「勇者達の休息」-8
「……なぁ、これは何の責め苦だ」
「風の勇者改めアルカディア兵士団隊長からのギルドへのクレームですね。ギルドお抱えS級冒険者ルークス・ヴィラの巫女強姦未遂及び誘拐未遂刑罰要請、加えて不法侵入罪と訓練妨害による被害の訴えに更に加えてルークス・ヴィラへの刑罰執行権移行の要請です。流石としか形容できませんね。ルークス・ヴィラに対する仕返しを全て公の内容による刑罰で纏めた挙句、ヴィラ家への報復をしない代わりに次男の命を差し出せという丁寧かつ的と重要点を突いた公式アルカディア王家文書……。対等だなんて言い出す余地すら与えない手際ですね」
フェルナンのギルド仮説テントのギルドマスター区域でグラン・ボルトは、アルカディア王家に伝わる公式文書で送られてきたルークス・ヴィラへの逮捕状を見て絶句せざるを得なかった。ルークスだけに留まらず、監督不届きとしてギルドへの賠償金まで追い込むえげつない内容に頭を抱えるしかない。
選りに選ってルークスの暴走を知った数日後。公式文書の下にはアルカディア王家へ送るギルド公式文書があり、内容は既に手遅れになった友好条約が記載されている。
断頭台に登ったような気分でグランは考える。ギルドマスター直々にルークスを救い出す、なんてギルドの不利益にしかならない事をするつもりは到底無い。ギルドから離脱した事にして尻尾切りするのがギルドの最善手だ。内容からして兵士団隊長はルークスを確実に始末したいのが丸分かりであり、アルカディアへの不法侵入という点がギルド側への切り捨てるお膳立てにしか見えない。
「……馬鹿だなぁ、あいつ。流石にこれは俺にも無理だ」
アルカディアで現在拘束され牢に居るらしいルークスはギルドマスターに当然という顔で助けを求めるだろう。普通ならば、魔王軍との戦いの中で無ければ、グランは私情と呼べる温い馴れ合いで助けていた筈だ。
しかしながら、此度は敵も時も理由も最悪過ぎた。たった一人で数千の魔王軍を斬り裂く大英雄と竜殺しのルークスじゃ釣り合わないどころか天秤に乗せるすら愚行だろう。しかも、恋人に無理矢理迫ったのも既に彼方では周知の事であり、隠すにも手遅れ過ぎた。
「……是、そう返せ」
「分かりました」
たった二言でルークスの命運は、光明は途絶えた。余りにもあっさりとした態度でアルナは愛兄の決定を了承し、返す内容が書かれてあるギルド公式文書にギルド蝋で封をした。アルナは最初からこうなると予測した上でグランの手を煩わせる事無く手配を終えていた。同時にヴィラ家に決定事項を同封した封筒も送るよう指示する。
「……やけに騒がしいですね。何かありましたか?」
「おお、アルノートか。いや、ちょいと部下が手遅れでしてね。その手筈を終えたところですよ」
テントに現れたのはフェルナンの由緒正しい牧師の格好をした美青年であり、彼のベルトには牧師には似合わぬ長剣が存在していた。どの系統にも合わぬ金色の髪や紫色の瞳から普通の出では無い事が分かる。
アルノート・ヘラ・フレデリック。数年前にフェルナンに迷い込んだ異世界人であり、彼は吹聴していないが別世界の勇者でもある。その真実を知るのはフェルナン教会の大司祭とギルドマスターたるグランだけだ。フェルナン国王ですら知らない切り札だ。
実質、フェルナンが陥落していない理由の三割を彼は影ながら担っており、他のS級冒険者を凌ぐ実力を有している。
此度、グランがアルノートを呼び出したのは調査のためだ。数千の魔を祓う風の勇者を有するアルカディア及びティアールの実情を計る、それだけのためにアルノートを呼び出した。フェルナン周辺の魔獣は普通の冒険者には辛いものがあり、数を尽くせぬ状況だからこそ少数精鋭での一点突破を狙わねばならない。そのため、表向きは牧師たるアルノートは隠密行動を取るに相応しい人物に値する。
「は、はぁ。此度も隠密任務ですか?」
「ああ、そうなりますな。ティアール奪還経緯の詳細と三勇について裏付けを取りに行って欲しい。期間は七日、報酬はいつも通りで」
「……そうですね。孤児院の子に新しい服をプレゼントしようと思っていましたから受けますよ。して、三勇とはアルカディアの勇者たちの事ですか?」
牧師として魔王軍により親を亡くした子供たちに慈愛の念を向ける表情から、凛々しい勇者の顔に切り替わったアルノートにグランは頷く。
アルノートは正義感の強い勇者であり、悪と断じた行いを嫌う潔癖の傾向がある。同時に紳士かつフェミニズム溢れる弱き者の味方として振舞っている。牧師という職を担うのも孤児院の子供たちを護るために動きやすい体裁が取れるためであり、神に祈りを捧げる事に熱心である事は無い。
ーー弱き者の剣に成りて盾を担え。
それがアルノートが“守護の勇者”たる本質にして信念である。故にグランから齎される数々の任務の延長線上に孤児院の子供たちが存在するため従ってきたのだ。
「ああ、特にアルカディア兵士団の隊長になったらしい“風の勇者”アサギ・イオリの情報を集めて欲しい」
グランは三人の勇者について何も知らない。アサギが数千の魔族を殲滅した事とティアール王国奪還に成功した二点のみしか知らない。つけ加えるならば風の巫女がアサギの恋人である、ぐらいだろう。
“不屈の勇者”として数百年前に召喚された今や勇者様として名高い勇者様シリーズの元本の人物である事を、現れた数キロは腐り果てる猛毒の邪竜を幾度も死に甦り殺した人物である事を、二つの部族を争わせた元凶たる邪教大司祭に連なる全ての教団員を唯一人で殺し尽くした人物である事を、魔族最強にして史上最悪最凶の魔王を覚醒した絶技により息の根を止めた人物である事を、知らない。
今や、ウィンクルのためにならば世界を滅ぼす事すらも視野に入れていて、今も尚知らずの内に壊れ続ける超弩級の地雷満載の火薬庫である事を知らないのだ。
仮に、グランがルークスと何ら関わりの無い“守護の勇者”以外を向かわせていたら確実に処理されていただろう。何せ、既にルークスは地下牢の中で冷たい死体になっているからだ。アサギがウィンクルに手を出した挙句トラウマまで植え付けたルークスを生かしておく訳が無い。
脱獄を行おうとしたルークスは廊下の老朽化していた床が崩れるのに巻き込まれ、鍵が壊れた地下牢に落ちて発見が遅れて孤独に死んだ、と表向きに発表されたが、真実は彼の壮絶な死体を一目見れば理解できる。爪が剥がされた指先と共に落ちている塩の塊は筆頭。細切りにされた指先から肩までの両腕の成れの果ては火傷の断面があり、それが細切りにされながら焼かれた痕である事を示している。残された両脚には夥しい程に開けられた黒い点があり、遠目からは黒い皮膚の色にしか見えない徹底振りの焼けた針の突き刺し痕は根元にまでおよぶ。冷たい床に倒れ込む胴には変色し切った紫色の肌があり、死なない程度に加減され続けた殴打の痣である。拷問の苦痛で歪み切った顔には皮膚が無く、焼かれた後に塩を擦られて赤く染まる物が付着したままだった。口から零れる泡の消えた血の滝により、最期のフィナーレは毒で締めくくられた事を物語っていた。
そんな拷問を誰が行ったのか、そう尋ねても誰もが首を振る。アサギまでも、だ。つまりはそういう事であり、脱獄犯であるルークスは法に則り焼却刑により完全に消される運命であるため、生死はもはや意味を成さない。元々死体を返す気すらも無いのだから。
ルークス・ヴィラはアサギの敵に回った。だから、死んだのだ。アサギは敵を絶対に逃がさない。
魔王で無くても、だ。
ただそれだけのために三年間思考を閉ざされ続けたアサギは、抗う事の出来ぬ生存本能の刷り込みに屈するしか無い。魔を、人を、敵を、殺し続けた伝説と唄われた勇者様の成れの果てなのだから。
相対した際に勇者であるアサギに死という敗北は許されない。勇者である限り死ねないアサギには対立した際に己の死で勝利を譲る事が出来ない。終わりの無い死線を歩き続けたアサギに、負ける道は存在しないのだから。
何一つとして勝てぬ相手ですら、アサギは死を繰り返す事でそのアドバンテージを無為にしてしまう。生物にとって死は一度切りに対し、アサギは勇者である限りその死を無かった事にされてしまう。
勇者という名の魔を殺し続ける機械兵に死の安息は齎されない。故に止まらないし、誰にも止める事はできない。
ーー勇者は逃がさない。
そう、アサギですら、朝霧庵ですら、勇者からは逃げれない。その責務を、悪夢を見続けなくてはならない、世界の歯車にしかなれない。
たった一度の終わりを見て、アサギの中の勇者は変わり始めている。化物と思い込んでいた人間から、真なる化物へと深淵に片足を踏み入れ始めている。
「……了解しました。僕の足ならば今すぐにでも」
「頼り甲斐のある言葉を言ってくれる。……くれぐれも穏便に頼む」
「はい」
アルノートに手続きを踏んだアルカディア入国書を手渡したグランは、何と無くルークスの死を感じ取っていた。アルカディアは今や人類の最後の盾にして矛である。そして、この手際の良過ぎる書類だ。もう決定的だろうと誰もが思う。
ーー風の勇者アサギ・イオリは既に魔王との戦争を終えた先を見ている、と。
数千の魔王軍を斬り裂いたアサギが何故前線として進軍を開始しないのか、グランはただそれだけが不可解だった。経営のプロたるグランを悩ます案件の真実が実は、恋人といちゃつきたいだけ、というのはかなりお気の毒な話である。
アサギの中の黒い人がアップを開始しました。




