底辺と静かなる導火線
「私、出てみようかな……レイジも一緒に出ない?」
キラキラとした期待の眼差しを向けられるが、レイジはスプーンを置いて深くため息をついた。
「パスだ。目立つのはごめんだし、第一、不特定多数の前で俺の技術を晒すメリットがない。ただでさえ面倒な調整作業が山積みなんだ、わざわざ殴り合いの祭りに参加する理由なんてどこにもない」
「えー……レイジが出ないなら、私も一人じゃ心細いな……」
エレナが露骨に肩を落とすと、向かいの席でシチューの皿を舐めるように平らげていたリリアーナが、ピクリと耳を動かして身を乗り出した。
「魔闘祭の賞金が前より上がっているらしいぞ!?」
「……おい、ポンコツ社長。嫌な予感がするからその顔はやめろ」
レイジが顔をしかめるのも束の間、リリアーナはバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「決まりだ! 我が商会の広告塔として、エレナを大会に送り込む! レイジ、お前は専属サポーターとして万全のバックアップを頼むぞ! 優勝賞金でこの商会をさらにデカくしてやるのだ!」
「誰がやるか。俺は裏方だろうが何だろうが参加しないからな」
「まあまあ、レイジ。リリちゃんもこう言ってるし、ね?」
隣のテーブルからは、冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「おい、見ろよ。あのポンコツ魔法射手のエレナじゃないか」
「隣の兄ちゃんもそうだ。そいつ、魔力が下級のゴブリン以下じゃねえか。そんなスッカラカンな奴がサポーター? 冗談キツいぜ」
「あんな無能を連れ歩くなんて、底辺同士でお似合いのパーティーだな!」
下品な笑い声が食堂に響く。
魔力の少なさはそのまま能力の低さと直結する。レイジには魔力は低いが、代わりに異質な『霊力』を有しているが、それも本家のバケモノたちに比べれば出力不足の「欠陥品」レベルだ。
最初は「勝手に言わせておけ」と受け流すように適当な返事をしていたレイジだったが、執拗に飛んでくる嘲笑の言葉に、どういうわけか徐々に腹の底が冷えていくのを感じた。
「……おい、ポンコツ社長。さっきの言葉、撤回する」
「む? 何をだ?」
「魔闘祭、俺も出る」
エレナの顔がパッと明るくなり、リリアーナは「よく言った!」と叫んだ。
さっそくギルドの受付カウンターへ向かい、魔闘祭へのエントリーを申し出た一行だったが、いつも懇意にしている受付嬢は困ったように眉を下げた。
「あ、あの……本当に参加されるんですか? 失礼ですが、レイジさんからは魔力があまり感じられません。大会には凄腕の方々も多くて、とても危険ですよ……?」
見下しているわけではなく、純粋な心配からくる否定の言葉。それが逆にレイジを少しだけやりづらくさせた。
さらに、受付嬢の懸念に満ちた視線はエレナにも向けられる。
「それにエレナさんも……最近は素材集めで頑張っていらっしゃると聞いていますが、対人戦となると……魔力の制御があまりできない人では……」
ギルドの認識は、未だに「魔力制御ができないポンコツ」のまま止まっていた。圧倒的な力を持つハイブリッド狙撃術を身につけ、霊力という新しいOSで魔力をかなり扱えるようになっている今の彼女からすれば、決して面白くない評価だ。
「むぅ……私、昔とは違うのに」
エレナが頬を膨らませて不満を露わにする。
「でしたら……お二人の現在の実力を測るために、『ランクの再判定テスト』を受けてみてはいかがでしょう?」
受付嬢は宥めるように提案した。
「ランク?」
「ええ。魔闘祭が近いこともあって、今は飛び入りのエントリー希望者が多く、訓練場での判定テストを常時行っている状態なんです。一定のランクが証明できれば、私も安心してエントリーを通せますから」
キョトンと首を傾げるエレナ。自身の規格外な火力を自覚し始めているにもかかわらず、彼女はギルドのランク制度というものにひどく疎かった。
「……なるほどな。実力を数値や結果で証明して見せれば、誰も文句は言わないってことだろ」
レイジは面倒くさそうに首を鳴らすと、ギルド奥の訓練場へと視線を向けた。
ランクの再判定テストにはそれなりの代金が必要だったが、ハック燃料の売り上げと食堂からの優先契約金のおかげで、今のリリアーナ商会(というよりレイジの財布)には十分な貯えがあった。
案内された訓練場では、すでに何人かの冒険者たちがテストを受けていた。
「まずは、こちらの装置で潜在的な魔力量の測定から行います。普段は表に出ない魔力まで正確に測れるギルド特製の魔導具ですよ」
受付嬢が指し示したのは、巨大な水晶玉がはめ込まれた大掛かりな台座だった。
「じゃあ、俺からいくか」
レイジが無造作に水晶玉へ手を置く。
ほんの少しの間を置いて、水晶玉が弱々しい光を放ち、台座の目盛りがピピピと上がっていった。針は下から数えたほうが早い位置でピタリと止まってしまう。
「……えっと、平均値の3割程度、ですね。やはり、冒険者としてはやはり底辺クラスかと……」
受付嬢が気まずそうに結果を告げる。周囲で見ていた他の冒険者たちから「やっぱりな」「あんな魔力で大会に出る気かよ」と遠慮のない嘲笑が漏れた。
当のレイジは「そりゃそうだ」と平然としていた。彼の中にあるエネルギーの主体はあくまで異界の「霊力」であり、魔力を測る機械で正確な数値が出るはずもない。むしろ、外部ストレージなしの自前の魔力量を正確に可視化されたにすぎない。
「次は私の番だね!」
エレナが水晶玉の前に立ち、両手をペタリと置く。
すると、水晶玉はレイジの時よりは明るく、しかし決して眩しいとは言えない程度の光を放った。目盛りはスルスルと上がり、ちょうど真ん中あたりで停止した。
「こちらは……平均値程度ですね。以前の記録よりわずかに増えてはいますが、雀の涙ほどの微増といったところです」
受付嬢は手元の資料に目を落とし、さらに困ったような顔をした。
「エレナさんの場合、魔力量よりもその制御能力が問題視されています。いくら平均的な魔力があっても、まともに魔法を使えなければ対人戦は……ちょっと厳しいかと」
純粋な心配からくる受付嬢の言葉だったが、エレナの顔に不安はない。彼女の瞳には、静かな自信が宿っていた。




