「勇者達の休息」-12
今生の考古学者が勇者ガーランドの伝説を紐解くにあたり、一番最初に説くのは無敗神話だった。幾千幾万の屍を越えて未だに不敗、死なず、朽ちず、折れずの一騎当千の大英雄と讃えられる始まりが多く存在する。学院にて習った勇者歴史学を齧った程度の者からがっつりと嵌り勉強した者まで、その姿は鮮明かつ克明に記憶に残ったに違いない。
「くたばりやがれぇッ!」
上空や地面と言った被害の無い方向のみに発揮された本気の斬撃により、吹き飛ぶ堕天使と石畳の欠片。アーサーの結界にビリビリと叩きつけられる余波や行き交う破片に騎士たちはただその戦いを見つめる事しか出来なかった。堕天使から発せられる圧縮魔力光線を浴びてもアサギは止まらない。しかし、アサギが致命傷を与えても瞬時に修復される。
化物同士の戦いに決着が付くようには見えなかった。
臨界点を越えた魔力砲弾を両手に帯びた魔力爪で薙ぎ払う堕天使にアサギは恐れも無く懐へ入り、デウスエクスによる絶技を放つ。一度に数回切り裂く絶技燕返しを更に複数放つ化物染みた攻撃により、堕天使の羽が三枚切り裂かれるが、振るわれた魔力爪を防ぐ一瞬で修復する堕天使。お互いに決定打が存在しないのか、一進一退すらも無い二方向による一方的暴虐が辺りに傷を増やすだけだった。
自分が前にどれだけ手加減されていたのかが分かったアーサーが引き攣る別次元級の死合いに未だ勝者も敗者も出ず、延々と殺しあう二人の化物に段々と護られている側の騎士たちもアサギに恐怖を抱き始めた。敵対するだけ無駄、いや、死への片道切符を配られているような気分で騎士たちは膝を笑わせるしか無かった。
白刃が降りてきた闇夜を一閃し、闇に紛れた魔力爪を弾く。一を行えば二を、二を行えば三を。勇者という魔物虐殺者は憤怒の瞳で月夜に照らされる堕天使に向かいデウスエクスを振り下ろす。鳴り止む事の無い金属音の喧騒に騎士たちだけでは無く、音を聞いていた全ての人間がアサギの異常さに畏怖を憶えた。
「……勇者とはこんなにも血生臭いものだったか……?」
“清錬の勇者”という肩書きを持つアーサーは未だに眠り続けるウィンクルの暖かさに気を紛らせながら神力を練り上げ結界を上書きし直す。もし、万が一にもウィンクルに被害に遭えば、あの抉れた地面のようにデウスエクスが自分に、そこまで考えてアーサーは震えた。
ーー死ぬ、確実に死んで天に召される。
アーサーは震える足を踏ん張り、目の前を通過した圧縮魔力光線と臨界点魔力砲弾の余波に耐えた。既にやけに機敏な兵士団の兵士たちにより、立ち退きと安全確認が後方で行われて完了しているという伝令が無ければ、アーサーはすぐにウィンクルを連れてノブナガとの合流地点に逃げ込んでいるだろう。残されたからこそ全力で踏ん張るアーサーは既に若干涙目であり、これが終わったらお風呂に入るんだと現実逃避しかけている。
「……ちっ」
急にしぃんと静寂が生じ、アサギの舌打ちがはっきりと聞こえた。かつかつと無事な石畳を歩いてきたアサギは満身創痍であり、目の前で首を切り裂くのを見てしまったアーサーは呻く。
「すみません、逃がしました。長距離転移魔法による逃走で西の地に逃げたようです。仕留めるにはかなり困難ですね」
等と何も無かったかのようにアサギが言うものだから夢でも見ていたんじゃないかと一同が顔を見合わせ、青褪めた顔を確認し溜息を吐いた。
「全員怪我は無さそうだけど大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
あんたが言うなと全員の心が一つになった瞬間だったが、理解できていないアサギはデウスエクスを仕舞い、ウィンクルを丁重に受け取った。その慈しみの表情に幾人かの女性騎士が釘付けになったが、先程の戦闘の一人である衝撃は拭いきれないようだった。
「……あー、そうか。そういや、勇者に憧れなんか抱いてる人が多いんだっけか。勇者だからってちやほやされたのは今だけだ。昔は鞭を打たれる奴隷の如く魔物を皆殺しにしてただけだしな。多方面の一面ですよ、英雄なんてもんはさ」
「そ、そうなのか?」
「まぁ、そうなりますね。元の世界に帰りたければ魔王を殺して来い。勿論今からな、なんて内容を偉く見下した口調で言われましたし、何処何処で魔物が暴れているからやれ殺せやれ殺せってね。勇者なんて唯の都合の良い虐殺者ですよ」
かなり凄惨にして残酷な暴露噺に一同絶句せざるを得ない。しかも、当人が笑い話のように語るのだから性質が悪い。アサギの狂気の一面を垣間見た一同はよろよろと立ち上がり、王宮前の広場に設置された本部の天幕に向かって行く。
そんな彼らの様子すら眼中に無いアサギは規則的に上下するウィンクルの呼吸に不安を抱いていた。あの光の玉、もとい堕天使はウィンクルの背中側から現れた。それが、ウィンクルの背中からなのか、はたまた部屋の端だったのかが分からない。
そして、魔王という単語。魔王に会った、とウィンクルは言っていたが、アサギはその魔王の存在を思い出す事が出来ない。衝撃を受けた様子で起き上がる姿が忘れられない。
「ーーい! おい! アサギ!」
「……はい?」
「天幕は此方だ。何処に行くつもりだ?」
振り返れば呆れ顔のアーサー。どうやら思考に没していて曲がり角をスルーしていたらしい。その余裕の無い様子にアサギが焦りを感じているのをアーサーは感じた。化物染みた光景が脳裏にチラつくが、まだ彼は齢十九の少年だ。先程の光景を含めた過去の環境が異常なのであって、決してアサギが快楽殺人者という訳でもない。アサギの荒くれ者討伐の噂が更に脳裏にチラつくアーサーだが、愛する人を心配して焦る年相応の反応を見れば溜飲が下がる思いだった。
「はは……、すみません」
「いや、多少なりとも安心したぞ。まだ子供だと再確認するくらいにな」
「年相応な経験なんざとっくに超えてますからね。子供は子供でも少年兵みたいなもんですよ。……今も昔も変わりません」
そうアサギは溜息一つ吐いて遠い目をした。アサギの過去を垣間見たウィンクルならばその憂いの一端を支えられただろうが、何の関わりの無いアーサーには歯噛みするしか出来なかった。勇者として守護する者と活動していた経験は、目の前の勇者の少年には笑い話でしかない。機嫌が悪ければ嫌味とも取られてしまいそうな地雷原である。けれど、恐らくながら目の前の少年はその嫌味すら感じやしないだろう。
世界を救うためにアルカナ人類の奴隷となり、役目を果たした末に裏切られた時には既に彼は勇者になっていたのだ。そう、アサギは既に自分を勇者であると認識し、尚且つそれを否と否定しているだけだった。自分は勇者になる価値すら無いとそもそも勇者になったつもりは無いと、生きて逃げていた矢先の裏切りだったのだから。今のアサギは“ウィンクルの勇者”であって、“アルカナの勇者”では無い。命、人生、未来を全てウィンクルという少女に賭けた崖っぷちの自殺志願者だ。ウィンクルが居なければアサギという勇者には成れない。
「……ウィンクル」
か細く呟く声に反応する様子も無く、ウィンクルはただアサギの腕の中で眠り続ける。アサギという勇者の拠り所であるウィンクルが死ぬ、又は意識を取り戻さなかった場合、アサギは初めて自殺を行なうだろう。精神も肉体も死ねないアサギが唯一つ行なう事の出来る自殺方法は、己が一番知っていて幾度も辿り着いた結果だ。そう、死ねないのであって、生きないという訳では無いのだから。
「……ウィンクルッ!」
けれど、アサギは足掻くと決めている。ウィンクルを愛したその日から生きる事を、共に生きるために足掻くと決めていた。愛しい少女の名を呼ぶ度にアサギは冷静に、そして鋭くなって行く。ウィンクルを救うための百を考え、百の実行も辞さないと決意を熱く燃やして行く。
ーー歩みを止めるにはまだ早いッ!
アサギは眠るウィンクルを壊れ物を扱うかの如く優しく、けれど胸に滾る熱さに燃えながら強く抱き締めた。胸に響くウィンクルの鼓動を確かめ続けるように細心の注意を払いながらアサギは天幕へと足を走らせた。
生存報告のようなもの。
受験準備なう。




