精密加工の壁
拠点であるエレナの家に戻ったレイジは、さっそく調達した「斑晶石」をベースに、本格的な外部ストレージの開発に着手した。
斑晶石の歪な結晶構造は、レイジの霊力プログラムを書き込むための「緩衝材」として完璧に機能した。さらに彼は、廃鉱山で得た「変異甲虫の殻」のノイズ遮断機構を応用し、ストレージの吸収・変換効率を極限まで高める独自の魔力循環回路を石の内部へ少しずつ構築していく。
「よし……ベースの回路は編み込めた。問題は、ここから実際に外の魔力を吸い上げる『吸気プロセス』の効率化だ」
レイジは作業台の上で斑晶石を両手で包み込むように持ち、自身の霊力を極細の針のようにして中枢回路へ流し込んだ。レイジの霊力をトリガーとして、石が自律的に周囲の魔力を取り込む「流れ」を構築するための仮組み作業だ。
霊力が接続された瞬間、斑晶石が淡く明滅し、周囲の空間から目に見えない魔力を凄まじい勢いで引き寄せ始めた。
「おおっ! 吸ってる、吸ってるぞ!」
背後から覗き込んでいたリリアーナが歓声を上げる。
数秒後、石の明滅が不規則に乱れ、吸気の流れがスッと途絶えてしまったのである。
レイジは霊力の接続を切り、舌打ちをした。
「……失敗か?」
「壊れちゃったの?」
エレナが心配そうに覗き込むが、レイジは首を横に振った。
「いや、回路は正常だ。石の容量もまだスッカラカン。……だが、魔力を吸い上げるスループット(処理能力)を高く設定しすぎたせいで、この部屋の空間にある大気中の魔力を一瞬で吸い尽くしちまったんだ」
レイジは斑晶石を作業台にコトンと置いた。
「石の側にはまだまだ余裕があるのに、環境側からの供給スピードが全く追いついてない。街中や通常の屋外レベルの魔力濃度じゃ、いわば『真空状態』になってチャージが強制終了させられる。このままじゃ実用化なんて夢のまた夢だ」
例えるなら、極太のホースで小さな水溜まりの水を吸い上げようとして、一瞬で水が枯れて空回りしているような状態だった。
「なら、もっと魔力が濃い場所に行けばいいんじゃないか?」
リリアーナの単純な指摘に、レイジは重々しく頷いた。
「ああ。手っ取り早く高効率でチャージするには、あの『旧魔晶石鉱山の奥』みたいな、高濃度の魔力溜まりに持っていく必要がある。……だが、そこからが問題なんだ」
高濃度地帯には、必ずと言っていいほど致命的な「魔力ノイズ」が蔓延している。
外部ストレージに高濃度の純粋な魔力は吸わせたいが、精密な内部回路を破壊するノイズは1ミリも中に入れたくない。
「その二つを両立させるには、ノイズ環境下でも安全に魔力だけを濾過してストレージに流し込む『充電ドック』が別途必要になる」
レイジはすぐさま羊皮紙を広げ、充電ドックの設計図を引き始めた。
彼が描いたのは、バルカスのからくり技術にインスピレーションを受けた「魔力回路と物理的な歯車・弁を組み合わせた複雑怪奇な整流ギミック」だった。ノイズを弾きながら魔力だけを通す微細な物理フィルターを作り、その動きを霊力で完璧に同期制御する機構だ。
だが、構想を練れば練るほど、レイジは分厚い壁にぶち当たることになった。
「くそっ……俺の霊力ハックと手作業の削り出しじゃ、どうしても部品の加工精度に限界がある。弁の開閉タイミングと魔力伝導率の同期がコンマ数秒ズレるだけで、ノイズが逆流してショートするぞ……」
レイジ一人の技術では、そこまで変態的な精度の物理ギミックを形にすることは不可能だった。
数日後。
ギルドに併設された大衆食堂の片隅で、レイジはすっかり冷めきったシチューもそっちのけで、羊皮紙の設計図と睨み合いながら唸り声を上げていた。
「どう組めば物理的干渉と魔力制御のラグを埋められる……? いや、根本的にギアの材質から見直さないと……」
「レイジ、ご飯食べないと倒れちゃうよ?」
隣で心配そうにエレナが声をかけるが、レイジの耳には届いていない。向かいの席では、リリアーナが「私はもう一杯おかわりを頼むのだよ!」と能天気に店員を呼んでいる。
「おっ、難しい顔してんな、若えの」
不意に、横から油の匂いと枯れた声が降ってきた。
見上げると、ジャンク屋の店主・バルカスが、ビール皿を片手にニヤニヤと笑いながら立っていた。
「バルカスさんか……悪い、今はちょっと取り込み中でね」
「まあそう言うな。おっ、なんだこの図面は?」
バルカスはレイジの手元の羊皮紙を覗き込んだ。最初はからかうような目つきだったが、図面に描かれた緻密な物理フィルターと魔力回路の連動ギミックを見た瞬間、目がプロの技術者のそれに変わった。
「……おいおい、なんだこの変態的な設計は。ノイズを物理的な弁の回転で弾き飛ばしながら、内側に純粋な魔力だけを吸い上げる機構だと? 理屈は通ってるが……こんなもん、普通の手作業で作れるわけがねえ」
「分かってる。だが、これを作らないと俺のシステムは完成しないんだ」
レイジはため息をつき、ペンを置いた。
バルカスは図面をまじまじと見つめた後、ふっと口角を上げた。
「なるほどな。こないだ俺の人形のパーツを取り返してもらった恩、あんな石ころいくつかじゃ返しきれてねえと気負ってたところだ。……ちょうどいい」
バルカスはビール皿をテーブルに置き、レイジの肩をバンと叩いた。
「この精密加工を実現できる、とびきりの『若手技師』を紹介してやる。少々偏屈だが、腕は俺が保証するぜ」
「若手技師……?」
レイジが眉をひそめると、バルカスはニッと歯を見せて笑った。
「ああ。街の東外れ、鍛冶屋街の奥に工房を構えてる『カノン』って奴だ。元々は王都の魔導工房にいたんだが、俺と同じで頭の硬い上層部と喧嘩して飛び出してきた口でね。微小な金属パーツの精密切削や熱処理に関しては、この街じゃ間違いなく一番の腕を持ってる」
「王都の魔導工房を飛び出した……? それって、なかなかの変わり者なんじゃないのか?」
リリアーナがシチューの肉を口に運びながら口を挟むと、バルカスは「変わり者じゃなきゃこんな街で工房なんか開かないさ」と鼻で笑った。




