廃鉱山のノイズと安物のおもちゃ
単身で廃鉱山へと飛び出していくエレナ。
残されたレイジは、頭を掻きむしりながら深く溜息をついた。
「おい馬鹿、お前じゃ……はぁ。俺のストレージ(ボール)を失くされても困るんだよ」
やれやれといった足取りで、レイジもまた鉱山へと向かった。
薄暗い廃鉱山の内部。エリート魔導師の言葉通り、空間には乱気流のように魔力の残滓が渦巻いていた。
「うう……右も左も魔力の気配だらけで、猫ちゃんがどこにいるか全然分からない……」
魔力というシステムに依存するエレナは、早々に立ち往生していた。
遅れてレイジが追いつく。彼に見えている景色は、エレナやエリート魔導師たちのそれとは全く異なっていた。
この世界の魔力がどれほど吹雪いていようと関係ない。レイジがボールに書き込んだのは、魔力とは実行レイヤーが根本的に異なる「霊力」という別OSの言語だ 。彼の視界には、暗闇の中で「一本の青い糸(自身の霊力マーカー)」が、迷宮の奥深くにあるボールの現在地までくっきりと繋がって見えていた。
「そっちじゃない。右の岩の裏を抜けろ」
レイジはポケットに両手を突っ込んだまま、探知魔法の詠唱もせず、まるで自宅の廊下を歩くようにノータイムで迷路をショートカットしていく。
「え? なんで分かるの!?」
驚愕するエレナをよそに、レイジは迷いなく奥へと進んでいく。
やがて空洞に辿り着くと、そこでボールにじゃれつく猫を発見した。
だが、安心したのも束の間。光に釣られたのか、暗闇の奥から「岩喰いネズミ」が姿を現した。低級だが装甲が硬く、暗闇に強い魔獣だ。ネズミはボールごと猫を喰らおうと牙を剥く。
「させないっ……!」
エレナが咄嗟に猫を庇うように前へ出た。右手の銀の指輪――レイジが用意した「照準器」に意識を集中させる。
だが、廃鉱山に渦巻く強烈な環境ノイズと、突然の魔獣との遭遇による焦りが、彼女の極端に不安定な魔力を容赦なく引っ掻き回した。
「あ……っ、しまっ――」
指輪が強制的に周波数を絞り込もうとするレールを、エレナの剥き出しの魔力が食い破る。
赤く変質した指先から、熱を持った膨大な魔力が無秩序に漏れ出し、行き場を失ったエネルギーが彼女自身を巻き込んで暴発(自爆)しようと膨れ上がる。
「退けエレナ、そのままじゃ自爆するぞ!」
背後からレイジが飛び出し、エレナの右腕を乱暴に掴んだ。
彼の網膜に、彼女から漏れ出す制御不能な魔力の「実行ログ」が滝のように流れる。レイジは自身の極細の霊力を強引に割り込ませ、エラーを吐き出し続ける彼女の処理系統を一時的に乗っ取った。
(このままじゃ熱がダンプしきれない。……出力先を変更する!)
レイジの視線が、猫の足元に転がる「魔導ボール」に向けられた。
自身の霊力マーカーが書き込まれた外部ストレージ。レイジはエレナの暴発寸前の魔力ログと、ボールのログを霊力を介して『強制同期』させる。
「ポート解放、対象ストレージへ全転送。……アンプ代わりに使わせてもらうぞ」
エレナの手元で爆発するはずだった熱波が、目に見えない論理回路を伝ってボールへと吸い込まれた。
限界まで魔力を注ぎ込まれた魔導合成樹脂のボールは、魔法としての熱や物理破壊ではなく、「強烈な閃光と高周波の音」という純粋な物理現象へと変換されて炸裂した。
――ピィィィィィィンッ!!
「ギィイイイイイッ!?」
暗闇と静寂の環境に適応していた岩喰いネズミにとって、それは致命的なフラッシュバンだった。
目が眩み、三半規管を破壊された魔獣はパニックを起こし、壁にぶつかりながら這うようにして暗闇の奥へと逃げ去っていった。
「……ふぅ。危ないところだったな。ストレージの耐久値ギリギリだ」
レイジは小さく息を吐き、足元で震えていた猫を抱え上げると、光を失って転がっていたボールを拾い上げた。
呆然と立ち尽くすエレナは、焼け焦げるはずだった自分の右手と、逃げ去った魔獣がいた空間を交互に見つめる。
「レイジさん、今の……。私、魔法を撃ってないのに……」
「あんたの暴走したリソースを、あっちのボールに横流しして物理現象に変換しただけだ。ほら、帰るぞ」
何事もなかったかのように歩き出すレイジの背中を、エレナはゴクリと喉を鳴らして見つめた。
探知魔法が使い物にならない死地で、迷うことなく正解を引き当て、さらには他人の暴発を完全に別の現象として書き換える。魔法という常識が全く通用しない「異常性」に、彼女の背筋は微かに震えていた。
――数十分後。
「はい、おもちゃ。もう猫ちゃんに取られちゃ駄目だよ?」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
街の路地裏で、泣いていた少年にボールが手渡された。レイジのデーター(マーカー)は残ったままだが、気持ちが良かった。
少年が笑顔で走り去る中、一部始終を見ていたエリート魔導師たちは、信じられないものを見る目で二人を凝視していた。
「おい嘘だろ……。探知魔法が使い物にならないあの廃鉱山で、本当にあんな『安物のおもちゃ』を見つけ出したのか……?」
「しかも、あいつら服も汚れてないし、魔法を使った痕跡(形跡)が一切ないぞ……」
彼らのざわめきを背に受けながら、レイジは面倒そうにフードを深く被り直した。
「さっさと帰るぞ、エレナ」
「あ、はい! 待ってくださいレイジさん!」
派手な戦闘はなかった。しかし、この世界の絶対的なルールを涼しい顔で無視し続けるレイジの特異性を、エレナは誰よりも強烈に、甘美な毒のように肌で感じ取っていた。




