ノイズの海に沈む、旧式プラントの構造解析
「要するに、魔力とは全く違うレイヤーにある力だってことだ 。俺の霊力は極限まで細い『1本の針』みたいなもんだから、戦闘用の出力なんざ全くない 。これを商売の道具としてホイホイ乱用するなんて、疲れるだけでリスクが高すぎるんだよ」
彼自身、この世界の魔力の学術的な定義を完璧に理解しているわけではない。現代日本のエンジニア的なシステム用語を交えた彼なりの解釈だったが、案の定、異世界の住人であるリリアーナの頭上には無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。
「……つまるところ」
リリアーナは腕を組み、うんうんと唸った後、ポンと手を打った。
「貴様の力は、出力はないがノイズの影響を受けない、ものすごーく精密で特殊な『魔力』ということじゃな!」
「…………」
レイジは数秒間無言でリリアーナを見つめ、やがて深く、深く息を吐き出した。
「……まあ、お前の中ではそれでいい」
訂正する気力すら削がれ、レイジは完全にさじを投げた。横に立つエレナが、「あはは……」と引きつった苦笑いを浮かべている。
当面の生活費とリリアーナの借金返済という現実的な問題に直面した一行は、冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
リリアーナが「これだ!」と目を輝かせたのが、彼女の知人であるレンズ開発者からの依頼だった。内容は「通常の鉱石より約10%純度が高いカルボ鉱石の採掘」。
ニッチな要求ゆえに報酬は良いが、指定された旧魔晶石鉱山は厄介な場所だった。
「レンズの開発ね……」
レイジは顎に手を当てて思考を巡らせた。将来、彼自身が測量機やスコープなどの精密機器を自作する際、高性能なレンズは必須になる。ここで恩を売って専属のサプライヤー(外注先)を確保しておくのは、悪くない投資だった。
数時間後、三人は目的の旧魔晶石鉱山に到着した。
洞窟の奥へ進むと、そこにはかつて採掘が盛んだった頃の巨大な採掘プラントがそのまま放置されていた。
レイジは錆びついたベルトコンベアや蒸気・魔力機関の設備に歩み寄り、配管の継ぎ目を叩き、ボイラーの釜の構造を指でなぞるようにして詳細に調べ始めた。
「ほう……異世界にもこんな機械チックな設備があるんだな。構造は古典的なボイラーだが、魔力も併用してるのか。なんでこんな立派な施設が使われずに放置されてるんだ?」
リリアーナは腕を組み、得意げに解説を始めた。
「ふふん、教えてやろう! この鉱山にはな、変異した甲虫の魔物が発生するようになったのだ。そいつらが放つ強烈な『魔力ノイズ』が厄介でな。プラントのボイラーを動かしようにも、そのノイズが燃焼プロセスや熱効率を激しく阻害してしまうのだ。通常の燃料ではエネルギーが相殺されてしまい、無理に動かしようとすれば膨大な燃料代で大赤字になる。ゆえにここは、誰も手を出さない『死の施設』となったのだよ。だから、その設備は使い物にならない。手間は掛かるが、自身らの手で採掘するしかないのだよ! 我が知人ながら、手間の掛かる依頼を……」
レイジは錆びついたベルトコンベアや蒸気・魔力機関の設備を注意深く観察し、配管の継ぎ目を叩きながら首を横に振った。
「いや、大元のインフラはしっかりしてる。長年放置されてはいるが、ルーン合金で分厚く作られた構造体自体に致命的な崩壊や深刻な配管の詰まりはない。意外と基本的な機密性や耐久性は保たれてるな」
「……そもそも、それが動いたところで燃料代で赤字だぞ――」
リリアーナを無視して、レイジはボイラーの心臓部を指し示した。
「燃焼制御弁のメインバルブが一箇所、過去の魔力暴走の熱量で完全に焼き切れている」
……困惑とするリリアーナをよそに、レイジは地図と資料を素早く精査し、頭の中でビジネス的合理性を組み立てていく。
「『ノイズのせいで燃料代がかさみ赤字になる』って話なら、そのノイズをエネルギーへと変換・相殺するハック技術を持ち込めば、誰にも競合しない独占的なサプライチェーンを構築できる。この死の施設をあえて再稼働させる価値は十分にある。まずは、壊れているメインバルブの代替パーツを調達する必要があるな」
「だ、代替パーツだと?」
リリアーナは目を丸くして身を乗り出した。
「貴様、簡単に言うがな! このプラントは旧時代の魔導機関だぞ! ルーン合金製の特注バルブなど、今の市場に出回っているはずがないのだよ! 仮に一から鍛冶ギルドに発注したとして、納期は数ヶ月、費用は……考えたくもない! そもそも動いたところで赤字というのを、理解しているのか?」
「必要な要件は2つ。一つは燃焼炉の超高温に耐えうる『耐熱性』。もう一つは、この環境下に充満する魔力ノイズに干渉されない、あるいは同調できる『ノイズ耐性』だ。この2つのスペックを満たす素材なら、形状はこちらで削って合わせる」
エレナが顎に指を当てて考え込む。
「耐熱性とノイズ耐性……それって、普通の金属じゃ駄目ってことだよね? 魔石の欠片とか?」
「いや、魔石だとノイズと共鳴してまた暴走するリスクがある。もっと……こう、生物的というか、環境に完全に適応した絶縁体のような素材が理想だな。……おい、リリアーナ。お前の『商人の知識』の出番だ。条件に合う素材に心当たりはないか?」
「だから、動いたところで――」
「とりあえず俺は、そういう素材はあるかって訊いているんだ」
レイジの圧に押され、リリアーナは、「むっ!」と唸り声を上げて視線を泳がせた。
「う、うむ……耐熱とノイズ耐性を兼ね備えた素材……希少なドラゴンの逆鱗、あるいは深淵の火山霊の核……どれも数千万は下らない超高級品ばかりなのだよ! とても今の私たちに買える代物ではない!」




