商売の才能はゼロ、お騒がせ度だけは特級ランクのポンコツ経営者!
エレナはニコッと無邪気に微笑み、胸を張って右手を少し持ち上げた。銀の指輪がはめられたその指先には、絶大な威力を放つ代償として、痛々しい火傷のような痕が残っていた。
カノンは息を呑んだ。レイジの「水とダイヤモンド」の説明を聞いた今なら、その火傷が起きた理由が技術者の視点からおのずと見えてくる。
「あんた、まさか……自分の生体回路で、その未知の力を外へ撃ち出してるの!? 霊力の詳しい仕組みまでは分からないけど……いつもの魔力と同じ感覚でそんな異質なエネルギーを扱おうとなんてしたら、回路に無理が生じて何かしらの不具合が起きるに決まってるじゃない!」
「最初は痛かったけど、レイジの指先の動きや波長をずっと見ていたら、少しずつ感覚が分かってきたの。最近は前よりずっとスムーズに力が循環するようになってきたし……それに、いざという時はレイジがちゃんと見ててくれるから大丈夫だよ」
カノンは呆れ果てて、へたり込みそうになった。王都の常識を根底から破壊する規格外のエネルギーを涼しい顔でハックに使う異世界人と、異物を自身の身を挺して模倣し、圧倒的な破壊力へと昇華させているお人好しの少女。
「ふははは! どうだカノン、我がリリアーナ商会の恐るべき技術力が理解できたか! この専属部隊を擁する私こそが、未来の大商人なのだよ!」
空気を読んだり読まなかったりしながらふんぞり返るリリアーナの声が坑道に響く。
カノンは深くため息をつきながら、忌々しそうに目を細めた。
「……分かったわよ。あんたたちが常識外れのイカれた集団だってことはね。でも……技術者として、このバグみたいなシステムを途中で放り出すわけにはいかないわ。その外部ストレージの最終調整、私が最後まで面倒見てやるわよ」
「そいつは助かる。だが、中身の魔力は俺の霊力で変質しちまってるから、お前がどうこうできるもんじゃない。調整できるのはあくまでドックの物理ギミックや接続部の外殻だけだぞ」
レイジが釘を刺すと、カノンは試しに測定レンズをストレージに向けようとして再び強烈なノイズに弾かれ、「言われなくても分かってるわよ!」と顔をしかめながらギアの噛み合わせの微調整に専念し始めた。
カノンの手によって外装と接続部の安定性が限界まで高められた新しい斑晶石の外部ストレージを携え、レイジたちはそのまま旧魔晶石鉱山の採掘プラントへと向かった。
放置された巨大な採掘機にストレージを接続し、レイジが霊力でシステムをオーバーライドする。かつての初期試作品の石ころでもプラントを動かすことはできたが、今回は格段に効率が違った。
機械のエンストや火力のブレは完全に抑え込まれ、プラントはかつてないほどスムーズな駆動音を響かせて連続稼働を始めた。
ガコン、ガコンと規則正しい音と共に、コンベアから次々とカルボ鉱石が吐き出されていく。初期型のストレージを使っていた時よりも、明らかに採掘のペースと量が増大していた。
「おおっ! 掘れる、掘れるぞ! これなら約束の数に余裕で届くのだよ!」
山のように積み上がっていくカルボ鉱石を見て、リリアーナが目を輝かせて歓声を上げる。
そもそも、レイジがわざわざカノンの工房まで足を運び、新たな外部ストレージと充電ドックの開発に踏み切ったのは、他でもないこのリリアーナのためであった。
事の発端は数日前。レイジが余剰品として弾かれた安物の下級カルボ鉱石に対し、遊び半分で燃焼効率を最適化する局所ハックを施したことだった。不純物による燃焼のロスを霊力で相殺し、火力の波を一定に保つよう加工されたその石は、煙もススも一切出さず、通常の1.7倍も長く安定して燃え続けるという、極めて実用的な高効率燃料へと変貌を遂げた。
これを見たリリアーナの商魂が爆発した。彼女はまだ在庫の裏付けすら全くない状態のまま、「相場に銅貨数枚だけ色をつけた超激安価格」を謳い文句に、ギルドに併設された大衆食堂の厨房へ単身突撃したのだ。
料理長に「騙されたと思って使ってみろ」とハック済みの試作品を差し出すと、ススが出ず長時間高火力を維持できるその性能に、現場のプロは一瞬で血相を変えた。そこでリリアーナは完璧なポーカーフェイスを作り、「他店にも声をかけているから買い占められるかもしれない」とハッタリをかましたのである。
結果として、料理長から優先供給を約束させるための権利金をその日のうちにせしめ、彼女は大家への借金を綺麗に全額完済するという奇跡的な営業を成功させた。
だが、レイジからは容赦のない経営指導が入った。在庫の保証がないまま大風呂敷を広げるのは信用失墜に直結する。本来なら回収した資金を全額没収して戒めとするところだったが、レイジの温情で残った金は商会の初期運転資金として据え置かれた。
つまり、リリアーナが口八丁で結んできた大衆食堂との優先契約を守るためには、ハックのベースとなるカルボ鉱石を大至急、かつ大量に採掘する必要に迫られていたのだ。採掘した鉱石を加工するのはこれまで通りレイジの手作業だが、その元手を掘り出すプラントの稼働効率を上げるためには、どうしても新型の外部ストレージが必要だったというわけだ。
「……お前のその勢いと度胸だけは認めてやるが、次からはちゃんと生産の目処を立ててから営業に行けよ」
次々と吐き出されるカルボ鉱石を眺めながらレイジがため息まじりに言うと、リリアーナはえっへんと胸を張った。
「案ずるな! このリリアーナ商会には、優秀な職人と、比類なき最高の技師がいるのだからな!」




