ギルドの受付嬢が絶句する日
「次の試験は、魔力の精密な制御能力を測ります。この訓練用の魔導ボールに魔力を流し込み、最低でも5分間、空中に浮かし続けてください」
受付嬢が小ぶりな魔導ボールを差し出すと、エレナは迷いなく手をかざした。以前の彼女であれば、1分も保たずにボールを弾き飛ばしていたところだ。
霊力という絶対にブレない「芯」を手に入れた今の彼女は違った。エレナの魔力は静かにボールを包み込み、そのままピタリと中空に固定させた。
時間が経ってもボールは1ミリたりとも揺らがず、あっけなく5分が経過する。
「えっ……あの、魔力制御がまったくできなかったエレナさんが……嘘でしょう……?」
受付嬢は持っていたバインダーを取り落としそうになるほど見事に彼女を見直していた。
「じゃあ、次」
レイジも無造作に魔導ボールへ手を向けた。彼の中の魔力量自体は底辺クラスのままだが、もともと極細の霊力による圧倒的な精密干渉を誇る彼にとって、エネルギーの制御はお手の物だった。魔力という流動的な概念をこの世界で学び、仕組みを理解してしまった今となっては、自前の乏しい魔力であっても針の穴を通すような精密さで扱うことができる。レイジもまた、ボールを微動だにさせることなく完璧に5分間浮かせ切り、あっさりと試験をクリアしてみせた。
「……お見事です。では次は、実戦を想定した出力テストです。あちらの頑丈な的に向かって、ご自身の最大威力の魔法を当ててみせてください」
困惑を引きずりながらも受付嬢が指示を出すと、レイジが先に位置についた。
彼は自身の魔力に頼る気は毛頭なかった。指先に極細の霊力を纏わせると、空間に漂う大気中の魔力ノイズをフックのように引っかけ、強制的に一点へ圧縮する。システムを書き換えるように軌道を固定し、的に向けて射出した。
ドゴォォンッ!という轟音と共に、的の中心が抉り取られるように吹き飛んだ。
「なっ……いまの……ご自身の魔力じゃなく、大気中の魔力を巻き込んで撃ち出しました!? 詠唱も大規模な術式もなしに、どうやってそんな真似を……!」
「すごいすごい! じゃあ、次は私ね!」
エレナは嬉しそうに駆け寄ると、レイジに負けじと的へ右手を向けた。
レイジは彼女の手元を見て目を見張った。
彼女は、レイジが負荷を和らげるために作ってやった照準器代わりの『銀の指輪』を外していたのだ。
「おいエレナ、指輪なしじゃまだ反動が――」
レイジの制止より早く、エレナは自身の傷口から漏れ出す魔力と、空間の環境魔力を同時に手繰り寄せた。中心に霊力の針を通し、異なるエネルギーを同軸ケーブルのように束ねて撃ち出すハイブリッド狙撃。以前の彼女であれば、「水」と「ダイヤモンド」の強烈な摩擦によって指先に痛々しい火傷を伴っていたはずだ。
極太の光線を撃ち出し、的を吹き飛ばしレイジ以上の大穴を空けた後も、エレナはケロッとしていた。
「えへへ、どうかな?」
彼女の右手の指先には、火傷の痕ひとつ生じていなかった。
いつの間にか、彼女は外部デバイスの補助なしで、性質の異なるエネルギーの摩擦熱を完全に抑え込み、自身の生体回路だけで制御しきる領域へと到達していたのだ。
(……おいおい、ウソだろ)
レイジの表情は、規格外の速度で進化し続ける彼女の成長に本気で驚きを隠せずにいた。
次の試験は、対人での実戦形式だ。ただし、その前に魔導具などの持ち込みによる不正を防ぐための厳重な身体検査と持ち物検査が行われることになった。
レイジは「面倒だな」と小さくため息をつくと、検査の前にポケットから斑晶石の外部ストレージを取り出し、リリアーナに向かって放り投げた。
慌てて受け止めるリリアーナを尻目に、レイジは手ぶらで検査室へと向かった。自身の魔力量は底辺だが、持ち物検査がある以上、自前の乏しい魔力と霊力のハッキング技術のみで立ち回るしかない。
実戦試験の相手として現れたのは、歴戦の雰囲気を纏ったギルド専属の試験官だった。
試験官が牽制の魔法弾を放つと同時に、レイジは最小限の動作で回避する。ただ避けるだけでなく、極細の霊力で相手の魔法の軌道に僅かなノイズを流し込んで自壊させ、さらに空間の環境魔力を瞬時に束ねて牽制弾を撃ち返し、試験官の懐へ潜り込むフェイントを交えながら、互角の攻防を繰り広げた。
だが、試験官は突如として構えを解き、大きく息を吐いた。
「……そこまでだ。合否の判定はすでに出ている」
「ん? まだ勝負はついてないぞ」
レイジが怪訝な顔をすると、試験官は苦笑交じりに首を振った。
「お前の実力は十分すぎるほど分かった。ギルドのランクは下からE、D、C、B、A、Sと分かれているが、規定により初回の飛び級認定はCランクまでと決まっているんだ。お前の実力は明らかにCランク以上。ルール上これ以上試験を続ける意味がない」
試験官のあっさりとした宣言により、レイジの実戦試験は早々と終了し、見事Cランクの認定を勝ち取った。
続いて行われたエレナの実戦試験も、驚くほどあっけなく幕を閉じた。
彼女が右手に環境魔力と霊力を束ねた光を纏わせ、試験官に向けて放とうとした。だがその一連の魔力の流れを読み取った試験管は、即座にエレナをCランクと認定した。
霊力という概念がない試験管は、当然ながらエレナの技術を解析できなかった。しかし、大気中の魔力の流れやその圧は、エレナをCランク以上と認めさせるには十分だった。
一連の異常すぎる光景を目の当たりにした受付嬢は、手元のバインダーを抱えながら呆然と立ち尽くしていた。




