「三人の勇者達」-3
神殿の最高責任者である神官長のノーフェス・バルサは風の魔法により一同を運んでいた。彼を筆頭に、フレイルの隣にノブナガ、マリアスの隣にアーサー、そして消沈気味のウィンクルが続く。他の神殿補佐官たちは神殿の外壁修復と魔力余波により結界が解けてないかの確認作業中だ。この神殿を覆う結界が破れるとアルカディアを巡る四属性の加護が消えるため、長期的になると大変な事になってしまうため即急に対処せねばならない。
「……ノブナガ。何故アレ程の者を前線に送ったんだ。お前ならあの場でも押さえ付けられただろうに」
煌びやかな黄金の髪を風になびかせるアーサーがノブナガにジト目で尋ねる。潜在魔力的には自分よりも上だが上限が見えぬノブナガよりは下だった筈だ、と思っているが、単純に「ノブナガらしくない」行動だったからだ。ノブナガはそんなアーサーに呵々と笑い、加えて鼻で笑った。
「何と無くだがな。アレは怯えている獣に見えた。行き場の無い怒りと行き場を無くした悲しみの魔力だ。発散する場を設け、受け止めてやる者が居らねばポキッと折れちまうような奴だ。あの場に召喚されてみろ? 何が理由かは知らんが即座に殺し合いに発展してただろうよ。まぁ、理由は知らんがあの場は適さないようだったがのぅ」
「そうなのか? 私には邪悪な魔力にしか見えなかったが……」
その言葉に数人がギョッとしたが、ノブナガは顔を顰めて嘆息し肩を竦めた。
分かって無ぇなぁ、と露骨に非難めいた表情をするノブナガにアーサーはムッとする。
「はんっ、お前みたいな羽根付けてる奴にぁ言われたく無いだろうな。元人間である我にしか分からんだろうよ。アレぁ誰かに裏切られた怒りと悲しみだろう。今なら慣れたもんだが、我もまぁ、幾度も裏切られたからなぁ。分かる分かる。親しい者だからこそ狂いたくなるもんだ」
「……む、それは貴様の人徳のせいだろう?」
やや悔し気にアーサーは言うが、ノブナガは再び鼻で笑った。アーサーは未だに裏切られたという経験が無いため、ノブナガの言う感覚が分からないというのが悔しいらしい。それが見て取れたノブナガは足らない頭のアーサーに分かるように説明をした。
「派閥ってもんは一枚岩じゃあねぇんだ。ほれ、お前の所なら女神派と天使長派に別れてた筈だ。お前が見えぬ知らぬ届かぬ所で派閥争いしてたって事だ。引き抜き駆け引き出し抜きなんざよくある手ぞ? そうさな、例えばあの頃には居たのに今は居ない、なんて事は?」
「…………ある。確かに近衛騎士が一人や二人が知らぬ奴に変わってたりしていたな」
「天使も悪魔も本質は変わらんという事だ。慈愛やら情愛やらと綺麗事を言っている割には、権力争いで水面下で潰し合う。お前が裏切りを気付かぬうつけ者か、はたまた、仲間が良い奴だったんだろう。二束三文では動かぬ仲間も、一獲千金なら手が伸びる。いやはや、裏切り切り捨てはもはや約束事よ。幾つの生首転がしたか分からんわ」
呵々と笑うノブナガの含蓄と重みのある言葉にアーサーも顔を顰める。アーサーも天使のそのような一面に思い当たる節があるから尚更にだ。
そんな取捨選択が出来たからこそノブナガは天魔王に成ったのだと、アーサーは元敵であるノブナガの評価を改めるきっかけになり、それは会話を聞く者も同様に評価した。
前線の最終防衛ラインの森林の砦近くまで来た一行の気まずい雰囲気を切り裂いたのは、禍々しい魔力が混ざる風の奔流だった。森林の砦の向こう側に召喚されたのだと理解したノーフェスは青褪める。
聖なる風の魔力が禍々しい黒い魔力に侵食された黒い旋風が舞い上がり、空気が震える程の青年の咆哮が全員の耳に飛び込んだ。
「これは……。確かにノブナガの言う通りだな。こんなに悲しい魔力は久しぶりだ……」
そうアーサーが悲しげに呟き、黒い魔力は静かに霧散して虚空へ混じる。涙のように流される意味の無い魔力が悲しく見えた。
「運命の女神よ! 貴様は俺に何を願う! 伽藍堂な俺に何を! また世界を救えと宣うのか! 良いだろう! 再び俺は三千世界の魔を殺す勇者を名乗ろうではないか!!」
年若い少年の叫び声は全員が顔を歪めた。特に召喚した巫女たちは悲痛な面持ちで顔を伏せた。
悲しみと苦しみを叫んだのは自分たちのせいだ、と巫女たちは申し訳ない気分で歯噛みし、ウィンクルは感情移入して泣いてしまっていた。
「……また、と言ったのぅ」
「……そうだな」
ノブナガとアーサーは少年の境遇がどのようなモノか、ある程度の推測が出来た。
一度勇者として召喚され、仲間に裏切られた直後に再びこの世界に召喚された勇者なのだと。森林の砦の内部へ入り、一同は弓を射る防壁の屋上から少年の戦いを途中から見る事ができた。その桁違いの虐殺を。
「ほぅ、此れは中々なもんだのぅ」
雷鳴の如く速度で振るい空気を切断する轟音が鳴り響き、普段なら数人で囲まねば倒せぬミノタウロスとオーガを瞬殺し、切り刻む姿は一騎当千の兵である。
しかし、少年が着る赤黒く変色した軽鎧や振るわれる禍々しい黒い魔力を帯びる魔剣はとても勇者には見えない。
アーサーすらも絶句する速度で殲滅を続ける少年の後ろ姿が遠ざかり、やがて木々が邪魔して見えなくなってしまった。
「……おい、ちょっとあの木切ってこい」
「私でなく貴様が引っこ抜いた方が早いだろ」
「歩くのが億劫でのぅ。若いもんが頑張らねば」
「そういう時だけ耄碌したような真似をするな狸爺め」
「チッ、仕方が無いのう」
ノブナガの手に灼熱の炎球が無詠唱で生じ、焼き払うつもりで投げたそれはやや検討違いの奥へ飛んで行った。ノーコン極まりない暴投に皆ぽかんと唖然とする。
「ありゃ、失敗した」
「何故投げたっ!? 貴様はあの時発射していたではないか!」
「気分だ気分。しかし、あの位置だと大火災になってしまーー」
何とも軽々しく言うノブナガの言葉を止めたのは、彼の第六天魔王たるノブナガですら背筋がゾクリとした大規模な魔力の解放だった。
視線の先にあった木々の一部が一瞬にして消失し、それに巻き込まれたノブナガの炎球もまた消え失せた。
「……アレ食らったら我ですら危ういかもしれん」
そんな軽い口調で言われたもんだから皆口を開けて固まってしまう。荒れ狂うように放たれていた黒い少年の魔力が落ち着いて行き、腰の鞘に魔剣を仕舞い込んだ少年の顔が正面から見えた。
赤黒く染まる禁忌染みた鎧と魔剣というよりも邪剣と形容するに相応しい黒塗りの鞘が左腰側で揺れ、返り血で固まる黒い短髪の少年の顔はやや吊り目ではあるが優しそうな印象が辛うじて残る日本人特有の醤油顔。
何処かうんざりしながら門へ戻るあたり、返り血を落としたくて堪らないのだろう。地面を見ているため目が合う事無く、青年は見張り番をする者のように門へ背中を預け対襲撃用の寝方をし始めた。
「あー……、ちょいとすまんな若者よ」
心底不機嫌そうに青年は首を上げ、ノブナガの顔を見た。が、寝直した。聞く耳すら持たないというよりも、今は聞く余裕が無いという雰囲気を醸し出していた。
「おぉいっ!? 無視とは酷いではないか若者よ!」
「……二日寝てないんだそろそろ寝かせてくれ」
「む……、それなら我には何にも言えんな」
そんな遣り取りをして少年は再び寝ようと瞼を閉じようとしたが、勢いよく出入り用の扉が開かれて妨げられる。同時にフレイルは隣で泣いていた幼馴染が居ない事に気付いた。
「駄目です! お疲れならちゃんとお布団で寝るべきです!」
「……無理。心底眠い」
「分かりました。わたしは勇者様の従者のウィンクルです! ちゃんとお布団で寝かせますから!」
唖然とする一同を他所に、起伏のある胸を張って泣いて目の赤いウィンクルは力強く言った。眠過ぎて思考が死にかけている少年はウィンクルを見やり瞼を閉じた。
「…………じゃ、よろしく」
「はい!」
そうウィンクルに全て任せた少年は二日振りの夢の世界に飛び立つ。せっせと一生懸命に鎧や装備を外すウィンクルの姿は微笑ましいものだったが、先程の戦闘を見ていた者たちには「少女と野獣」にしか見えなかった。
結局、少年は魔法都市アルカディアへ行くため荷馬に乗っけられても起きなかった。




