計算を狂わせる黒い石塊
「どうだ、レイジ。あいつなら、無茶苦茶な寸法のギアも弁も寸分違わず削り出してみせるはずだ」
リリアーナは、そう簡単にことが運ぶとは思えなかった。
「そんな気難しい相手、ほいほいとこちらの要求を呑むものなのか?」
「……嬢ちゃんの疑問はもっとも、だが……俺は昔、ちょっとした揉め事に巻き込まれてな、あいつの恩人でもあるんだ。俺の頼みなら、あの偏屈も頼みを聞いてくれる可能性が高まるはずだ。紹介状を書いてやるから、行ってみるかい?」
「……願ってもない話だ。頼む」
レイジは迷うことなく即答した。自分の手作業では不可能な加工領域を任せられる職人がいるなら、迷っている理由などなかった。
バルカスから手渡されたメモ状の紹介状を手に、レイジたちは東の鍛冶屋街へと向かった。
立ち並ぶ工房からの金属音と熱気が漂う通りを抜け、一番奥まった路地に入ると、一際大きく「立ち入り禁止」「無断で叩くな」と書かれた木札が何枚も吊るされた重厚な鉄扉が現れた。
「……ここか。看板の癖が強いな」
レイジが苦笑しながら鉄扉をノックしようと手を伸ばした瞬間、中から高音の爆発音と激しい咳込みが響いてきた。
「ゲホッ、ゲホッ! だから出力調整が甘いって言ったんだ! このバカ素材!」
扉が内側から勢いよく開かれ、煤で顔を真っ黒にした小柄な人物が飛び出してきた。つなぎを着込み、大きな保護ゴーグルを頭の上に引っ掛けた若い女性だった。短いボブヘアの毛先は少し焦げている。
「な、なんだお前たちは! 一目見れば分かるだろ、私は今猛烈に忙しいんだ! ガラクタの修理ならバルカスの店に持していけ!」
まくし立てる彼女に、レイジは冷静にバルカスからの紹介状を差し出した。
「バルカスさんから聞いてきた。お前がカノンだな?」
「バルカス……?」
カノンと呼ばれた女性は怪訝そうに紹介状をひったくり、乱暴に目を通した。そのまま素っ気なく追い返そうとした彼女だったが、レイジの手に握られた羊皮紙の図面が目に入ると、動きがピタリと止まった。
「……ちょっと待て。その図面、何だ?」
「俺が描いた充電ドックの構造図だ」
レイジが差し出すと、カノンは煤けた手でひったくるように図面を奪い取り、穴が開くほど見つめ始めた。
最初は不機嫌そうだった彼女の表情が、目まぐるしく変化していく。
「……は? なにこれ……ミクロン単位の噛み合わせを物理ギアで制御しながら、霊導ラインと流体弁を連動させる……? バカじゃないの? こんな過酷な精度、組み立てる前に熱膨張で歪むわよ!」
「だから、歪みを計算に入れた特殊合金の切り出しと、超精密な切削が必要なんだ。お前の腕ならそれが作れるとバルカスから聞いた」
カノンは図面から目を離さないまま、荒い息を吐いた。
「作れるかって? 当たり前でしょ、私を誰だと思ってるの! でも……でもね、こんな変態的なパーツ、図面通りに削るだけでもどれだけ時間がかかると思ってるの!? 予算も素材もかかるし、第一こんな得体の知れない機構、私に何のメリットがあるわけ!?」
カノンが叫ぶと、リリアーナがすかさず前に出た。
「ふふん! メリットならあるのだよ! 我が『リリアーナ商会』の技術革新に協力すれば、将来的に莫大な利益と名声が……」
「うるさいポンコツ商人! 口だけの投資話なんか聞き飽きてるの!」
「ぽ、ポンコツ……!? な、なんて不躾な娘なのだ!」
カノンはフンと鼻を鳴らして図面を押し返そうとした。しかし、指先はわずかに震えている。恩人であるバルカスの紹介であり、何より目の前の図面が職人としての好奇心を激しく揺さぶっているのを、彼女自身隠しきれていなかった。
(……理屈っぽい口振りだが、バルカスの顔を立てるだけじゃ乗ってこないか)
内心で小さく舌を打つ。金や名声といった一般的な報酬では、この偏屈な職人を動かすには条件が弱い。
レイジはポケットに手を突っ込み、ひとつの「賭け」に出ることにした。
取り出したのは、異世界転移直後にその辺の地面から拾い上げ、自身の霊力を強引に流し込んで構築したあの「旧外部ストレージ(初期試作品)」の石ころだった。
魔力は、霊力によって変質している可能性は高いはずだ。
レイジ自身、己の放つ「霊力」がこの世界の魔力体系とどう根本的に異なるのか、理論の全てを把握しているわけではない。ただ、自身の霊力そのものが異質なことだけは理解していた。
「……メリットなら、金や名声以外にもあるぞ」
レイジは無造作にその黒ずんだ石をカノンの目の前に差し出した。
「なによ、そのただの石ころ。私を馬鹿にして……」
「ただの石かどうだか、お前のその自慢の眼と測定器で確かめてみろ」
カノンは眉をひそめつつも、レイジの自信ありげな態度に不満を募らせ、工房の作業台から魔力測定用のレンズを取り出した。
「……ハッ、どうせハッタリでしょ。どれどれ——」
レンズをかざし、石に微弱な探査魔力を流し込んだ瞬間、カノンの表情が凍りついた。
「……は? なにこれ……!?」
測定レンズの針が不気味に揺れ動き、バチバチと甲高い警告音を鳴らし始めたのだ。
「え、ちょっと……普通の外部ストレージみたいに、実用的な魔量がちゃんと入ってる……!? 雑石に魔力を定着させること自体、相当熟練した技師なら不可能じゃないけど……なにこの波長!?」
ただの石に魔力を留めること自体は、高度な職人技や制御技術があれば扱えなくはない。だが、その内部に収められている魔力の「質」と「挙動」が狂っていた。
驚愕に目を見開くカノンは、さらに確認しようと自身の魔力を石へ繋ごうとした。
しかし次の瞬間、ガツンッと目に見えない壁に打たれたような衝撃が走り、彼女の魔力は容赦なく弾き飛ばされた。
「ひっ……!? な、なにこれ、魔力を一切受け付けない!? 接続しようとすると波長が狂って回路がバグる……! それなのに、石の内部で魔力が減衰せずに『勝手に循環』し続けてる……!?」
従来の魔導具の常識をことごとく踏みにじる構造。
誰の干渉も許さず、閉じられた回路の中で勝手に波長を変えながら回り続ける自律循環プロセス(クローズド・ループ)。王都の最新技術体系すら嘲笑うかのような「解読不能のバグパーツ」。




