変態技師を黙らせるハッキング
「な、なになになにこれ!? どんな理論使ったら、こんな狂った構造組めるのよ! 意味が分からない! 王都のどの文献にもこんな記述ないわよ!?」
頭を抱えて発狂せんばかりに叫ぶカノンを前に、レイジはニヤリと口角を上げた。
「充電ドックの試作品を完璧に削り出してくれるなら、その『石』を好きに解析していい。貸与してやる」
「〜〜〜〜っ! 卑怯! 卑怯よ、アンタ!!」
カノンは顔を真っ赤にし、石とレイジの顔を交互に指差しながら叫んだ。
職人としての探究心をこれ以上ない形で突き刺された彼女に、拒否するという選択肢は存在しなかった。
「……あー! もうっ! 分かったわよ、作ればいいんでしょ、作れば!! その代わり、寸分違わず最高精度で削り出してやるんだから! その石、絶対に解析させなさいよね!!」
「交渉成立だな」
レイジが差し出した手を、カノンは悔しそうに、だが力強く握り返した。
狩りに行くと決まった瞬間、カノンの目の色が「職人」のそれへと変わった。
「よし、そうと決まれば準備よ! 現地でキバを傷つけずに切り出すには、特別な道具が山ほどいるわ!」
カノンは素早く奥の部屋へ引っ込むと、泥をはじく特殊な油が塗られた現場用の「防泥つなぎ」に手早く着替えて戻ってきた。
大きな作業用リュックへ次々と道具を詰め込み始める。
魔物の分厚い骨を断つためのノコギリ、キバの劣化を防ぐ保存オイル、予備の工具類……。あっという間にリュックはパンパンに膨れ上がり、小柄なカノンの背丈と同じくらいの大きさになった。
「お、重すぎないか……? ぬかるんだ湿地を、そんな大荷物で歩けるわけがないのだ!」
リリアーナが呆れたように言うが、カノンはつなぎの袖をまくり上げながらフンと鼻を鳴らした。
「職人の現場仕事をなめないでよね! 最高の素材を最高の状態で持ち帰るためには、これでも最低限の装備よ!」
「わかった、わかった。だがその前に腹ごしらえだ。湿地帯でスタミナ切れを起こせば、ただでさえ足場が悪いのにワニの餌になるだけだからな」
レイジの現実的な提案により、一行は街の東側にある大衆食堂へと場所を移すことになった。
「ふふん! ここはひとつ、共同プロジェクトの景気づけとして、我が『リリアーナ商会』の必要経費でドーンと奢ってやるのだよ!」
リリアーナは威風堂々と胸を張り、店員に向かって一番高いスタミナ肉料理とパンを注文しようと腰の革袋に手を伸ばした。
……だが次の瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。
ジャラ……と寂しい音を立てて取り出された革袋の中には、数枚の銅貨とガラクタのネジしか入っていなかったのだ。
「……あ、あれ?」
レイジが冷ややかな視線を向けると、リリアーナは耳まで真っ赤にしてガタガタと震え出した。
「ち、違うぞ! 誤解だ! 今はたまたま、将来の事業拡大に向けた流動資産の調整中でだな……っ! け、決して手持ちが底をついているわけではないのだっ!!」
「……はぁ。見栄張るからだろ。ここは俺が出す」
レイジは呆れながら溜息をつき、以前ハックした下級カルボ鉱石の売却益から手堅く銀貨をテーブルに置いた。注文されたのは、塩気の強い干し肉、腹持ちの良い黒パン、スタミナがつく熱々の肉と豆のスープだ。
「うぅ……か、返済計画を立てて利息付きで返すからな……」
いじけてスープを啜るリリアーナの頭を、エレナが「はいはい、リリちゃん美味しいね」と微笑みながら撫でる。
「だから頭を撫でるなと言っているだろうっ!」
カノンはパンをかじりながらスープの皿の横に手帳を広げ、スプーンで「沼ワニ」の絵を描き始めた。
「いい? 沼ワニのウロコは岩みたいに硬いの。普通の矢や剣はもちろん、並の魔法だって簡単に弾き返されるわ。だから狙うなら、一番硬い背中や頭のウロコではなく、口の中や関節の隙間よ。でも今回は『キバ』が目的だから、頭の周りを魔法で激しく吹き飛ばすような攻撃はダメ。キバに傷がついたら全部台無しなんだから!」
「なるほどな。魔法をただぶつけるだけじゃダメージが通らない上に、素材を壊さないようにピンポイントで倒す必要があるってわけか」
レイジはスープを飲み込みながら、頭の中で戦闘のシミュレーションを組み立てていく。
「ふん! 心配無用なのだ! 我らのエレナの正確な射撃なら、キバを傷つけずに急所を撃ち抜くことなど朝飯前なのだよ!」
リリアーナが涙目で悔しさを紛らわせるように胸を張ると、エレナは「が、がんばります……!」と緊張混じりに頷いた。
街の東門を抜けると、空気は徐々に湿り気を帯び、青々とした木々が不気味な泥と霧の景色へと変わっていく。
「それじゃあ、行くわよ。絶対に極上のキバを手に入れるんだから!」
腐葉土と泥の臭いが鼻をつく湿地帯の奥深く。
霧の向こうから、ズルリと重たい泥をかき分ける音が響いた。
「出たわ……! 沼ワニよ!」
カノンが声を震わせた。視線の先、小山のような巨体が泥の中から姿を現す。
本来、職人であるカノンがこんな危険な魔物と直接対峙することなどあり得ない。彼女のリュックに詰まっているのは解体や保存用の道具ばかりで、戦闘に対する備えは完全に不足していた。それでも、あの「規格外の石ころ(バグパーツ)」を解析したいという狂気じみた探究心が勝っていた。
「シャアアアアッ!」
沼ワニが巨大な尾を振り上げ、カノンめがけて泥の塊とともに叩きつけてきた。
「ひっ……!」
腰を抜かして動けないカノンの前に、レイジがすっと進み出る。
彼は、ただ空間に向けて指先を走らせた。極細の霊力が空中の魔力構造に干渉し、即席の防御プログラム(パッチ)を書き込む。
ガギィィィンッ!!
何もない空間で、沼ワニの尾が分厚い見えない壁に激突したような轟音が響いた。
「え……?」
尻餅をついたカノンは、息を呑んだ。
魔力障壁特有の光もなければ、呪文の詠唱もない。ただ空間の法則そのものが物理的に硬化し、巨大な質量を弾き返したのだ。
(な、なによ今の……!? 魔力の波長が全くないのに、現象だけが書き換わってる!?)




