ガラクタとブリキの浪漫
エレナの家を出た三人が向かった先は、入り組んだ路地裏を抜けた『ドワーフの忘れ物亭』という煤けた看板が掲げられた古びた店舗だった。どう見ても「老舗の鉱石商」というより、ただの「ジャンク屋」である。
「おい、ポンコツ。なんだここは」
「失礼な! ここは知る人ぞ知る名店なのだよ! 目利きの商人しか出入りしない、いわばプロ専用の問屋だ!」
胸を張るリリアーナに半ば呆れながら、レイジはギィッと軋む扉を開けた。
薄暗い店内には、「魔力効率が悪い」「型落ち」「嵩張る」といった理由で売れ残った魔導具の端材や、無骨な鉱石が所狭しと山積みになっている。
エレナは「わぁ、いろんな石があるねぇ」と物珍しそうに眺めている。
「おお、リリアーナのお嬢ちゃんじゃねえか。商会が潰れかかってるって噂だが、まだ生きてたか」
奥から顔を出したのは、油まみれのエプロンをつけた白髭の店主だった。
「だ、誰が潰れかかっているか! 今日は極秘の巨大プロジェクトの仕入れに来てやったのだ! ほら、親父! いつものアレ、極上の『霊導石の原石』を出せ!」
リリアーナがカウンターをバンッと叩いて、背伸びした交渉を始める。店主は「へいへい」と気のない返事をしつつ、奥の金庫から厳重に保管された木箱を持ってきた。
蓋を開けると、中には淡い青色に発光する見事な透明度を持った結晶体が鎮座していた。
「ふふん! 見たまえレイジ、これが私のコネの力だ! これほどの純度を持つ霊導石、そこらの店では拝めないぞ!」
「……ほう」
レイジは石を手に取り、目を細めた。彼は外見の美しさなど気にも留めず、極小の霊力を針のように細く練り上げ、石の内部構造へとアクセスした。
数秒後、レイジは無表情のまま石を木箱に戻した。
「駄目だ。これじゃ使えない」
「なっ!? なぜだ!」
リリアーナが素っ頓狂な声を上げる。
「この石、異世界の『魔力』のレイヤーにガチガチに最適化されすぎてる。内部の結晶グリッドが規則正しすぎて、俺の霊力を通した瞬間に干渉を起こして目詰まりするんだよ。無理に回路を書き込もうとすれば、数秒で自壊するぞ」
例えるなら、最新の専用OSがインストールされた精密機器に、全く規格の違う自作プログラムを強引に流し込もうとするようなものだ。純度が高すぎるが故に、異物であるレイジの「霊力」を受け付けない。
「そ、そんな馬鹿な……私の完璧なコネクションが……」
リリアーナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
店主も「買わねえなら冷やかしはお断りだぜ」と不満げだ。
レイジは舌打ちをし、店内のガラクタの山に視線を巡らせると、部屋の隅に積まれた、黒ずんで不格好な鉱石の山が目に入った。
「親父、あっちはなんだ?」
「あ? ああ、ありゃ、『斑晶石』だ。不純物を吸い込んで変質した、使い物にならねえカス鉱石さ。一応、安さ目当ての下町の手慰み職人が買ってくがね」
店主はそれ以上語る気もないらしく、はたきで埃を払った。
レイジはその『下級素材』を一つ手に取り、内部へこっそりと霊力を流してみる。
……結晶構造は見るからに歪で、至る所に不純物の気泡が混じっている。通常なら魔導具の素材としては論外の欠陥品だ。
だが、その「隙間」と「歪み」が、レイジの霊力を綺麗に吸収し、衝突の衝撃を逃がすバッファ(緩衝材)として完璧に機能したのだ。
(これだ……! この不均一な構造なら、俺の『霊力変質型パッチ』を柔軟に受け入れられる。しかも安価で大量に調達できるなら、今後のスケールアップにも最適だ。こっちの方が、俺のシステムにとっては圧倒的にオーパーツじゃないか!)
商人の常識では質の悪い下級品が、レイジの技術と合わさることで最強のベース素材に化ける。レイジは内心の興奮を隠し、ポーカーフェイスを保った。
「親父。この石の山、全部でいくらだ?」
「ん? ああ、まあそこにある分なら銀貨数枚ってとこだが……」
店主は不意に何かを思い出したように、深くため息をついた。
「どうした?」
「いやな……実は昨日から、店の裏に住み着いてる『盗み鴉』に、俺の特注パーツを持ってかれちまってよ。おかげで、俺の最高傑作が動かなくて参ってたんだ」
店主が指差した先には、ブリキと木材で作られた奇妙なからくり人形があった。
「お茶運び人形……?」
エレナが首を傾げる。
「ああ。湯呑みを乗せると、自動で客の席までお茶を運んで、戻ってくる……どうだ、画期的だろう!」
「どう考えても人間が運んだ方が早いし安上がりだろうが!」
「ロマンが分からねえ嬢ちゃんだ!」
「…… そもそも客の席まで運んでどうする、ちょっとしたことでこぼれるわ!」
リリアーナのド正論に、白髭の店主はギョロリと目を剥き出した。
「馬鹿野郎! 効率ばかり気にして何が面白い! 誰の助けも借りず、ただ我が道をトコトコと歩くブリキの人形を見てるだけで胸が熱くなるだろうが! 自分の足で歩き、自分の意思でお茶を届ける――そこに浪漫があるんだよ! これだから目先の利益しか見えねえボンクラ商会は嫌いなんだ!」
「んだと親父! 誰がボンクラだ! そんな動くかどうかも分からないガラクタにロマンもクソもあるか!」
「あぁ!? 客のくせに口の減らねえガキだ! うちの最高傑作を侮辱するならつまみ出すぞ!」
「やってみろこの頑固ジジイ!」
どちらも一歩も引く気がないらしく、ツバを飛ばしながらの不毛な口論は収まる気配すらない。
口論の真っ只中、いつの間にかレイジの目は人形の駆動部に釘付けになっていた。
(……魔力とぜんまいを組み合わせた自律駆動回路? 異世界のそれまでに目にしたことのある技術レベルにしては、異常に高度で美しい設計だぞ……。ただ、肝心のトルク伝達用のメインギアが欠損してるのか)




