「勇者達の休息」-6
「……はぁ」
「……?」
勇者宿舎のサロンには、ティアールで行う事に区切りを付けて戻って来たノブナガの従者たる火の巫女フレイルが溜息を吐き、そんなフレイルに首を傾げたマリアスの姿があった。秘書めいた役割を押し付けられ働き詰めのフレイルと違って、恋人たるハイルにアーサーを押し付けて優雅に読書に勤しむマリアスは元気そうである。
と、言うのも、マリアスの場合アーサーがアサギの訓練で叩き潰された後には必ずハイルが自室にお持ち帰りするため役目が無いのだ。大体水の巫女になったのも、商人貴族たる家系を有名視させるための両親の命令のためだ。マリアスにはこれという旨みも無く、ウィンクルのように恋愛する事も許されない立場にある。
これ幸いと最低限の遣り取りしかしなくなったマリアスは、巫女権限とアーサーの許可により王国のライブラリを閲覧する許可を貰い、悠々自適な読書ライフを満喫し始めたのだ。
対してフレイルは上司肌たるノブナガの秘書として設計図の管理や見通し、作業員の手配から費用の計算等多忙な生活を送っていてげっそり気味である。火の巫女になったフレイルを敵対視していた他の巫女候補も、笑いに来た筈なのに労いと心配をする程の変わり具合を見せる程だ。
ウィンクルの誕生日に行う夜会に出席するため休みを貰って、サロンにて漸く貰った休みを噛み締めているのだ。サロンのソファにぐったりと体を任せたフレイルはかなり辛そうに見えるが、精神的には軽くなっていた。
「いえ……、休みの日に火急が入って仕事をする事がざらだったから安心できなくて……」
「……お疲れ様。疲労回復の物を幾つか見繕う」
「ありがとうマリー……。夜会でウィンの笑顔が見れれば完璧ね……。流石にノブナガ様も婚約発表の場を兼ねた誕生日会には仕事をお入れしないでしょうし……。はぁ、わたくしどうしてこうなったのかしら」
「……フレイは有能だから仕方ない」
「半年前なら喜んでその世辞を受け入れるけど、今はキツイわ……」
「……大丈夫……じゃない、ね」
パタンと栞を本に閉じ込めたマリアスは無表情そうな顔を心配の色に染め、フレイルの倒れるソファへ歩み寄った。ひらひらと掌を振る様子はまるで白旗のようで、口に出す事すらも疲れた様子なフレイルにマリアスは苦笑する。
馬が合いにそうにない対極の雰囲気を持つ二人だが、実際は心から認め合う親友だ。フレイルは上級貴族である家系の煩わしさに飽き飽きしていて 、マリアスも考古学者の道を閉ざされる商人貴族の家系にうんざりしていた。
学院の図書館で初等部初めての学院祭準備をしている時に二人は出会った。学院祭は他のクラスの生徒と組む習わしがあり、それは他の属性に関する見識を深める場とされている。
ーーえへへ、二人と一緒で嬉しいです!
同じような疲れた表情をしている二人は、何の価値も見出せない準備に気合を入れる別口の幼馴染にそんな毒気を抜かれたのだ。そして、直後にずっこけたウィンクルを支えようとして、逆にじたばたと手を伸ばしたウィンクルに掴まれ二人とも倒れて、どうでも良くなって笑ったのを未だに二人は覚えていた。
「……ふふっ、大丈夫じゃあないわね」
「……君には天然のクッションがあるだろうに」
懐かしい遣り取りをソファで再現し、フレイルはマリアスの手を引いて、顔を自分の胸元にうずめさせた。ウィンクルはそんな二人の腹辺りの間にサンドイッチされ、ふにゃふにゃになっていたのを二人はきちんと覚えていた。
くすくすと笑い合う二人は姉妹のように仲睦まじく、お互いの気持ちを理解しているような雰囲気に心を暖かくさせた。
「私は男性が好きだけど、マリーになら抱かれても良いわ」
「……そういう趣味は無い。けど、フレイなら……嫌では、無い」
「あら、顔真っ赤よマリー?」
「……うるさい。鼓動ばくばくな癖に」
これは仲睦まじい親友が恋人といちゃついているのに中てられただけだ、と二人は似たような思いを浮かべていた。こうして抱き合うのも嫌では無いし、むしろ好ましく思う。それは親愛からだと、親友に対する友情からだと分かってはいた。
イケナイ背徳感が背筋から登り始めて、二人は親友の瞳を熱い視線で見つめ合う事に何処か満足感を得てしまった。もしも、この場がサロンでは無く何方かの自室のベッドだったら拙い事になっていたに違いない。
「ウィンが先に婚約……、考えられないわね」
「……私たちより子供なのに」
「意外とわたくしたちが冷めてるのかもしれないわよ?」
「……かもね」
「まぁ、この戦争に勝ってもわたくしたちは家の政略結婚で殿方を得るんでしょうね。誰とも分からぬ殿方に」
「……フレイ?」
「…………ねぇ、マリー。わたくしと結婚してくださらない?」
「ふ、フレイ!?」
だってぇ、と甘ったるい口調でマリアスの腰と肩甲骨に触れたフレイルはそのまま抱き締めた。女とは言え美麗なフレイルの色気に中てられたマリアスは、されるがままに放心しかけていた。
「別に同性で結婚してはならないという戒めは無いもの、問題無いわ」
「そ、それは暗黙の了解で……」
「……ふふっ、わたくし知ってるのよマリー?」
「な、何を……?」
ーーアレが生える薬あるんでしょう?
耳を甘く歯噛みされるように囁かれたマリアスは不覚にも達しかけた。荒い息をするマリアスをフレイルは捕食者の瞳で見やり、小悪魔な笑みを浮かべた。若干快楽に震えているマリアスを可愛いと思ってしまったフレイルは、あっさりと親友の垣根を越えた。
「勿論、使うのはわたくし」
「ひゃっ」
「ふふふっ、可愛いわねマリー。耳に息を吹かれて感じちゃうなんて……愛したくなるわぁ」
「えっ、あ……、ぇえっ!?」
戸惑い慌てながらもあたふたする珍しいマリアスの表情にフレイルはゾクゾクッと背筋を震わせ、新たな道を開いてしまったのを良しとして蠱惑的な笑みを深めた。嫌だけど嫌じゃないというもどかしくも混沌とした自分の気持ちを揺らされまくったマリアスはキャパを越えて涙を浮かべてしまう。
「…………て」
「はい?」
「……やさしく、して?」
「ーーッ!?」
慣れない精神的快楽に恐怖を感じてテンパったマリアスは一番拙い言葉を紡いでしまい、フレイルの理性を圧し折りかけた。悪戯心が先走ってしまったフレイルからして見れば、今のマリアスは砂漠で見つけたオアシスのような甘美な誘い水である。ギリギリで押し留まるフレイルは、ふるふると震えるマリアスの唇をーー奪えず、腹に響くような正午の鐘の音に吃驚した二人は突然横合いから冷や水を打たれたかのように背筋を跳ねらせた。
「な、なんですの!?」
「か、鐘の音……?」
甘ったるい花蜜のような雰囲気は霧散し、何とも気まずい雰囲気になってしまった二人は沈黙した。色々と先走り過ぎて何だか疲れてしまった二人はふと目が合ってしまい、沈黙を破るように笑い始めた。
「…………本気ですから」
「………………うん」
二人は抱き合いながらソファで重なるようにとろとろと微睡み始め、やがてくったりと意識を飛ばした。キュッと指を絡めて手を握る姿は仲睦まじい姉妹のように見えた。
何方が姉かは言うまでも無いだろう。
つらつら書いてたら百合になっていた。
後悔はしていない。
貴族方面もかなり大変のご様子。




