呆れ顔のエンジニアとドヤ顔の社長
「一つ、今後の販売価格と供給量は必ず俺の許可を取ること。過剰供給による相場暴落を防ぐためだ。二つ、今後の正規の売上からは技術提供料として俺たちが6割をいただく。お前は利益の4割から経費と営業手当をやりくりしろ」
「……なっ」
リリアーナは目を丸くした。厳しいビジネスの要求に見せかけた、あまりにも不器用な「慈悲」だった。
自分の取り分を引いても、今後の4割の利益があれば一人分の生活費と拠点の維持費には十分すぎる。路頭に迷っていた自分を、ビジネスパートナーとして対等に、実質的に養う形で組み込んでくれたのだと、流石のリリアーナも理解した。
「〜〜〜っ! ぐぬぬぬ……相変わらず口の悪い男だ! だが……ふん、条件は呑んでやるのだよ! 感謝するぞ、レイジ!」
照れ隠しにマントをバサーッと翻し、顔を真っ赤にしながら強がるリリアーナ。
横で、エレナが嬉しそうに微笑んだ。
「よかったね、リリアーナちゃん。これでちゃんとお家もご飯も確保できるね」
「うむ! 我が商会の第一歩としては上出来なのだよ!」
そこへ、先ほど借金を回収して去ったはずの大家が、息を切らせて戻ってきた。
「おい、リリアーナ! 借金を綺麗に返したんだから、あのアパートの部屋、また貸してやってもいいぞ! 敷金も少し負けてやる!」
人情味が残っていた大家の提案に、リリアーナは皮袋を腰に下げ、ドヤ顔で胸を張った。
「ふん! 誰が戻るかそんな雨漏りボロアパート! 私はな、この優秀で少しツンツンした専属エンジニアと共に、新たな拠点を構えるのだよ! さらばだ大家!」
「誰がツンツンだ。あと勝手にエンジニア扱いするな」
冷ややかなツッコミを入れつつも、レイジは小さく息を吐いた。だが、目の前のポンコツ社長が不器用ながらも嬉しそうに先頭を歩く姿を見て、レイジは「まあ、悪くない投資か」と心の中で呟くのだった。
当面の生活基盤が整ったその夜。
エレナの家。エレナとリリアーナが同じベッドで眠る中、レイジは机に向かい、一人黙々と作業を進めていた。
(自前の出力不足を補うためには、やはり『外部ストレージ』の精度を上げる必要があるな……)
異世界のメインシステムである魔法に正規ログインできず、自身の霊力出力も下限であるレイジにとって、即席ではない本格的な「外部電源」の確保は急務だった。鉱山の燃料確保や今後の研究のためにも、霊力変質型の魔力循環回路を確立しなければならない。
だが、ここで問題があった。
第1次試行では、霊力を針のように練り上げ、異世界の魔力をそのまま石の内部構造へ強引に押し込もうとした結果、霊力による変質(調律)を挟まなかったためにオーバーロードを引き起こし、石は粉々に砕け散った。
続く第2次試行では、魔力の流入量を抑えつつ物理的に石の隙間に押し込もうとしたものの、霊力による変質プロセスが不完全なため、異世界の魔力がレイジの制御を離れて勝手に拡散。指を離した瞬間にエネルギーが霧のように霧散してしまったのだ。
「『魔力をそのまま閉じ込める』のじゃダメだ。吸入のプロセスそのもので、霊力による変質を行う必要がある……」
レイジは思考を巡らせる。
道端の石を素材として選定し、内部結晶へ霊力で微細な「循環回路」を書き込む。外の魔力を取り込む際、自身の霊力をフィルターとして噛ませることで、魔力の周波数を強制的に自身の波長へと書き換える(変質)。変質したエネルギーが石の内部で減衰せず、「霊力混じりの魔力」として半永久的に循環し続ける構造へと石全体を最適化する――このアプローチの転換が不可欠だった。
そのためにはベースとなる石の材質が極めて重要になる。安物の石ころでは、内部に微細な循環回路を刻み込む前にエネルギーの圧力に耐えきれず自壊してしまう。かといって、鉱山で手に入ったような特殊な素材を勝手に使い切るわけにはいかない。
「……まともに高精度な蓄積回路を受け止められる材質の石なんて、今の俺の持ち合わせじゃ手に入らないか。——となると、やっぱりあいつの人脈に頼るしかないか」
翌日、リビングで、朝から紅茶を優雅にすすっているリリアーナに声をかけた。
「レイジ君。我が商会の首席経営者である私に何か相談かね?」
「急に大言壮語を吐くな。……お前に頼みたいことがある。魔力を蓄積できて、なおかつ内部に複雑な回路を焼き付けても耐えうる、特殊な『母材』に心当たりはないか?」
リリアーナはフンと鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「ふふん、私に任せなさい! このリリアーナ商会の広範なネットワークと極秘のルートを使えば、どんな珍しい鉱石でも――」
「待て」
レイジは冷ややかに遮った。
「お前の『広範なネットワーク』とやらが、昨日まで大家からボロアパートを追い出されかけていたポンコツのそれだと信用しろってか? 実態のある、信頼できる筋のルート教えろ。怪しいブローカーから相場以上のガラクタを掴まされたら、お前の取り分から天引きするからな」
「なっ……! 信用してくれたまえ、私の人脈は本物なのだよ!」
顔を真っ赤にして抗議するリリアーナだったが、その勢いはすぐにしぼんだ。
「……むぐ。た、確かに今の私には信用実績がないからね……。だが、安心してくれたまえ! 私がかつて真っ当に取引していた、信頼できる老舗の鉱石商なら知っている!」
「本当だろうな?」
リリアーナはむっと頬を膨らませた。
「変な目で見ないでくれたまえ!……その老舗の鉱石商なら、品質の確かな『霊導石の原石』を扱っているはずだ。ただし、あそこは我が商会が落ちぶれた今、一見の客に簡単に卸してくれるかどうか……」
「そこは俺が交渉する。場所を教えろ」
レイジがそう言うと、傍らで様子を見ていたエレナが首を傾げた。
「ねえ、その『れいどうせき』っていうのを使えば解決するの?」
「あ、ああ。まあ、そんなところだ。実際のところは、試してみないと俺の霊力がどう作用するか何とも言えないけどな」
エレナはよく分からないながらも、柔らかく微笑んだ。彼女には「霊力変質型・魔力循環回路」の複雑な理屈こそ分からないものの、レイジが何か新しい技術を作ろうとしていることだけは伝わっているようだった。
「よし、話は決まった。リリアーナ、道案内をしろ。今からその鉱石商に向かうぞ」
「む、私をパシリのように使うな! ……だが、我が商会の未来のための投資なのだからね! 仕方ない、案内してやろう!」




