ワンマン赤字ベンチャーの悲劇、あるいは全財産のキャッシュフロー
「ま、待て待て待て! そこの男!」
路地裏を抜けようとした二人の前に、唐突に小さな影が立ちはだかった。
高級仕立てだが、袖口が少し擦り切れたマントをバサァッと翻し、どう見ても幼い少女がふんぞり返っている。ツインテールを揺らし、目を「$」の形にしてギラギラと輝かせた彼女は、レイジを指差した。
「貴様、どうやってあのノイズを抜けた!? 魔力の残滓すらないその『未知の探索技術』……我がリリアーナ商会で独占販売させてくれ! いや、我が商会の専属実働部隊になるのだよ!」
突然のことにエレナが目を瞬かせる横で、レイジは面倒そうに眉間に皺を寄せた。
服に着られている感の否めない子供が、大帝国の豪商のような態度で背伸びをしている。異世界の商圏など知る由もないが、そのチグハグな身なりと焦りの滲む態度から、相手の余裕のなさは一目で読み取れた。
「……断る。どうせお前、従業員すらいないワンマンの赤字ベンチャーだろ。信用リスクが――いや、まず『キャッシュフロー』が回ってねぇだろ、知らんけど」
適当な現代ビジネス用語を並べてあしらおうとしたレイジの言葉だったが、その何気ない一言は、少女の心を完璧にへし折ることになった。
「なっ!? な、なぜそれを……! 誰から聞いた!?」
少女――リリアーナは、血相を変えてレイジに詰め寄る。
「私が今月のテナント代を滞納して、今日大家からボロアパートを追い出される寸前で、今夜寝る場所もなくて路頭に迷っていることを……っ、ハッ!?」
聞かれてもいない自らのドン底の悲惨な現状を、大声で周囲にフルオープンにしてしまったことに気づき、リリアーナはハッとして両手で口を塞いだ。耳まで真っ赤に染まっている。
「わぁ……お家、追い出されちゃうの? 可哀想に……」
壮絶な自爆暴露を聞いたエレナは、純度100%の同情を顔に浮かべ、リリアーナの頭を優しくポンポンと撫でた。
「お腹空いてる? 私のパン、半分こする?」
「だ、だから子ども扱いするな! 私は立派な大人の経営者であってだな……きゅるるるるぅ……」
涙目で強がりを放つリリアーナだったが、無情にもお腹が盛大に鳴り響き、彼女の威厳はチリとなって消え去った。
恥ずかしさのあまり現実逃避するように俯く彼女だったが、さらに不運は続く。遠くから、ドスンドスンと地響きのような足音と怒号が近づいてきたのだ。
「おいリリアーナ! 逃げられると思うなよ、滞納分の家賃を払え!」
筋骨隆々で顔に傷のあるアパートの大家(兼借金取り)が、猛烈な勢いでこちらへ突進してくる。
「ひっ……! きた、あの鬼畜大家が……! お、おい、そこの男、適当に追い払ってくれ! 何でもするから!」
先ほどの尊大な態度はどこへやら、リリアーナは半泣きでレイジの背中に隠れ、彼を物理的な盾にしようとマントの裾を掴んだ。
レイジはスッと無言で横に避け、リリアーナを大家の前に完全な無防備状態で晒した。
「なっ、貴様!? そこで普通はかばう流れであろうが!」
「は? なんで俺が。借りた金や家賃はちゃんと払えよ。契約だろ」
レイジは冷徹な視線で見下ろす。
「俺は『不当な暴力』には介入するが、『正当な債権回収』を邪魔する義理はない。大家さん、こいつ持っていっていいですよ」
「あ、ありがとうございます……じゃねぇ! ほら、有り金全部出せ!」
レイジのド正論にぐうの音も出ないリリアーナは、大家に首根っこを掴まれ、ポケットのなけなしの小銭と「アパートの鍵」を無慈悲に没収されてしまった。
「今日からあの部屋は立ち入り禁止だ! 残りの借金もきっちり回収させてもらうからな!」
大家が嵐のように去った後、路地裏には完全に一文無しとなり、帰る家すら失って真っ白に燃え尽きたリリアーナだけが残された。
「ああ……私の、私の大帝国が……」
地面に突っ伏してすすり泣く彼女を見下ろし、レイジは淡々と口を開いた。
「……おい、泣いてても金は降ってこないぞ」
「うっ、ぐすっ……分かっているのだよ……」
「俺たちはこの世界のアイテムの相場や、換金ルートに詳しくない。お前のその『商人の知識とコネ』をこっちの活動に提供するなら、当面のメシとテントのスペースくらいは貸してやる」
リリアーナはピクッと反応した。
「なっ……このリリアーナ様を顎で使う気か! ……でも、泊まる所がないのは事実だし……ここで野垂れ死んだら商会の再建も……ぐぬぬ……!」
プライドを粉々に砕かれた極小ベンチャーのポンコツ社長は、己の借金返済と当面の衣食住を確保するため、ギリッと歯を食いしばりながらレイジの提案に涙を飲んで同意した。
騒動が落ち着き、遠巻きに見ていたギャラリーたちも散っていった路地裏で、リリアーナは涙目のままレイジを見つめた。
「……そもそも、なぜ貴様はそんなに渋るのだ。お前もあの技術を使えば、たちまち豪商の仲間入り……毎日贅沢ができるんだぞ? なぜそんなに拒む!」
鼻をすすりながらも、商魂だけは死んでいないリリアーナが必死に食い下がる。
レイジは深く溜息をつき、頭をガシガシと掻いた。
「お前らと一緒にすんな。俺の技術は、あんたたちが使ってる『魔法』じゃない」
「魔法じゃない? ならなんだというのだ!」
「……『霊力』だ」
レイジは面倒そうにポケットに手を突っ込んだまま答えた。
「あんたたちの魔力は、星や生物の生命力から発生してるんだろ 。だから、使うやつの感情や周りの環境に影響されてすぐに形が崩れるし、ノイズも混ざる 。例えるなら、風で揺れる『炎』や『水』みたいなもんだ 」
リリアーナは「むむ?」と眉を寄せ、エレナは以前聞いた講義を思い出すように静かに頷いた。
「俺が使ってる霊力ってのは、そういう肉体や感情のもっと奥底……『魂』から抽出されるエネルギーだ 。感情にもノイズにも一切干渉されない 。魔力が炎なら、こっちは絶対にブレない『ダイヤモンド』か『レーザー光』だな 」
「だ、だいやもんど……?」




