見えない壁と誘導のアルゴリズム
店主はきょとんと瞬きをし、急に顔を綻ばせた。
「おっ、なんだアンタ……? もしかして、アレに興味があるのか?」
レイジはカウンターに視線を落とし、不格好なからくり人形の駆動部に触れた。
「興味ってわけじゃない。ただ、あの『盗み鴉』とやらに奪われたパーツを取り戻せば、そのお茶運び人形は動くんだな?」
「当たり前だ! 動くだけじゃねえ、あのパーツの素材には特製の魔力蓄積合金を使ってるからよ。一度ぜんまいを巻けば半日は自律駆動しやがる。俺の人生の結晶なんだぜ!」
レイジは小さく息を吐いた。口では面倒くさそうな態度を取りながらも、効率や合理性だけでは割り切れない男の浪漫そのものに、わずかにだが惹かれていた。
「……親父、その鴉の居場所に目星はあるのか?」
「……ん?」
「可能なら、パーツは取り返してきてやるよ」
「マジか!」
「可能なら、な」
「アンタ、見た目によらずいい奴だな! ……そうだな、盗みカラスの居場所は、裏手にある古い廃水路の換気口のあたりだ。昨日盗まれた直後、この『魔力反応トレーサー』で追跡をかけたから間違いねえ」
「褒めるな。代わりに条件がある」
レイジは指を一本立て、淡々と言い放った。
「まずは、さっきの『斑晶石』の山だ。あれは俺の商売の都合上、流通を絞ったり独占したりするつもりはない。ただ、必要な分だけ定期的に、適正な相場価格で卸してくれればそれでいい」
「……そんなんでいいのか?」
「ああ。で、もう一つの条件だ」
レイジはカウンターの上のからくり人形へと視線を戻した。
「親父、お前ならパーツさえ戻ってくれば自分で完璧に直せるんだろ。なら、俺がそのパーツを取り返してきてやる代わりに、お前が組んだその人形の駆動系を俺にも見せてみろ。仕組みの勉強をさせてほしいだけだ。お前の手柄や技術に口出しする気はないさ」
店主は目を見張り、それからふっと悪戯っぽく笑った。
「……面白い。俺の技術に興味津々な若い奴ってのは久しぶりだ。いいぜ、ガキ。巣の場所は教えたからな、やられんじゃねえぞ」
話がまとまると、リリアーナは両手を腰に当てて胸を張った。
「ふふん! 我が商会の交渉力、しかと見ただろうレイジ君!」
「お前はただ喧嘩を売っていただけだろ。さっさと行くぞ」
呆れながらも、レイジは店を後にするのだった。
店主から教わった裏手を進むと、すぐにジメジメとしたコンクリートの壁に囲まれた古い廃水路が見えてきた。頭上、ひび割れた換気口の金網の隙間に、キラキラと光るものを集めた雑多な巣が作られている。
「あそこだね。……あ、ほら、変な鳥がいるよ」
エレナが指差した先では、黒光りする羽毛に不気味な赤い目を光らせた「盗み鴉」が、器用に金属片をつついて遊んでいた。
「ちっ、ガラクタ集めが趣味の悪趣味な鳥だな。……じゃあ、サクッと奪い返して、親父の自慢の人形をバラして構造を解析するとするか」
エレナは右手の銀の指輪にそっと触れ、呼吸を整えた。覚醒した「霊力芯・魔力収束」の感覚を指先に巡らせ、周囲の微細な空気の揺らぎを完璧に捉えていく。
決してブレない彼女の眼差しは、獲物を狙う狩人のそれへと変わっていた。
「待て、エレナ」
レイジは指輪を構えるエレナを静かに制した。
「あくまで目的はパーツの奪還だ。ちょっと光るものを盗む習性があるだけの生き物を、いちいち殺してたらキリがない。鴉なんてそこら中にいるしな。ちょっとした悪戯で命まで奪う趣味はないだろ? 軽く痛い目を見せて、懲らしめるだけで十分だ」
「……うん、わかった」
エレナは即座に魔力の出力を絞り、殺傷力のない衝撃波へと術式を切り替えた。
しかし、相手はただの鴉ではない。廃水路に溜まる魔力に当てられて進化した「盗み鴉」だ。
エレナが放った不可視の衝撃弾を、鴉は赤い目を瞬かせたかと思うと、トリッキーなきりもみ飛行で軽々と回避してのけた。
「えっ……!?」
驚くエレナを嘲笑うかのように、鴉は「ギャァ!」と耳障りな鳴き声を上げ、廃水路の狭い空間を縦横無尽に飛び回り始めた。壁を蹴り、配管の隙間をすり抜け、凄まじいスピードで視界を掻き乱す。
頭上を掠め飛ばれたリリアーナが悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「ちっ、思ったより素早いな。出力の下限を狙いすぎたか……!」
レイジは舌打ちしながら、自身の霊力を指先に集めた。直接的な攻撃ではなく、周囲の環境を利用して追い詰める算段だ。
レイジは霊力の糸を伸ばし、廃水路の古い配管から漏れ出す蒸気や、足元の水溜まりの反射を操作しようと試みる。鴉の視界を狂わせ、飛行ルートを限定するためだ。
だが、鴉の魔力を帯びた赤い目は環境の変化に敏感だった。レイジがハックを仕掛けた空間の僅かな『違和感』を本能的に察知し、直前で急旋回して巧みに罠をすり抜けていく。
「くそっ、動きが読めない! 三次元で好き勝手に動かれると予測演算が追いつかないぞ!」
レイジの額に汗が滲む。精密なハックをかけるには対象を数秒間ロックオンする必要があるが、デタラメな軌道で飛び回る鴉では分が悪かった。
「レイジ、無理に捕まえようとしないで!」
エレナの声が響く。彼女は冷静に深呼吸し、再び銀の指輪に『霊力芯』を通した。
「私が追い込むから、レイジは『出口』だけを塞いで!」
「……なるほど、そういうことか。わかった!」
レイジは瞬時にエレナの意図を理解した。鴉が次にどこへ飛ぶか、完璧に予測して待ち伏せる必要などない。鴉が自由に飛び回れる空間そのものを削り、動きを窮屈にさせてしまえばいいのだ。
レイジは鴉を直接追うのを完全にやめ、最も逃げ込みやすい二つのルート——『巣がある換気口の周辺』と『廃水路の奥へ続く通路』——にのみ、強固な霊力の結界を展開した。空間全体を密閉したわけではないが、主要な空間に「見えない障害物」を配置した。
エレナが下から威嚇の魔力を放つ。驚いた鴉は再び得意のきりもみ飛行で縦横無尽に逃げ回ろうとした。
奥へ抜けようとすれば見えない壁の気配に阻まれ、慌てて上へ切り返せば、今度は巣の周辺の結界が邪魔をする。




