過剰火力の親切
エレナとレイジは、Cランクへの昇格を果たしたが、これはあくまで「戦闘」に関するランク付けである。
ギルドの依頼には様々な分野があり、たとえば高度な薬草摘みなどには、誤って毒草を採取する事故を防ぐための「採取ランク」が必要になる。実は、エレナは戦闘のランクに関してはひどく疎かったものの、採取に関しては最低ランクであるEランクを所持しており、毎年の更新講習も欠かさず受けていた。
また、以前に受けた「通常の鉱石より10%純度が高いカルボ鉱石の採掘」のような依頼には、特に厳しい規制は存在しなかった。怪我や遭難のリスクは自己責任であり、ギルド側が広大な世界のすべての洞窟や未開拓地域をいちいち調べて立ち入り規制をかけるのは現実的に無理があるからだ。
討伐系統のような敵の強さが明確な依頼においては、戦闘ランクが受注条件に深く関わってくる。霊力を扱う前のエレナは魔法がポンコツだったため、そうした依頼には興味が薄く、内容そのものを確認しても、知識不足ゆえあまり理解できていなかった。
「せっかくCランクになったんだし、何か私たちにぴったりの依頼はないかな?」
エレナが目を輝かせてギルドの受付嬢に相談を持ちかけると、後ろでレイジも気怠げに頷いた。
受付嬢は、エレナがあまりにも戦闘ランクの仕組みに無知であることの落差に眩暈を覚えながらも、プロとして丁寧に説明を始めた。
「お二人の現在の実力は十分に証明されましたが、戦闘ランクは単なる強さの指標ではなく、依頼主との『信頼関係』に直結する場合もあります。討伐依頼の場合、対象となる魔物の危険度によって適正ランクが厳格に設定されています。Cランクであれば中型の群れや、比較的強力な単体魔物の討伐が受注可能となります。逆に言えば、自身のランクを大きく超える危険な依頼は、特別な許可がない限り受けることができません」
エレナは受付嬢の説明にふむふむと頷いた。
「それで、いま私たちにぴったりな依頼はありますか?」
受付嬢は困ったように眉を下げる。
「それが……魔闘祭が近いせいか、手頃な討伐依頼は他の冒険者の方々に根こそぎ受けられてしまっていて。残念ながら現在ご紹介できるものがありません」
「そ、そんなぁ……」
せっかくの実力を試す機会がお預けとなり、エレナはあからさまに肩を落とした。
「な、なんだと!? 稼ぎ時だというのに依頼がすっからかんとはどういうことだ! これでは我が商会の利益が!」
同行していたリリアーナも背伸びをしてカウンターから身を乗り出し、大げさに抗議の声を上げる。
「まあ、そんなもんだろ。ポンコツ社長、おとなしく帰るぞ」
ため息をつくレイジに促され、三人はとぼとぼと寂しくギルドを後にした。
人通りの少ない裏路地に差し掛かった時のことだった。
建物の影から、鋭い唸り声とともに三頭の『影狼』が飛び出してきた。
本来は深い森に生息する魔物だが、エサを求めて街の境界まで迷い込んできたのだろう。低い姿勢から鋭い牙を剥き出しにし、明確な獲物と見定めて飛びかかってくる。
「ひぃぃっ!? な、なぜ街中に魔物が!? レ、レイジ、エレナ! 早くこいつらを片付けるのだ!」
リリアーナが悲鳴を上げ、慌ててレイジの背後に隠れる。
エレナが右手をかざし、霊力をチャージしようとしたその瞬間。
「危ないっ! 下がっていろ、素人!」
上空から降ってくるような大音声とともに、突如として三人の前に見知らぬ人影が割り込んできた。
銀の鎧に身を包んだ男性の魔法剣士だ。彼は抜刀すると同時に、魔力によって剣身に爆発的な紅蓮の炎を纏わせる。
気合を込めた一閃とともに大きく振り抜かれた剣から炎の刃が放たれ、先頭の影狼を激しい熱波とともに吹き飛ばすと、石畳に真っ黒な焦げ跡を刻み込んだ。
「私の獲物も残しておいてよね、レオン!」
続いて背後から現れたのは、豪奢なローブを翻す女性の魔道士だった。彼女は手にした杖を天高く掲げ、一気に魔力を練り上げる。
残る二頭の影狼の頭上に、無数の氷の礫と青白い稲妻が嵐のように降り注いだ。ド派手な破裂音と閃光が路地を包み込み、魔物たちは瞬く間に氷漬けにされ、そのまま砕け散って消滅した。
圧倒的な火力による瞬殺劇。だが、その代償として周囲の石畳は熱でひび割れ、建物の壁面は季節外れの霜と氷で覆い尽くされてしまっている。
土煙が晴れる中、剣をスタイリッシュに鞘に収めた男性魔法剣士が、ふっと前髪をかき上げて振り返った。
「怪我はなかったかい? いやはや、あんな凶暴な魔物に襲われて声も出なかっただろう。だが安心してほしい、もう大丈夫だ! ……とはいえ、少しばかり過剰な火力になってしまったね。道を荒らしてしまったことは謝ろう」
「私たちが通りかからなかったら危なかったわよ? まったく、こんな街外れを不用意に歩くなんて不用心ね。……つい手加減できなくて、派手にやっちゃったのはごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
女性魔道士も杖をくるりと回し、自信満々なドヤ顔にほんの少しの申し訳なさを混ぜて言い放った。
レイジとエレナからすれば、影狼などあくびをしながらでも瞬殺できる程度の魔物だった。何ならエレナは今まさに放とうとしていた霊力を、不完全燃焼な気分で指先から散らしたところである。
「あ、えっと……うん、ありがとう……? 大丈夫、驚いてないよ」
エレナが困惑気味にお礼を言うと、二人は自分たちの実力に言葉を失っているのだと勝手に解釈し、さらに満足げに胸を張った。
魔物が完全に消滅したのを確認したリリアーナは、レイジの背中からひょっこりと顔を出した。
「あ、あの……っ。危ないところを助けていただき、感謝する……いや、感謝いたします」
いつもは尊大な態度を崩さないリリアーナだが、曲がりなりにも善意で助けてもらった初対面の相手に対して、そこまでの態度は必要最低限の礼儀としてとれなかった。
レイジはリリアーナの頭にポンと手を置きながら、「……助かった」とだけ短く返した。




