極上素材の獲得と充電ドック完成
異常な技術を目の当たりにし、カノンの技術者としての脳がショートしかける。
「エレナ、右前脚の関節だ! 撃ち抜け!」
「はいっ!」
レイジの指示に呼応し、エレナが右手の銀の指輪をかざす。
霊力と魔力を束ねた『ハイブリッド・レーザー狙撃』が放たれ、光の針が沼ワニの硬い関節の隙間に正確に吸い込まれた。
バツンッ! と鈍い音が響く。
沼ワニは怯んだものの、脚を崩すには至らなかった。
「ダメです……! 急所まで届きません!」
関節の隙間でさえ、分厚い筋肉と硬質な膜が守っていたのだ。
「なら、出力を上げるしかないな。エレナ、大気の魔力を少しだけ巻き込め。俺がやったみたいにな」
「……っ、やってみます!」
自らの傷ついた回路から漏れ出す魔力に、周囲の空間に漂う大気中の魔力をわずかに絡め取っていく。
絶対にブレない霊力の芯を軸に、周囲のエネルギーを強制的に収束させる。
カノンは、再び測定用レンズをかざしてエレナの魔力挙動を観察し、目を丸くした。
(嘘でしょ……!? 魔力の流れが完全にノイズだらけで乱れ切ってる! あんな歪なエネルギーの塊、暴発して自滅するに決まってるのに……なんであんなに真っ直ぐ、一点に留まっていられるの!?)
カノンの常識からすれば、それは今にも爆発する欠陥品の挙動だった。
「貫け……っ!」
エレナの指先から、先ほどよりも一回り太く、そして鋭い光の槍が放たれた。
関節の隙間を容易く貫通し、ワニの神経束を完全に破壊する。
「ギャアアアアッ!」
断末魔の叫びを上げて、沼ワニの巨体が泥の中にドスンと崩れ落ちた。
キバは傷一つなく、完璧な状態で残っている。
「……や、やったのだ! さすが我らが実働部隊なのだよ!」
リリアーナが後ろからひょっこりと顔を出して歓声を上げる中、カノンは呆然とレイジとエレナを交互に見つめていた。
レイジは、泥に沈んだ沼ワニの巨体へと歩み寄った。
「早く回収してくれ。泥の臭いが服に染み付いてたまらん」
カノンは、ハッと息を呑んで沼ワニの頭部へ駆け寄った。
彼女は背負っていた巨大なリュックから専用のノコギリと保存オイルを取り出し、熟練の動きで作業を始めた。
見事なキバを切り出し、劣化を防ぐオイルを丁寧に塗り込んで厚手の布で包み込む。
「完璧よ……。傷一つない極上品。これなら、あの変態的な図面の要求にも応えられるだけの超精密ギアが削り出せるわ!」
カノンは泥だらけの顔をほころばせ、大事そうにキバをリュックへ収めた。
「でかしたのだ、カノン君! これで我が商会の輝かしい未来への第一歩が踏み出されたというわけだな!」
リリアーナが腕を組んでふんぞり返るが、カノンはジト目で彼女を睨みつけた。
「アンタは後ろで騒いでただけじゃない。……まあいいわ。素材が手に入ったんだから、さっさと工房に戻るわよ。あんなデタラメな魔力制御を見せられたら、早くあの石を解析したくてウズウズしてきたわ」
「約束通り、石は貸してやる。だが、充電ドックの製作が最優先だ」
「分かってるわよ! このカノン様に任せなさい!」
工房に戻ったカノンは、食事も睡眠も惜しんで作業に没頭した。
沼ワニのキバは極めて強靭で魔力ノイズへの耐性が高く、レイジの要求する「コンマ数秒のズレも許されない」特殊な弁やギアの材質としてこれ以上のものはない。カノンは王都の魔導工房で培った精密切削と熱処理の技術を限界まで引き出し、ミクロン単位の精度で複雑怪奇な物理フィルターを削り出していった。
数日後、カノンの作業台の上には、芸術品のように滑らかに噛み合う微小なギア群と流体弁が完成していた。
物理的な干渉と魔力伝導のタイムラグを完全にゼロにする、彼女の執念と技術の結晶だった。
「できたわよ……! 物理的な回転でノイズを弾き飛ばし、その中心の隙間から純粋な魔力だけを抽出する整流ギミック。私の腕と、この極上の素材がなきゃ絶対に不可能だったわ」
目の下に濃いクマを作ったカノンが、誇らしげに鼻を鳴らした。
レイジは完成したギミックを手に取り、精緻な仕上がりに静かに息を吐いた。彼の手作業では到底届かない、究極の物理加工精度がそこにあった。
「上出来だ。これならいける」
レイジはすぐさま斑晶石と変異甲虫の殻で組んだ外部ストレージ本体を取り出し、カノンの作った充電ドックと接続した。自身の霊力を極細の針のように流し込み、ドックの物理的な歯車の動きと、魔力伝導率の同期プログラムを完璧に編み合わせていく。
カノンの精緻な物理フィルターが物理的にノイズを弾き、レイジの霊力が開閉タイミングをミリ秒単位で制御して魔力のみを吸い上げる。互いの技術が完全に噛み合った瞬間、ドックの内部で淡い光が規則正しく明滅を始めた。
「よし。これでどんな高濃度の魔力溜まりに放り込んでも、ノイズに回路を焼かれることなく、安全に純粋な魔力だけを濾過してストレージに流し込める」
レイジは作業台から顔を上げ、満足げに頷いた。理論上のボトルネックは完全に解消された。
「よし、善は急げだ。これより、旧魔晶石鉱山の最深部へ向かう。あそこの高濃度魔力溜まりなら、このストレージを満タンにするだけのスループットを出せるはずだ」
レイジが立ち上がって荷物をまとめ始めると、背後からガタッという物音がした。振り返ると、巨大なリュックを再び背負い直したカノンが、ゴーグルを額に引っ掛けて立っていた。
「……お前、何してるんだ?」
「何って、出発の準備に決まってるじゃない」
「いや、お前の仕事はドックを作ることだろ。魔力ノイズが蔓延する廃鉱山の奥なんて、職人がついて来る場所じゃないぞ」
レイジがたしなめようとしたが、カノンは頑として譲らなかった。
「ここまで協力したんだから、あなたが何を作ろうとしているのか、見届けても良いでしょう? 私の削り出した部品が、あの過酷なノイズ環境下で本当に仕様通り動くのか、この目で確かめないと気が済まないのよ!」




