「三人の勇者達」-6
一触即発という雰囲気に当てられた巫女三人は苦い顔で佇むばかりだった。原因たる二人は片や飄々と片や苛々と椅子に腰掛けており、そんな様子をノブナガはくつくつと笑う。
諍いの原因は考えの違いという途方もないものであり、アサギとアーサーの価値観の違いである。
「天使を手に掛けた……だと?」
「神々の試練。業に堕ちた天使を粛正するというものだった。神々は道を踏み外した天使は要らぬらしい。加えて堕天化しているから尚更に不必要。戯れに人間に挑戦させて遊んでいたようだったがな。俺が全滅させたら大層喜んでいたぞ」
天界にて修行を積みやがて勇者という存在になった天使たるアーサーと、人間のまま天使や悪魔に匹敵する力を厳しい旅で会得した元来勇者のアサギの勇者道は同じでは無い。
片や、勇者とは弱き者を救済する者。
片や、勇者とは誰かの笑顔を護る者。
堕天化した天使を救済するべきだろう、とブチ切れたアーサーに対し、速やかに介錯し狂う苦痛を絶つべきだ、と否定したアサギ。
平行線を辿る二人の会話に雰囲気が悪くなって行く。
「神々ですら治す手立ての無い堕天化を、努力と根性と奇跡で治せたら誰も苦労はしねぇよ」
「しかし、何か方法があった筈だろう。苦しむ姿を見て如何も思わなかったというのか貴様は!」
「……んな事知るか。人類護るために勇者やってんのに堕天化の研究してたら人類滅びるじゃねぇか。御門違いだっつーの」
「ぐぬぬ……、け、けれど何か」
「無い。同族の天使がやれよ。人間にやらすなそんなもん」
「うぐっ……」
痛恨な正論を叩き付けられたアーサーは反論出来なくなり、悔しそうな顔で口を閉じた。
異世界、そして既に過去の事を今更アーサーに文句を言われる筋合いは無い。
三人の勇者が中庭で自己紹介した後だと言うのに、最初から空気がビリビリしている事実に巫女や見物人が青褪めるのも仕方が無いだろう。
なんせ、目の前の三人に頼らねばならないというのに仲違いしているなんて笑えたもんじゃない。
勇者としてはアサギの方が重みがあり、加えてアーサーはノブナガに敗北した負け犬勇者だ。
「俺は朝霧庵。肩書きは“神々の試練を越えし不屈の勇者”。称号は≪魔王殺し≫、≪堕天使殺し≫、≪悪魔殺し≫、≪龍殺し≫……まぁ、そんなもんが並んでる。愛剣は聖剣デウスエクスだ、よろしく頼む」
だが、≪堕天使殺し≫という称号にアーサーが詰め寄るのも仕方が無いだろう。異世界とは言え同族を殺したというのだから。
大人気ない八つ当たりだな、とアサギは嘆息した。裏切られたアサギが信じるモノは勇者という肩書きとウィンクルの笑顔だけだ。
胸奥の怒りの燻りは魔族の混合軍を殲滅した時に全て踏み消したと思っていたが、いつもは受け流す誰かの反論に苛ついてしまうくらいには残っていたらしい。
「……世界は残酷故に美しい」
かつてアサギが勇者の道を終わらせる最終決戦、魔王と剣を交えた際の魔王の言葉だ。
「俺が闘った中で最強にして最悪だった男が言った言葉だ。奴は世界の理不尽な残酷そのものになり、蹂躙されながらも必死になって抗う美しさを見たいがために魔王と成ったと言った。俺は人間だ。勇者でありながら、仲間に裏切られただけで一人になるちっぽけな男だ。俺の手は二本しか無いし、片方は聖剣で埋まる。もう片方の手を伸ばして救えるのは、“目の前で泣いている”人たちだけだ」
徹頭徹尾勇者だった青年の懺悔のような言葉にアーサーは目を見開く。それは残酷な真実だ。護ると約束して、遠くで護れなかった者たちへの後悔はアーサーにもある。
幾ら剣を上手に振るえたとしても、何千里もある地へは届きやしないのだから。
「……彼らは、狂った理性に侵されながら言った。殺してくれ、と。だから、俺は殺し尽くした。手を差し出せなかった俺は、それを後悔していない。彼らを殺した俺が、死ぬ間際の穏やかな笑顔を踏み躙る事になるからだ」
救済の方法は一つでは無い。
このまま理性すらも壊れてしまうのならいっそ、と彼らはアサギに救いを求めた。苦しみから解き放つ魂の開放を、アサギに介錯を頼んだのだ。
彼らを殺した事をアサギは忘れない。
ありがとう、という穏やかな笑顔を、忘れるのと同義だからだ。
自分のそれが悔しさ紛れの子供の戯言に過ぎなかったのだとアーサーは、悲痛な声で彼らの最期を口にしてくれたアサギに教えられた。
それはアーサーという勇者が、アサギという勇者よりも遥かに劣っていた事を突き付けるようなものだった。
「だから」
アサギはそう前置きし、揺らいだ瞳のアーサーへ言う。
「違う選択肢を願うあんたが救え、“清錬の勇者”」
「ーーッ!」
そう、アーサーもまた勇者だ。
アサギが救えぬ人をアーサーでなら救える可能性はあるかもしれない。
奇異な事に、天魔王一人に勇者が二人も揃っているのだ。一人では助けられなかった人たちを、二人なら? 三人ならば?
救える可能性は零ではない。
アサギが己を勇者と語る強さを知ったアーサーは、負けられない、と勇者魂に火を灯した。
異世界であれど、己の身や魂は勇者のままなのだから勇者で有り続ければ良い、とアーサーは納得した。
「……すまない。異世界に来て如何かしていたようだ。礼を言う、か、“神々の試練を越えし不屈の勇者”」
「笑いを堪えてんじゃねぇよ。台無しじゃねぇか」
その肩書きを一番気にしているアサギが、顔を顰めてアーサーを睨んだ。笑いのツボに入ったアーサーは腹を抱えながらも笑いを堪えており、先程のような剣呑な雰囲気は消え失せて当人たち以外の人物は安堵していた。
今まで黙って聞いていたノブナガは空いたグラスを地面に置き、しれっと。
「千年以上生きてる天使が人間の小僧に諭されるって如何なんだかねぇ」
アーサーへ言葉の焼夷弾を放った。
「……は?」
「ちょ、ノブナガ!? 女性の年齢を口に出すなんて言語道断だぞ!」
「呵々々々ッ!」
「……えと、偉そうにすみませんでした?」
「君もそんな改まってくれるな!」
一気にアーサーの顔が朱に染まり、若干涙目で腰元の柄へ手が伸びる。キッと睨み付けるアーサーは未だに笑っているノブナガにブチ切れた。
「二百年前の雪辱此処で果たす!」
「はっ! 笑わせてくれる。返り討ちにしてくれるわい」
「減らず口をーー」
腰を捻り居合の構えで聖剣エクスカリバーを引き抜いたアーサーは、瞳に映るノブナガの首を落とす最短の線に沿って振るう。
「ーー言えなくしてやる!」
アサギの剣技が剛ならば、アーサーの剣技は美。流れる清流の如く無駄の無い神速の居合切りは、ノブナガの首を狙う鷹の爪のように放たれた。
ノブナガは鼻で笑い、余裕な表情で鉄扇によりそれを弾く。そして、初撃を外して「やば」と頬を引き攣るアーサーの額に、パチンッと鉄扇の腹で痛そうな音を立てた。
「痛ぁッ!」
「首を狙い過ぎだ脳筋天使。常に首を狙われたら対処簡単に決まっておるだろうが」
聖剣エクスカリバーを持ちながらアーサーは額に両手を当てて、痛みを堪えながらノブナガを睨み付ける。頬を赤くし涙目で縮こまるアーサーの姿はとても可愛らしい。
唸るように「ぐぬぬ……」と足りない頭でノブナガを倒す方法を考えているのだろう。
「……周りの被害を考えて戯れてくれないか?」
アーサーが剣を掴む前に隣のウィンクルを抱え込むように胸へ寄せ、下がりつつも逆手で聖剣デウスエクスの腹を正面に向けて防御姿勢のアサギは、絶対零度のように冷たい目で二人を見やる。
あのまま座ったままだと前髪がパッツンになっていただろうウィンクルは、いきなり抱き寄せられた驚きとアサギの強靭なる逞しい胸板へ頬を接触している事の恥ずかしさに、頭が沸騰したかのように顔を朱に染めていた。
アサギの言葉に二人は冷静になり、此処が異世界であり、自分たちの細やかなコントめいた戯れをフォローする者が居ない事を思い出す。
ぽりぽりと頬をかくノブナガと額を片手で押さえながら納剣したアーサーは気まずそうに辺りを見る。
ウィンクルのように護られなかったフレイルとマリアスは、手の届かぬ領域の戦いの恐怖からかお互いを抱き締めて震えていた。
「……すまぬ。ちょいとやりすぎた」
「……すまない。本当にすまない……」
ウィンクルがアサギの腕の中で幸せそうに新たな道を駆けている頃、勇者三人による話し合いの場は、夕飯の後に再開する事に決定された。
恐怖で失神したのだろう、とアサギは幸せ顔のウィンクルをお姫様抱っこして自室に帰った。そんな二人を見送った巫女二人は複雑そうにお互いのパートナーとも呼べる相手を見た。
ノブナガとアーサーはアサギが帰った後に戯れを再開し、反省会には見えぬ言い争いをし始めた。
巫女たちは嘆息し、ウィンクルを羨ましがる。
「……ウィンの勇者様は当たりね」
「……確かに。いつの間にか護ってた」
それに、と二人は前置きし、遠目で戯れ合う勇者と天魔王を見やる。
「「……常識人そうだし」」
二人の巫女はそう声を重ねて、苦労を分け合った。




