくめて冷ややかな視線を向けた。
「そうよ。Cランクの討伐依頼なんて、あなたたちみたいな魔力がすっからかんの素人が受けたら命がいくつあっても足りないわ」
エレナは、頬を膨らませた。
レイジは面倒くさそうに頭を掻くと、「はいはい、そうですね。気をつけます」と、適当にその場をやり過ごそうとした。否定したところで、面倒ごとの種にしかならないと判断したからだ。
レイジの冷めた様子を見て、エレナも不満げに唇を尖らせながらも反論をグッと飲み込んだ。
だが、リリアーナは我慢ならなかった。
「ちょっと待つがいい! 確かに先ほどの件は助けてもらったことには感謝する! だがな、いくらなんでもレイジとエレナをそこまで侮ることは許さんぞ!」
精一杯背伸びをして、レオンとセリアをキッと睨みつける。
レオンは苦笑いを浮かべ、セリアに至っては可笑しそうにクスクスと笑い声を漏らした。
「ふふっ、ごめんなさいね。でも、小さな子が無理して大人の真似事をするのは危ないわよ。次からは、もうちょっと魔力の高いちゃんとした護衛を雇いなさいな」
露骨な子ども扱いと、一切変わらない見下した態度が、リリアーナの堪忍袋の緒を完全に断ち切った。地団駄を踏みながら、いつもの尊大で子どもっぽい素の口調を全開にして吠え立てる。
「ち、小さな子だと……っ!? 私は酒も飲めるし、立派に商会を切り盛りする大人の女性じゃ! レイジもエレナも、本当はものすごい能力を持っているのだよ! ギルドの受付だって腰を抜かしていたのだからな! あと頭を撫でるような目で私を見るなーっ!」
レオンとセリアは呆れを通り越して気の毒そうな視線を向けてくる。
レイジは深くため息をつき、静かに視線を空へと逃がした。
このままでは埒が明かないと判断したレオンは、苦笑しながらレイジの肩をポンと叩き、少し離れた場所へと引き連れた。
「なあ、君。あのおチビちゃん……いや、お嬢さんの機嫌を直すために、ちょっとした『決闘』をしないか?」
「……は?」
「なに、心配はいらない。大丈夫さ、俺がすぐにやられたフリをしてあげるからね。そうすれば彼女も気が済むだろう?」
あまりにもあからさまな提案に、レイジの目は半ば死んだ魚のようになったが、ここで断ればリリアーナの癇癪が長引くのは目に見えている。面倒事の手間を天秤にかけ、レイジは渋々その茶番に乗ることにした。
路地裏の片隅で、見せかけの決闘が始まった。
「さあ、かかってくるがいい!」
レオンが大仰に剣を構え、芝居がかった声で叫ぶ。
レイジは環境魔力を一切巻き込むことなく、魔力だけで申し訳程度の風の弾を放った。速度も威力も、子供の遊びレベルに手加減しきったものだ。
ポスッ。
気の抜けた音とともに風の弾がレオンの胸当てに当たると、レオンは「ぐわあああっ! な、なんという一撃だーっ!」と叫びながら、見えない壁に弾き飛ばされたかのように派手に仰け反り、石畳に倒れ込んだ。
あまりにも酷すぎる三文芝居だった。
手加減したレイジはもちろん、見学していたエレナですら乾いた笑いを浮かべるしかない。
何より、この茶番で最もプライドを傷つけられたのはリリアーナだった。
「……きさまら、私をどこまで馬鹿にすれば気が済むのだぁぁぁっ!!」
怒髪天を衝く勢いで絶叫したリリアーナは、弾かれたように地を蹴った。
倒れ込んだまま「いやー参った参った」と薄目を開けていたレオンに向かって、高くジャンプし、両足に全体重を乗せた凶悪なドロップキックの姿勢をとる。
レオンは微動だにしなかった。
(おチビちゃんが癇癪を起こして飛びかかってきただけだ。常時展開している魔力ガードで弾き返してしまわないよう、気をつけないとな)
と、魔力ガードの硬度を操作して、余裕すら見せていた。
空中のリリアーナの足元に、淡い光が収束し始めた。
ドゴォォォンッ!!
路地裏に鈍い破壊音が響き渡り、レオンの展開していた魔力ガードがガラスのように砕け散った。
「ごふぅっ!?」
予想外の重い衝撃が胸当てを貫き、レオンはカエルが潰れたような声を上げて地面を転がった。
「えっ……レオン!?」
セリアが慌てて駆け寄る。
「ちょっとレオン、油断しすぎよ! いくらガードを緩めたからって、子供の攻撃をまともに受けて苦しむなんて……」
「い、いや……違うんだ、セリア……っ」
レオンは意識を保ってはいたものの、激しくむせながら胸元を押さえ、顔を引きつらせていた。
「ただの物理的な衝撃じゃない……魔力とは根本的に違う、何かとてつもなく硬いもので直接ぶん殴られたような……っ!」
レイジは目を見張っていた。
(……今のは、『霊力』と自身の『魔力』を同時に纏って威力を底上げしたのか?)




