流動の水と、曲がらない結晶
職人としての意地と、レイジの未知の技術に対する抗いがたい好奇心が彼女の目をギラギラと輝かせていた。
「……好きにしろ。ただし、自分の身は自分で守れよ」
一行はかつての廃鉱山のさらに奥、放置されて久しい最深部の採掘層へと足を踏み入れていた。
空気は重く淀み、肌を刺すような魔力ノイズがビリビリと空間を満たしている。
「ひぃっ……! な、なんなのこの濃度……息をするだけで肺が焼かれそうよ……!」
カノンが測定レンズを覗き込み、あまりの数値に悲鳴を上げた。
「ここなら申し分ないな」
レイジは冷静に、開けた岩盤の上に斑晶石の外部ストレージと充電ドックを設置した。
ゆっくりと右手をかざし、霊力のトリガーを引く。
カノンの削り出した極小のギア群が一斉に回転を始めた。
ガリガリッ、と空間に満ちる致死量の魔力ノイズが物理的な弁の動きによって次々と弾き飛ばされていく。コンマ数秒の狂いもない完璧な同期。ノイズが弾かれたほんの一瞬の隙間を縫って、レイジの霊力が純粋な魔力だけをフックのように引っかけ、斑晶石の内部へと強引に引きずり込んでいく。
「す、すごい……! あれだけ狂暴なノイズが、ドックの内部には1ミリも侵入してない……! 純粋な魔力だけが、あり得ないスピードで圧縮されていく!」
カノンは震える手でレンズを構えたまま、目の前で起きている奇跡から目を離せなかった。
空間の魔力が渦を巻き、斑晶石がかつてないほどの激しい光を放ち始める。圧倒的なスループットで供給される魔力は、真空状態を起こすことなく、増大したストレージの容量を満たしていった。
やがて、カチッという小さな音と共にギアの回転が止まり、石の明滅が静かに収まった。
「……チャージ完了だ」
レイジは熱を帯びた外部ストレージを手に取り、ずっしりとした手応えを確かめた。
「……ちょっと待ちなさいよ」
静寂を取り戻した坑道で、カノンが震える声を絞り出した。彼女の手にある測定レンズは、先ほどの充填プロセスを記録しているはずなのに、エラー表示を激しく点滅させている。
「なんなの、さっきの充填プロセス。私が作った物理的なノイズフィルターが完璧に機能したのは認めるわよ。でも、その奥……ノイズを弾いた隙間から、魔力を強引に引っ張り込んで石の中に縛り付けていていたあの『力』は何!? レンズが数値を弾き出せないどころか、解析不能で壊れかけてるんだけど!」
カノンの頭の中は混乱で飽和していた。魔導具の常識で言えば、空間の魔力を取り込むためには、相応の吸引術式や引き金となる魔力が必要になる。だが、先ほどレイジが放っていたものは、彼女が知るどんな魔力波長とも全く異なっていた。
「ああ、あれは魔力じゃない。俺の『霊力』を使っているからな」
レイジは充填された石をポケットにしまいながら、あっさりと答えた。
「れい……りょく? 何それ。魔力の特殊な亜種? それとも未発見の属性魔法の類?」
「いや、魔力とは根本的に別物だ。まったく違うルールで動いている」
「別物って……そんなわけないでしょ! この世界にある現象を操作するエネルギーは魔力だけよ! それ以外の未知のエネルギーなんて、王都の研究所だって観測したことがないわよ!」
カノンは噛みつくように否定したが、レイジは面倒くさそうに肩をすくめた。
「観測されていようがいまいが、俺の中にはその『霊力』があって、実際に使えている。事実として存在するんだから仕方ないだろ」
「だからって、そんな理屈も分からない力で……!」
「まあ、俺自身も全てを完璧に把握しているわけじゃないが」
レイジは少しだけ思案するように視線を落とし、カノンにも理解できるように言葉を探した。
「魔力ってのは、周りの環境や感情なんかに影響されやすい『流動的な水』みたいなものだ。火になったり風になったり、ノイズに当てられればブレたり濁ったりする。お前たち技術者は、その水をうまく誘導するためにパイプ(回路)を組んで制御しているわけだ」
カノンは眉をひそめながらも黙って聞いている。
「対して、俺の『霊力』は水じゃない。周囲の環境やノイズに一切影響されない、『極硬のダイヤモンド』みたいなものだ。どれだけ外から圧をかけられようが、絶対に形を変えないし、曲がりもしない」
レイジは指先を少しだけ動かし、目に見えない霊力の針を空間に作り出すような仕草をした。
「さっき俺がやったのは、その絶対に曲がらない霊力の『杭』を、魔力という激流の中に強引に打ち込んで、軌道を物理的に固定しただけだ。お前の作ったフィルターがノイズを弾いた瞬間に、霊力のフックで魔力を引っ掛けて、石の中へ強引に縛り付けた。魔力を制御したんじゃない。別の硬い力で無理やり束ねて、動けなくしたんだよ」
「……魔力を、別の力で……物理的に縛り付ける……?」
カノンは呆然と呟いた。それは魔導技術の根幹である「魔力による魔力の制御」という前提を根本からひっくり返す、力業の極致だった。だからこそ、魔力だけを観測する測定レンズにはエラーしか吐き出せず、石の中に魔力が留まり続ける「自律循環」というバグのような現象が起きているのだ。
「そんな……絶対にブレない硬度の力なんて、魔力回路の常識から見ればただの異物じゃない……。回路に繋ごうとしたら弾かれるのは当然よ、OSが違うどころか、ソフトの中に物理的な金属の塊を突っ込まれるようなものだもの……」
「その通りだ。だから既存の魔導具の回路には組み込めない。俺専用のデバイスとして直結させるしかないわけだ」
レイジがあっさりと肯定すると、カノンは頭を抱えそうになった。だが次の瞬間、彼女の脳裏にひとつの記憶がフラッシュバックした。
「ちょっと待って……じゃあ、あの時……!」
カノンはバッとエレナの方を振り返った。以前、街の近くで巨大な沼ワニが暴れた際、カノンは遠くからエレナの狙撃を目撃していた。分厚い装甲のような鱗を持ち、周囲に魔力ノイズをまき散らす沼ワニに対し、数ミリの隙間をノイズごと完全に無視して無傷で射抜いたあの神業。
「あんた……あの沼ワニを撃ち抜いた時、魔力じゃなくてその『霊力』を……?」
「ふふっ、レイジの力を真似させてもらってるの。レイジが専用の指輪も作ってくれたしね」




