美味しいシチューの裏で、魔導コンロが悲鳴を上げる
異端の技術と商魂で、着実に基盤を固め始めた「リリアーナ商会」。
新型ストレージのおかげで旧魔晶石鉱山のプラントの採取効率は大幅に上がり、ハック済み燃料はギルド併設の大衆食堂へと飛ぶように納品されていった。
食堂の厨房は活気に満ち溢れていた。
ススが出ず、鍋の底を汚さない。それでいて通常の1.7倍も長持ちする安定した高火力。料理人たちにとって、それはまさに魔法のような燃料だった。ピーク時の注文ラッシュでも火力が落ちないため、調理の回転率は劇的に向上し、食堂はかつてない大繁盛を見せていた。
独占供給が軌道に乗り始めてから三日後。
リリアーナのもとに、食堂の料理長から「魔導コンロの調子が少し悪い」という相談が舞い込んだ。
「火の付きが悪いわけじゃないんだが、なんだか最近、熱の伝わり方がピーキーというか……ツマミを回すと、妙に硬い手応えがあるんだ」
ただの使いすぎか、あるいは部品の摩耗か。
アフターサポートも商会の務めだと息巻くリリアーナに連れられ、厨房の裏手で魔導コンロを分解・点検することになったのは、専属技師として巻き込まれていたカノンだった。
「どれどれ、市販の量産型コンロなんて、構造は単純だからすぐに直るわよ……って、ちょっと待ちなさいよ」
分解したコンロの内部、魔力回路が通る金属パーツを見た瞬間、カノンの顔から余裕が消え失せた。
「……は? なにこれ。魔力伝導用の真鍮合金が……結晶化して硬質化してる? それにこの回路の歪み方、普通の魔力暴走なんかじゃないわよ!」
カノンは信じられないものを見る目で、隣に立つレイジを睨みつけた。
「あんたの作ったあの変態燃料のせいよ! 燃料の中に残っていた微小な『霊力』の波長が、燃焼のたびにコンロの回路にじわじわと干渉して、金属の性質そのものを書き換えちゃってるのよ! 『水』を流すためのパイプに、微細な『ダイヤモンド』の砂を流し込み続けて内側を削り取ってるような状態よ!」
「なるほど。市販品の汎用回路じゃ、俺の霊力の残りカスを受け止めきれずにエラーを吐いたか。……完全に盲点だったな」
「冷静に分析してる場合じゃないわよ! 金属の分子構造レベルで変質してるんだから、こんなの私の削り出し技術じゃどうにもならないわよ! パーツを総入れ替えするしかないけど、同じ素材じゃまたすぐダメになるし……ああもう、さじを投げるわ!」
頭を抱えるカノンを尻目に、レイジは工具箱を手に取った。
「まあ、回路の設計自体は俺が手を入れる。霊力の残留分が金属回路に滞留するから硬質化が起きるんだ。なら、回路の途中に『霊力を逃がすためのバイパス』を組んで、コンロの底から物理的にアースしてやればいい。……そうだな、お前が工房の隅に『魔力伝導率が最悪のゴミ』って言って山積みにしていた、あの黒錆びた廃合金を使おう」
「はぁ!? あんな魔力を一切通さないただのゴミを回路に組み込む気!? そんなことしたら魔力の流れが詰まって、コンロが完全に沈黙するわよ!」
「魔力を通さないからいいんだ。魔力はそのまま正規のルートへ流し、金属を傷つける『霊力の残りカス』だけをそっちのゴミ合金に吸わせて外へ逃がす。俺の霊力用のアース材としては最高だろ」
「……あ。そ、そういうこと……。魔力回路の常識から外れてるからって、誰も見向きもしないゴミ素材をそんな風に……。ああもう、分かったわよ! 私の常識がまた一つ壊れたわ! パパッと加工してあげるからさっさと図面を寄こしなさい!」
カノンが常識外れの用途にブツブツと文句を言いながらも、超特急で加工した廃合金のパーツを受け取ると、レイジは極細の霊力を指先に纏わせ、コンロの内部構造を直接書き換えるように組み込んでいった。汎用製品の回路に、異世界のバグめいた技術が静かに縫い合わされていく。
数十分後。修理が完了したコンロをテストした料理長は、炎の上がり方を見るなり目を丸くした。
「おおっ……! 前よりさらに火の扱いがしやすくなってる! ツマミの反応も滑らかだし、とろ火から強火への切り替えも完璧だ! さすがはリリアーナ商会の専属技師だな!」
「ふはははは! 感謝するが良い、料理長! 我が商会のアフターサービスは完璧なのだよ!」
誇らしげにふんぞり返るリリアーナの背後で、カノンは忌々しそうにため息をついた。
「……ただの市販コンロに、王都の研究所でも解読できないレベルの異界バイパス回路が組み込まれてるなんて、この料理長が知ったら卒倒するわね。しかも使った素材がただのゴミ合金だなんて」
レイジは工具を片付けながら、いつもと変わらぬ平坦な声で返した。
「まあいいだろ。結果的に火力が安定して、飯が美味くなるなら誰も損はしない。カノンそのまま一緒に食事をしないか?」
「残念ながら、私は忙しいの」
一仕事終えたレイジたちは、用があるカノンと別れて、食堂の空いているテーブルに陣取り、少し遅めの昼食をとることにした。
修理の礼として料理長から大盛りで振る舞われた看板メニューの肉厚なシチューは、レイジのハック燃料で煮込まれたせいか、いつも以上に味が染み込んでいて絶品だった。
隣のテーブルでジョッキを傾けていた冒険者たちの話し声が耳に飛び込んできた。
「おい、今年の『魔闘祭』、どうやら例年以上に賞金が跳ね上がってるらしいぜ」
「マジか。王都から凄腕の魔法使いが何人もエントリーしてるとかいう噂だしな。まあ、俺らみたいな中堅じゃ初戦突破も怪しいが……」
魔闘祭。年に一度、この街で開催される武闘大会であり、魔法や魔導具を用いた戦闘技術を競い合う一大イベントだ。
冒険者たちの会話を耳にしたエレナは、シチューを頬張る手を止め、興味深そうに目を瞬かせた。
「ねえレイジ、魔闘祭だって。お祭りみたいで面白そうだね」
「ん? ああ、そうだな」
レイジはシチューの肉を噛みちぎりながら、極めて生返事をした。
「賞金もすごいみたいだよ。最近、私もレイジの力を真似するコツが分かってきて、的に当てるだけじゃなくて……もっと、こう、いろんな動きを試してみたいなって思ってたところなの」
エレナは右手の銀の指輪をいじりながら、少しだけ頬を上気させて言った。
異質な霊力を取り込んだ独自のハイブリッド狙撃術。霊力の扱い方も徐々に身体に馴染んできたから、純粋に自分の実力を試してみたいという前向きな欲求が芽生え始めていたのだ。




