エレナが掴んだ霊力制御の糸口
「……使えねぇな、ポンコツ社長。仕方ない、一旦街に戻って資料を漁るぞ」
「なっ、ポンコツとはなんだ! 私は現実的な相場を――」
文句を垂れるリリアーナの首根っこを掴み、レイジたちは一旦鉱山を引き払い、街の冒険者ギルドへと戻った。
ギルドに併設された図書室。ほこりっぽいカビの匂いが漂う書架の奥で、レイジとエレナは鉱山の生態系や古い魔導具に関する資料を漁っていた。一方、リリアーナは持ち前のコネクション(という名の手当たり次第の聞き込み)で、魔物素材の流通相場を裏から調査していた。
「……レイジ、これ見て」
分厚い魔物生態図鑑を開いていたエレナが、あるページを指差した。
「この廃鉱山に棲み着いている『変異甲虫』の項目なんだけど……」
レイジが視線を落とすと、醜悪な甲虫の解剖図とともに、小さな文字で注釈が添えられていた。
『旧魔晶石鉱山における魔力暴走の影響を受け、独自の進化を遂げた変異種。その外殻は極めて高い断熱性を誇り、また体内で発生する強烈な魔力ノイズから自身の臓器を保護するため、殻自体がノイズを完全に遮断する性質を持つ』
同じタイミングで、息を切らしたリリアーナがバタバタと図書室に駆け込んできた。
「お、おい! レイジ! わかったぞ!」
彼女はバンッと机に両手を叩きつけ、得意げに鼻を鳴らした。
「知り合いの素材屋に聞いてみたのだが、あの廃鉱山にいる変異甲虫! あいつらの装甲殻は、加工が難しすぎるせいで市場価値はゼロだが……『耐熱・ノイズ耐性』にかけては、一級品のルーン合金すら凌駕するらしいのだよ!」
レイジは図鑑の記述とリリアーナの報告を頭の中で結びつけ、ニヤリと口角を上げた。
「……なるほどな。灯台下暗しってやつだ」
レイジは図鑑をパタンと閉じた。
「俺たちが求めている完璧な『純正パーツ』は、あの廃鉱山の中をウヨウヨ歩き回ってるってわけだ。倒すべき邪魔者が、プラント再稼働の鍵になる」
「甲虫の殻を、バルブの代わりにするの?」
「ああ。だが問題がある。殻を加工してバルブの代用品にする以上、傷だらけの粗悪品じゃ気密性が保てない。周囲の装甲を傷つけないよう、数ミリの関節の隙間だけを完璧に射抜いて、無傷の殻を回収する必要がある」
レイジの言葉に、エレナはスッと表情を引き締めた。
「……任せて。私が、完璧な素材を獲ってくる」
頼もしいエレナの宣言に、レイジは小さく頷いた。
「よし。坑道の崩落を防ぐため、俺は広範囲の魔力ハックは控えて空間の安定化に集中する。戦闘はお前に一任するぞ、エレナ」
三人は再び、素材という名の「純正パーツ」を調達するため、因縁の廃鉱山へと足を向けるのだった。
再び廃鉱山の奥深く、変異甲虫の巣が近づくにつれ、肌を刺すような魔力ノイズが空間を満たし始めた。
「……来るぞ」
レイジの警告と同時、暗がりから巨大な鋏を持つ変異甲虫が姿を現した。その巨体からは、空間を歪ませるほどの強烈なノイズが放たれている。
レイジは後方に下がり、静かに霊力を練り上げた。今回は攻撃のためではなく、空間の崩壊を防ぐための「結界の維持」に全霊力を注ぐ。ここで彼が下手に広範囲の霊力ハックを行えば、甲虫のノイズと干渉し、取り返しのつかない大崩落を招く危険があったからだ。
「行くよ……!」
エレナが前に出る。右手の銀の指輪に魔力を流し込み、いつものように荒れ狂う自身の魔力を無理やり上書き(オーバーライド)しようとした。
だが――。
「くっ……!?」
指輪から放たれた熱波の質量は、甲虫が展開するノイズの壁に無残にも弾かれた。暴走した魔力が火花となって散り、エレナの右手の指先にジリジリと火傷が蓄積していく。
力任せの放出では、あの強固な殻の「数ミリの隙間」を正確に撃ち抜くことなど到底不可能だった。
「力でねじ伏せるな、エレナ!」
結界を維持しながら、レイジが鋭く声を飛ばす。
「お前の魔力は暴れ馬だ! そのままじゃノイズに弾かれる! 俺が展開しているこの結界……『霊力の波長』を感じ取れ!」
「霊力の、波長……!」
エレナは焦りを抑え、深く息を吐いた。
(波長……レイジの、霊力……)
レイジは今、ごく最小限の静かな霊力を空間に生け垣のように巡らせているだけだ。普通なら見落としてしまうような微細な揺らぎ。
だが、エレナにとってそれは「見慣れたもの」だった。
一緒に過ごすようになってから、日常のふとした瞬間ですら、彼女は常にレイジの手元と彼の放つ不可視の力に底知れぬ関心を持って目を向け続けていたのだ。
彼がどうやって世界を読み取り、どうやって力を編み込んでいるのか。穴があくほど観察し、脳裏に焼き付けてきたレイジの霊力の「質感」と「軌跡」。
(……知ってる。私はずっと、これを見てた……!)
指先に残る火傷の痛みと激しい魔力の摩擦の中で、エレナの意識は研ぎ澄まされていく。
自身の中に渦巻く暴走魔力の底から、レイジのそれと「同質の光」を手探りで引き出す。
(こう……レイジがやってたみたいに、魔力の表面を滑らせるんじゃなくて……奥を通す……!)
ガチリ、と頭の中でパーツが噛み合わさる感覚。
エレナが自力で手繰り寄せた微小な霊力が、暴れていた魔力の芯を貫き、ブレないレーザーのような一本の線へと収束させた。指輪から散っていた無駄な火花が、一瞬で消え去る。
エレナは照準器たる指輪を甲虫の関節へ向け、静かにトリガーを引いた。
放たれた一撃は、ノイズの海をすり抜けて甲虫の装甲の隙間を完璧に射抜いた。
巨体が音を立てて崩れ落ちる。無傷の装甲殻――完璧な「純正パーツ」の回収に成功した瞬間だった。
「……やった」
「上出来だ、エレナ。霊力の制御の糸口も掴んだな」
レイジの称賛に、エレナは火傷を負った指を庇いながらも嬉しそうに微笑んだ。




