「勇者達の休息」-11
「おや、また来たのかい。選りに選って僕の領域に来るのは拙いんじゃないかなお嬢さん」
それは黒い外套を被ったアサギに見えた。
顔も、声も、姿も同じなのに違和感を感じてしまうウィンクルは、別人である、又は他人の空似であると結論付けたが、その存在は似過ぎていた。双子と言っても断言しても過言ではない程に似ている男はゆらゆらと浮かぶ椅子に座り、足を組んでウィンクルを見下ろしていた。
「んー? 何か食い違いがあるかな。もしかしてあの金髪のお姉さんから僕の存在を聞いて……無さそうだね。となると注意も意味の無いものになったか……。やれやれ、面倒だなぁ」
「金髪の……? アーサー様の事ですか?」
「まぁ、そうなるかな。では、改めまして自己紹介をしようじゃないか。僕は魔王。君はウィンクル?」
そんな軽い口調で言われたウィンクルはその言葉に「ぇ?」と固まり、魔王と名乗ったアサギを見上げた。普段のアサギとは全く違うけらけらとした笑みに、怖気に似た拒絶反応が起こり足を一歩下げてしまう。
「……その反応は分かってたけど傷付くねぇ。……まぁいいけどさ。“俺”は奪われたまんまって事だね。その様子だと“俺”から魔王に関する情報聞いてないでしょ? あ、やっぱり。って事は運命の女神の封印がそろそろ解けちゃう頃か。大変だねぇ、大変だよお嬢さん。色欲に狂った女ならまだしも魂の居場所に狂った女だからねぇ」
何処か子供っぽさを感じる魔王はけらけらと嘲笑うかのように虚空に笑う。その異様さにウィンクは翻弄され、少ない表情の変化から会話が成り立つ程に見透かされているのだと漸く自分の不利さと立場を知る。
逃げたくなる下がり足を前へ落とし、ウィンクルは逃げてはならないと対峙する。
「まぁ、合格とは言い難いけどまぁ良い方かな。じゃあ、お嬢さん。三つだけ真実を語ろう。何でも質問しなよ。大盤振る舞い極まるってぐらいのお祝いの御祝儀だよ」
「……あ、貴方は誰ですか?」
「えらく抽象的かつ曖昧な問いだねぇ。あ、いやいや答えるよ。僕は運命の女神に二つに裂かれた君が知る勇者の方の朝霧庵の半身。つまり、魔王の方の朝霧庵だね。勇者の方の“俺”から聞いてるだろうけど異世界人なんだよ。で、運命の女神により運命を弄られてアルカナに召喚された訳だ。その召喚の前、つまり彼方と此方の境目で僕らは二つに裂かれて召喚されたんだよ。片や勇者として、片や魔王としてね。そもそも魔王と勇者なんざこの世界に産まれるきっかけは無いんだよ。無理矢理作ったから、無理矢理な終わりを迎えただけ。つまり、勇者が召喚されたという幸運の始まりは、勇者が帰還する最悪の終わりを紡いだ訳だ。世界の修正力というか、金貸しの借金取りによる催促によって運命の女神が世界の理に狂ったらしいけど、因果が既にぐちゃぐちゃだからどうもできない状態だった。だから、その因果を切るための必要装置として魔王の僕が産まれた訳だ。まぁ、僕は役割を果たして期待を裏切ってやったけどね」
「……それはどういう事ですか?」
「あら、理解できない? いや、してるけどしたくない? 僕はね、お嬢さんが慕う勇者の“俺”から抜かれた帰還思想と罪悪感と絶望の塊だ。つまり、彼に足りないパーツそのもの。君が幾ら彼を慕おうが僕を彼に戻さない限り、朝霧庵という日本人は伽藍堂のままという事だね。まあ、僕を今戻すと大変な事になるだろうからお勧めはしないかな。君が勇者の“俺”の子を孕んだ時でも無きゃ彼は堕ちるね。断言しよう、確実に堕ちて皆不幸になる。まぁ、もっとも君のために悪逆無道を突っ走ってるみたいだけどまぁ関係無いか。これが二つ目の質問ね。じゃ、次どうぞ?」
ウィンクルは情報過多故に頭がくらくらしていた。彼がアサギの裏であり魔王であるとして、何故アサギはそれを知らないのか。又は記憶が改変されている状態にあるのかだとか色々と考えるが、明確な答えはでないままだ。
運命の女神とやらがアサギをこの世界へ召喚されるように運命を弄られて、その際に何故か二つに分けられた。そして、それは異世界に帰りたい気持ちであるというのは理解できたが、何故罪悪感と絶望までをも離したのだろうか。
見上げてみれば魔王と名乗ったアサギはウィンクルの最後の問いを待っていた。目が合ったウィンクルは咄嗟に視線を外す。そんな警戒感有りありの様子に魔王は苦笑した。
「まぁ、気になっているようだしオマケしようか。運命の女神は朝霧庵という人間に対して恋慕を覚えた。だから、自分の庭であるこの世界に引き摺り込み、自分のものにしたかったのが理由だよ。だから、地球に帰りたい気持ちを奪い、生き物を殺す罪悪感を奪って精神の安定をさせ、絶望を奪って利の傾く方へ、つまりは自分に助けを求めさせようとした訳だ。勇者凱旋の運命を狂わせ、この世界を信じようとしていた勇者の“俺”が絶望して傀儡にならないようにだね。まぁ、僕が施した罠と策略で封印されて完結させなかったんだが、咄嗟に運命を弄って回避しやがったんだよね。そして、運命の女神は堕天し、新たな魔王として君臨した。辻褄が合うようにまた勇者側に召喚させてね。まぁ、どうやら他の女神に封印の力を強められて完全には復活できなかったようだけどね」
「運命の女神が魔王!?」
「うん。最後の質問だね? そうだよ。今回の魔王は運命の女神だった女だよ。世界への過度な干渉により正しく天罰を喰らったんだねぇ。だからあの女はもう女神じゃない。けれど、忌々しい事に運命を操る術を失った訳じゃない。多分そのうち異変が起きるよ。あの狂った女の事だ。とんでもない事をやらかすに違いない。……まぁ、多分問題無いけどね。朝霧庵は神に愛されちゃった人間だから、嫉妬に狂うのも仕方が無いとは言え……愚かだねぇ」
そう遠くを見つめる魔王はウィンクルにニタァと笑みを浮かべたが、ドン引きされて露骨に傷付いた様子で肩を竦める。けれど、魔王は笑い続ける。朝霧庵という人間が絶望の果てに行き着く先に居る魔王は笑い続ける。
「じゃあね、お嬢さん。悪魔の契約って奴だけどさ、婚約祝いにあげるよ。三回だけ、君を助けてあげる。そしたら、一回だけ願いを叶えて貰うよ。魔王を呼ぶ呪文はーー」
薄っすらと消えて行く魔王の声を最後まで聞いていたウィンクルは、ふと懐かしい自分の部屋のベッドで目を覚ました。魔王のゾッとするような狂気の笑みを忘れる事が出来ず、急に寂しくなり辺りを見回せば、椅子に寝ているアサギを見つけた。
「イオリ……さん?」
魔王と同じ顔だからウィンクルの知っているアサギだと確信したかった。その一心でアサギに抱き付いたウィンクルは、寝ているのに関わらず抱き締め返したアサギの胸の中でホッとした。アサギが絶望に堕ちた時、目の前のアサギは魔王のようになると未来の一端を見せられたような気がしたウィンクルは嗚咽を隠しながらそっと泣いた。
「……ウィンクル? 何で泣いてるんだ?」
「イオリさん……、イオリさんイオリさん!」
目が覚めた直後に泣いているウィンクルを見たアサギはギョッとしたが、抱き上げてベッドの上に座り直した。アサギの膝に座るウィンクルを抱き締めながら優しい声で宥めるが、嗚咽は止まる事は無かった。
「悪夢でも見たのか? 夜会までまだ時間はあるから安心して泣いて良いぞ」
「イオリさんは……故郷に帰りたいと思った事はありましたか?」
「……ウィンクル?」
「…………実は、わたし。イオリさんの記憶を最近見るんです。幾千の魔物と闘う姿を、妹さんに別れを告げる姿を。そして、魔王の姿を」
「……どういう事だ? 俺の記憶を……ッ!?」
言葉の最中にアサギはバッとウィンクルを背にやり、窓の方向を睨み付けた。右手にはデウスエクスの柄を握り、左手でウィンクルを守るように。
「イオリさん……、イオリさんは勇者にさせられたんです。運命の女神に。魔王が、イオリさんの半身の方が言っていました」
禍々しい雰囲気がアサギが睨む方角から漂うがウィンクルは虚ろな瞳で淡々と喋り続ける。その異様さにアサギは周囲の魔力を探るが空を切るばかりで何も掴めない。
ただ、禍々しい雰囲気から目を背けてはならないとアサギの警鐘は鳴り続ける。アサギが今迄当てにしてきた勇者の警鐘が鳴り続けるのだ。
「ねぇ、イオリさん。世界は美しいですか? こんなに醜い争いをする世界が」
ウィンクルの声がブレる。いや、誰かの声に重なっているのだと気付いた時、アサギはデウスエクスを抜いて、ウィンクルの背後に突き付けていた。背後からふわりと現れた光の玉はチカチカと点滅して部屋をぐるぐると飛び始め、ウィンクルはとさりとベッドに崩れ落ちた。
やがて、窓に飛び出した光の玉に視線をやったアサギはしっかりと視認してしまった。西の地に黒い柱が七本立ち上がる光景を。そして、空気が禍々しい魔力により絶叫する瞬間を。
「漸くこの日が訪れた。長い……永い……時間だった」
光の玉は徐々に形を変えて女体のシルエットを作り出し、止まった瞬間に全身に目玉が開いて真っ黒に染まった。ぎょろぎょろと忙しく動き回る目玉の背中から六枚の蝙蝠翼が噴き出すように形成され、冒涜的な醜悪なる顔たちが翼を彩った。見ているだけで吐き気がする姿にアサギは度肝を抜かれながらも、デウスエクスを構えてウィンクルを守る。
「嗚呼、為れども世界は残酷に染まるのか。ならば、美しい世界に幸はあらん。貴方と私だけが居れば良い」
目の前で光の玉から産まれた異形の堕天使の声にアサギはゾッとするような悪寒、そして腸が煮え渡るような憎悪を憶えた。
ーーこいつだけは赦してはならない。
「絶技ーー塵閃ッ!!」
デウスエクスの先端から噴き出すように圧縮された魔力刃が放たれ堕天使の体を吹き飛ばすが、傷付く様子は無く空中でだらりと両腕を垂らすだけだった。強敵と判断したアサギは左手に魔力を圧縮させ、臨界点を越えた瞬間に追撃として指向性を持たせて解き放つ。月夜に浮かぶ堕天使に魔力砲弾が炸裂し、部屋の調度品を風圧で薙ぎ倒す程の爆発を起こした。ウィンクルを抱えて外に出たアサギは、撃墜されていない堕天使一瞥して仕留めた感触が無いと離脱を判断し、地面を蹴った。ウィンクルをアーサーに任せるべく、アサギは地面を滑るかのように低空跳躍してアレイクト家から離れる。
「……何故だか嫌な予感がするんだが」
堕天使を見やれば一定の距離を保つようにアサギを追いかけており、逃がす気は無さそうに見えた。魔力砲弾で無傷という結果にアサギは堕天使が伝説級以上の何かと判断し、魔力が効かぬ事に歯噛みした。純粋な魔力攻撃とデウスエクスの斬撃のみのアサギには、ウィンクルを背負う今、可能性のあるデウスエクスを満足に振る余裕は無い。
堕天使はガパァッと口を限界以上に開き、圧縮された魔力の光線をアサギに吐き出した。咄嗟にデウスエクスを盾にしたアサギはその光線の重さに眉を顰めた。ステップを踏み流すように光線を流し避けて、デウスエクスを手放し魔力砲弾を堕天使に撃つ。デウスエクスが地面に落ちる前に召喚し握り直したアサギは事態を察して出て来たらしいアーサーにウィンクルを放る。慌ててエクスカリバーを仕舞いウィンクルを受け取めたアーサーはアサギに怒鳴ろうとしたが、堕天使の姿を視認し状況を察して守護結界を張り巡らせた。
「アーサーさん! ウィンクルを頼みます!」
「分かった! 任せろ!」
その場で踵を返して向き直り、アサギはデウスエクスを構えて魔力砲弾を堕天使にぶち込む。その余波にアーサーの周りに居た騎士たちはアサギの凄さを垣間見るが、それ以上に直撃した筈の無傷の堕天使に目を見開いた。
「仕切り直しだッ!!」
アサギは地面の石畳を砕く程の踏み込みで堕天使に跳躍し、デウスエクスを一閃した。堕天使は漸くデウスエクスを忌避するように回避し、空中に浮かぶアサギに再び口を開いた。圧縮魔力光線により左腕が弾け飛んだアサギに一同が息を呑んだが、当のアサギは舌打ちする程度の損傷らしく、痛みを訴える事無く空中に魔力の足場を作り出し、虚空を切り裂く矢の如く速度で再び堕天使に切っ先を向ける。
堕天使の六枚羽の一つにデウスエクスがかすり、蟲の絶叫のような金切り声を堕天使は上げた。すかさずアサギはデウスエクスをその背に投擲する。金切り声を上げながら避けたが、右腕を裂かれた堕天使はギョロ目をアサギに向けて威嚇するかのように咆哮を上げた。その絶する程に醜悪な声に結界の中のアーサーたちは呻く。
ーー【死シテ尚不屈ノ勇者】。
アサギが行った行動に誰もが正気を疑う。アサギが召喚して手元に戻したデウスエクスの刃で自分の首を斬り裂いたのだ。しかし、一瞬だけアサギの姿が歪むと左腕や血塗れの服装でない姿に変わっていた。凡ゆる死を無かった事にするユニークスキルの発動条件は寿命以外の死である。それが精神の死であれ、肉体の死であれ見境無く発動するユニークスキルは、アサギを縛る勇者の楔にして、絶対不屈の最強の盾。アサギが不屈の勇者となる所以である。
ーー神々の試練を越えし不屈の勇者。
その堂々たる姿はその肩書きを忠実に再現し、凡ゆる者に希望を齎す光景だった。だが、対する堕天使もまた傷を瞬時に修復する。
アサギは切っ先を向け、堕天使は両腕を左右に開いた。
リアルがちぃとばかし忙しくなってまいりました。
更新は遅れ遅れにしていこうと思ってます。




