効率ゼロ、無駄と浪漫の最高傑作
鴉は壁に直接ぶつかりこそしなかったものの、見えない障害物を避けるために不自然で細かい旋回を余儀なくされていく。
視界を掻き乱すようなデタラメなスピードは完全に殺され、窮屈な空間で右往左往するだけの「飛びにくい状態」へと陥った。
鴉は、無理な切り返しで空中で体勢を崩した。
「そこっ!」
彼女の指先から、極限まで圧縮された『空気の弾丸』が放たれる。
弾丸は鴉の身体を直接貫くのではなく、翼のすぐ横をすり抜け――背後のコンクリート壁に着弾して激しく弾けた。
ドンッ!という鈍い破裂音と共に、発生した強烈な爆風が体勢を崩していた鴉を真横から叩き落す。
「ギャッ……!?」
空中でバランスを崩した鴉は、そのまま無様に地面の水溜まりへとバチャリと墜落した。目を回し、ピクピクと痙攣しているが、命に別状はない。
「ふぅ……うまくいったね」
エレナが安堵の息を吐きながら指輪を下ろした。
「ああ。ナイスコンビネーションだ」
レイジも、役目を終えた結界を解いて墜落した鴉を見下ろした。
「……さて、これで少しは懲りただろ」
レイジは気絶している鴉を横目に、身軽な動きで換気口によじ登り、雑多な巣の中から目的の『魔力蓄積合金のパーツ』を回収した。ついでに、倒れている鴉の頭にコツンと軽くデコピンを見舞う。
「お前さんのコレクションは没収だ。次からは人間のものを盗むなよ」
目を覚ましかけた鴉が怯えたように「ギャッ」と短く鳴き、フラフラと飛び去っていくのを見送りながら、リリアーナがようやく立ち上がってきた。
「ふ、ふふん! まぁ、私にかかればあんな鳥など一捻りなのだがな!」
「ずっとしゃがんで震えてた奴が何を言ってるんだ。ほら、戻るぞ」
呆れるレイジの手には、鈍く光るからくり人形の歯車がしっかりと握られていた。一行は店主の待つジャンク屋へと踵を返すのだった。
ジャンク屋の軋む扉を再び開けると、カウンターの奥で意気消沈していた白髭の店主が弾かれたように顔を上げた。
レイジは無言のまま、手にしていた鈍く光る歯車をカウンターの上にコトンと置いた。
「……マジかよ。本当に取り返してきやがったのか」
店主の目は限界まで見開かれ、震える両手でその歯車をそっと包み込んだ。油に塗れた太い指先が、まるで我が子に触れるかのように優しくパーツの欠けや歪みを確認する。
「あんな鴉、うちの優秀な専属エンジニアと敏腕社長にかかれば朝飯前なのだよ!」と後ろでふんぞり返るリリアーナをよそに、店主は無言のままからくり人形の前に立った。
カチリ、と欠損していた駆動部にパーツがはめ込まれる。店主が背中のぜんまいをゆっくりと巻き上げ、微かな魔力を流し込んだ。
ジー……ッ、ガシャ、ガシャ。
重々しい駆動音と共に、ブリキの人形がゆっくりと動き出した。小さな両腕で湯呑みをしっかりと抱え、不器用ながらも力強い足取りでカウンターの上をトコトコと前進していく。時折、湯呑みからお茶が数滴こぼれ落ちるが、人形は止まることなく「客の席」と見立てたカウンターの端まで到達し、ピタリと静止した。
「……動いた。俺の傑作が、また……!」
白髭の店主の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。彼は油まみれの袖で顔を乱暴に拭いながら、枯れた声で震えるように呟いた。
「俺の名前はバルカス。昔は王都でそれなりに名の知れた魔導具技師だったんだが、効率ばかり求める連中と反りが合わなくてな……。誰にも見向きされなくなったこの店で、意地だけでこいつを組み上げたんだ。アンタらがいなけりゃ、俺の人生の証明とも言えるこいつは、二度と動くことはなかった……!」
バルカスは深く、何度もレイジたちに向かって頭を下げた。「ありがとう……本当に、ありがとうよ……!」
その姿と、一生懸命にお茶を運んだブリキの人形を見つめながら、レイジの胸の奥で何かが熱く揺さぶられていた。
「……親父。いや、バルカスさん」
レイジは自然と口元を綻ばせ、からくり人形の頭を優しく撫でた。
「良い動きだ。これだけ複雑なトルク制御を、魔力とぜんまいだけで自律完結させてるなんて……とんでもなく美しい設計じゃないか。お前の『浪漫』、確かに見せてもらった」
本心からの称賛だった。バルカスは驚いたように顔を上げ、やがて顔をくしゃくしゃにして満面の笑みを浮かべた。
「へへっ……分かってくれるか、若えの! よし、こいつの駆動部の設計図も、隅から隅まで俺が直々に教えてやるぜ!」
「ああ、頼む。あんたの技術、俺のシステムに組み込ませてもらう」
ひとしきり感動を分かち合った後、レイジは満足そうに微笑むバルカスへ視線を向けた。
「さて、バルカスさん。約束通り、例の『斑晶石』を分けてもらいたい」
「おう、もちろんだ! だが、あんなゴミ同然の石で本当にいいのか? 巣から拾ってきたパーツのお礼だし、代金なんて要らねえぞ。あの山ごと持っていってくれ!」
「いや、大量に買い込む必要はないんだ。必要なのは数個……手元で使う外部ストレージの母材用と、プラントで使うテスト用だけだからな」
レイジは選んだ斑晶石を袋に納めると、適正な金貨と銀貨をカウンターに置いた。安価な下級品とはいえ、対等なビジネスとして筋を通すためだ。
「これ、受け取ってくれ」
「おいおい、律儀なやつだな……。分かった、ありがたくいただくぜ。その代わり、またその石が必要になったら何時でも来な。適正相場で優先的に用意してやる!」
「うむ! 我が商会の誇る優良な取引先がまた一つ増えたのだよ!」
横で腕を組み、さも自分が交渉をすべてまとめ上げたかのように鼻を鳴らすリリアーナ。
「お前は結局、ただ隣で騒いでいただけだからな」
冷ややかに突っ込むレイジに、エレナもくすくすと楽しそうに笑い声を漏らした。




