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伽藍堂の勇者  作者: 不落八十八
三章「勇者達の休息」
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「勇者達の休息」-10

「遠路遥々ご苦労だったなアサギ君。……ほぅ、うちの娘が良い顔になっているな」


 アレイクト侯爵家領主たるウィンドル侯爵が嫁入り前の若夫婦への第一声にしては何とも呑気な声を掛けた。その秋晴れのように朗らかな雰囲気でニィと笑みを深めて口元を片方だけ吊り上げる。

 ウィンドル・アレイクト侯爵。アレイクト家が持つ鉱山から発掘される鉄と銅で平民向けの生活品から貴族の調度品まで作り上げるアレクサンダー商店のオーナーであり、平民派貴族として大変人気を博した根っからのお人好しである。それは我が娘にも適応され、ウィンクルの素直で優しい一面を形成した大半を担う人物だ。

 イメージを一言で纏めると、朗らかな親戚の叔父さんである。平民貴族王家の差別無く人を見るウィンドルはアサギの婚約申し出に即決した事もあり、アサギからもかなり印象の良い人と認識されている。


「御無沙汰しております。此度はウィンクルのために良い席を設けていただき誠にありがとう御座います」

「おうよッ! 泣かしたら承知しねぇからな!」

「はい! 因みに嬉し涙はカウントしますかね?」

「ありゃあ嬉しいの分類だからカウントしねぇな。そうかそうか! 良かったなぁウィンクル! 将来有望な良い旦那ができてよぉッ!! 昔の俺にそっくりだぜこいつぁ。俺もカミィにゾッコンでなぁ。あ、お姉ちゃんになるからなウィンクル。今も毎朝毎昼毎晩と愛しまくってるからなぁ!」

「変わらぬお熱い夫婦生活で何よりです。おめでとう御座います。しかし、此方も負けては居られませんが後一年耐え忍びます」

「え、それってどういう……っていうか二人とも大事な事をあっさりしないでください!」

「なぁに、お前らが婚約するって聞いて中てられちまったんだよ。その日見事にな!」


 アルコールが入っていないというのに笑い合う二人のテンションにウィンクルは苦笑い。無骨者らしい茶目っ気が二人とも波長が合うのか、その姿は年の差がある兄弟のように見えてしまう程だ。

 片や“崩御崩し”ウィンドル、片や“不屈の勇者”アサギであるが、馬が合うならばそれは盟友である。例え、ウィンクルを溺愛する親馬鹿と同じく溺愛する婚約者と言えども、愛する者について仲良く惚気る。最大の被害者が赤裸々で小っ恥ずかしい事を自慢される愛する者たちであれ、だ。


「流石ですね」

「当たり前だ」


 ガッと固く結ばれるやけに熱い二人の握手を見て、理解する事を色々と諦めたウィンクルはくてっと肩を落とした。けれど、ウィンクルは呆れ顔ではなく微笑みを浮かべていた。

 アサギの記憶に触れてから知識的経験値を得たウィンクルは少しながら精神的に成長していた。それは、余りにも残酷過ぎる現実に殺され続けても尚歩み続けるアサギの不屈の精神に中てられたからだった。

 己を客観的に見るというのは案外簡単そうで難解であり、つい無意識的に意識的に見れなくなる混沌とした境界線が理解の邪魔をする。

 自分はこうだからこうなんだ、という自己暗示をアサギだけではなく全ての人が意図知らずに繰り返しては壁にぶち当たり上書きを促される。

 アサギはその壁にぶち当たらない。何故なら既に壁に寄り掛かっているからだ。勇者という重過ぎて動く事もできなくなった壁は、世界概念という最高硬度のコーティングを幾度もされ、勇者という概念が誰かが思う度に重なり続ける言わば難攻不落の境界線だ。

 ーー勇者になるのは簡単だった。

 ただ、辞める事ができなかった。

 アサギが初めて異世界に、誰もアサギを知らぬ世界に飛ばされたように、世界に縛られる楔を解き放たれていたならば、彼は勇者ではなくただの強過ぎる人間だっただろう。

 しかし、彼を迎えたのは数百年後の同じ世界。それも、伝説の勇者という呆れるくらい強固な楔を打ち込まれて、だ。世界の中心から伸びる概念という鎖に、勇者という逃げ場の無い足枷が繋がる。

 この世界が滅びない限り、アサギは勇者から解き放たれない。

 それは、アサギの得たこの世界(アルカナ)からの贈り物にして最悪の楔。スキルが存在するからだ。このスキルは普段気付く事ができないくらいに当たり前に存在するため、客観的に見る事のできない者たちには見えやしないが恩恵を得る。

 例を挙げるならば職人だろうか。素晴らしい感性を持って美しい世界を絵の具でキャンパスに彩るとある絵描きは【絵ヲ描ク筆】のスキルを持っている。金属の具合や温まり方等に類稀な勘と経験を用いて武具や生活用品を打つとある鍛治師は【鋼打ツ槌】のスキルを持っている。

 知らず内に自身のスキルにより人生を謳歌する者たちはこれを個性と結びつかぬ才能(スキル)と呼んでいる。スキルとしてではなく、才能という神から与えられたものと暗黙知している。与えられたスキルに合わぬ行動は経験と培った感性でしか伸びず、最初から持っている者に劣る。

 アサギに与えられたスキルはユニークスキルと呼ばれる才能では無いスキルであり、奇跡めいた偶然にも(うんめいてきに)アサギは勇者になった。

 ーーなってしまったのだ、勇者に。

 

「最近どうよ? 兵士団長ってのは辛いもんかね」

「いえ、昔取った杵柄と言いますか。力仕事や指導は問題ありませんし、事務処理も片手間ですから全くといって苦痛ではありませんね。強いて言えばウィンクルといちゃつく時間が減るのが、という所でしょうか」

「ほう、娘の旦那にしちゃ及第点以上だな。んー……、性格、態度、愛情……。あぁん? 全て良しだな。完璧かお前は。弱みを見せろ、ほれほれ」

「完璧だなんて人間存在しませんよ。嫁の愛し方や人付き合い、領地運営等学ぶ事が山積みですから」

「鉱山だけにな」

「ええ、そのようで」


 他愛ない詰まらない意味の無いジョークをお約束のようにやるくらい彼らの仲は良好であり、お互いにくっだらねぇとあえて地雷踏みに行く姿はまさに男らしい友情の在り方である。アサギ様の若奥様としてアルカディアのアイドル化しているウィンクルを心底愛する二人だからその信頼関係は強固なものとなった。

 長話に花を咲かせ始めた二人の遣り取りが飽きてきたウィンクルは、アサギに寄り掛かってすやすやと寝息を立てて、エリアにより毛布を掛けられていた。


「……寝た、な」

「寝ちゃいましたね」


 そっと肩からウィンクルの頭を下ろしたアサギは太腿を枕に提供し、毛布を首元まで掛けてやり熟睡の準備を慣れた手付きで行った。その様子にエリアが感嘆と共にニヤニヤと表情を変え、ウィンゲルも眉尻を落として愛娘に微笑みを浮かべる。

 

「……では、始めましょうか(・・・・・・・)」

「うむ」


 二人はすっと表情を変え、片や兵士団長の、片や侯爵領主の顔になり、尊厳な眼差しをエリアは送りながら資料を机に置いた。


「ルークス家及び違法運営を行う貴族の処理、加えて王権派による勇者の立ち位置と婿入りの見積もりでよろしかったですね」

「おぅ、その通りだ兵士団長閣下殿。領主ってのは案外手が出なくてな。知った時にゃあもう俺は侯爵だったもんでな」

「……フロイト男爵、……アマリヌルス伯爵。ええ、これらの人物からの不正取引の手紙はしっかりと押収していますので問題ありません」


 資料の羊皮紙を捲りながらアサギは一人二人と手持ちの情報と照らし合わせて頷く。これらの資料提供は王家側からも出ており、アサギが兵士団長となった際に取り決められた仕事の一つでもある。手回しにアレイクト家を使うあたりエーテルの用心深さが垣間見れた一件でもあった。

 アルカディアが未だに落ちぬ理由の一つに送り出した貴族の義勇兵が少数だった事もあり、結果として一部の貴族たちを有利にさせてしまっていたが、ルークスの処刑を許可する取引でその貴族たちの始末をエーテルはアサギに託したのである。それはアサギの行動は勇者信仰の深いアルカディアでは有利に運び、また貴族たちを罰する火種になりやすい。

 現にルークスの処刑は未だに風の親衛隊(ファンクラブ)により死体蹴り続行中と言わんばかりに貶められており、誰もルークスに対して同情も無く、むしろ蔑まれる傾向にある程にアサギの行動は民に支持されている。

 ウィンクルと末長く暮らすために国の腐った膿は潰しておくべきだという姿勢のアサギに、此度の極秘任務は願っても無い事だった。伝説の勇者として認知されているアサギに勝利を見据え、魔王討伐後の事を逸早く考えていたエーテルもまたアサギの協力は嬉しいものだった。

 アーサーとノブナガがこの世界に留まる有無を聞いていないため巻き込む事ができないためだ。お互いに利用し合う事になったが目的は同じくして貴族階級の浄化である。

 

「そうか。ならば手筈通りそこから芋を釣る事にしようか。疑わしきは罰せずといかんように罠を仕掛けといたが……」

「無理矢理でも潰せますが一部は猫被って領民と接していますからね。クーデターが起こりかねません。して、首尾は如何に?」

「入れ食いだ。餌ぁ求める魚みたいにパクパク食ってんぜ。身内から懐のナイフに気付かずぐさりだなんて彼奴らの馬鹿面が目に浮かぶってもんだ。浅いんだよ被り物の深さがよぉ。酒場で肩組むくらいしとけっての」

「では近々罠を回収しましょうか。そうですね……、ヴィラ家に火種となって貰いましょうか。丁度良いのも揃ってますしね」

「だな。あー……、あのガキは結局どうしたんだ? ぱたりと監視から消えやがったんだがよ」

「今頃王宮の地下室で冷めている事でしょう」


 頭が、と言わない辺りでウィンゲルもルークスの死を察した。地下室という単語からある程度の拷問も行われた事実に苦い顔をしながら、逆恨みの憂いを頭から切って捨てたウィンゲルは資料をアサギの方へ押しやり、懐に入れたのを見て本題に入る事にした。

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