「勇者達の休息」-4
アサギは矢筒を背負い、腑を別の袋に分けた血抜きされた肉塊が入った袋を複数肩に担ぎ、逆の手には普通なら度肝を抜かれる弓を持って淡々と歩いていた。
本日はウィンクルの誕生日であるため、豪勢な食事を作るために、食材の調達に半刻程度アルカディアを出た結果、猪三頭と熊二頭に脂がのった鳥が四羽という狩人が泣いてしまいそうな成果を上げたのだ。弓はバリスタと呼ばれる頑丈な作りに酷く重い弦を張ったものであり、通常ならば固定した上で機械式に手動で矢を装填するものなのだが、アサギは悠々と弦を引いたばかりか、矢の尻側を弦ごと捻じってジャイロ回転を加えて岩すらも貫通する威力で放った。全て頭を一撃で仕留めており、血抜き用のナイフが必要の無い鮮やかな腕前である。
アサギは軽々しく城壁を飛び越え、屋根を伝い開けておいた窓からダイナミック帰宅を果たす。ベッドにはまだ蕩けて寝ているウィンクルの寝顔がシーツから垣間見えた。
休みを貰いながらも早朝訓練を行っていた数人がアサギの姿を見かけ、「アサギ教官らしいお出掛けだな」と感嘆と規格外さに呆れた顔をして見送られていた事も知らずに、アサギはウィンクルの頬に唇を落とし、そのハリのある柔らかな返りに満足した。
最近アサギはウィンクルに対してこうした恋人同士のスキンシップがお気に入りになりつつあり、更には婚約という滅多に無い経験に胸が高揚していた。ルークスの顔を見ればどういう風に西の地に埋めてくるかを考えたりするくらいに嫌って居るが、権力の大切さの反面教師になってくれた事だけは感謝している。
人を動かす上で必要な力は権力、武力、話力の三つであるとアサギは考えており、その内二つを得たためにアサギは有頂天気味である。しかし、訓練にはその甘さは皆無であるが。
「さて、献立はどうするかな。日本の料理を御馳走すると言ってしまったしな……」
この日のために集めた食材は全て兵士団隊長家宅、通称風の夫妻の巣と呼ばれているらしい家宅の厨房室に集結している。日本料理に必要な味噌や醤油は代用の物を揃えているし、何の不都合も無いのだが、如何せん献立の種類に問題がある。アサギもウィンクルも大食いで無い故に、明日も食べれるカレー等なら良いが、できるだけその日に食べれる物を用意したい。
と、言うのも冷蔵庫が無いためだ。氷部屋と呼ばれる低温を保つ部屋がある事はある。前と比べて食材が傷み難いのだが、マイナスに至らない低温のため腐るものは腐りやすいのだ。当日まで献立を決める事の出来なかったアサギは、なるべく食材が無駄にならぬよう献立を考えるのみだ。
「……まぁ、残った分はチップで燻製にでもするとしてだな……。……家庭料理だな。カレーはスパイスの関係上無理だし、肉じゃがにお浸しやら和食中心にしようか」
本日の朝昼を全てアサギが作る予定になっているので、メニューを絞り込む必要性がある。全てを和食にするのは無理があるかもしれない、とアサギだけにしか分からぬ事を悩みながら手を動かし始めた。
朝用の分を切り分けた肉塊を氷部屋へ置いて来たアサギは、秋刀魚に似た焼き魚の大根下ろし添え、オーク肉じゃが、味噌めいた汁、日本米に近い玄米、ほうれん草に似たマノモス草のお浸しを手際良く作り上げた。
完全に和食となった見栄えに遣り遂げた満足感を覚える。味見は自分の分でしており、完璧な味とはならなかったが、それっぽい和の味に良しとしたアサギは保温の魔法が底に刻まれたお盆に乗せ、いつもは向かい合うように並べるそれらを隣同士に置いた。その理由は前日に木から削った菜箸よりも短い一対の棒。日本食に関わる馴染み深い箸を用意したからだ。アルカディアでは完全に洋食で、スプーンとフォークが一般的に普及していて、箸のような一見単純明快でありながら扱いに困る箸はマイナーもマイナー、アサギぐらいしか使わない物だったりする。
ウィンクルの手料理を美味しく頂く事には情熱めいた愛しさを込めるが、偶に軍議や騎士兵会議と呼ばれる新しく足を運ぶ事になった所で食べる食事は適当に食べるアサギは、スプーンでは無くマイ箸を使う。それはウィンクル以外が触れたスプーンやフォークを使いたくないという意思表示が込められており、大抵は箸を使っている程だ。それの意味を知る者はあまり居らず、アサギに気軽に話し掛けれるウィンディやハイルくらいしか居ない。真実を知らぬ者は箸を器用に使うアサギに首を傾げるばかりだ。なんせ、それは菜箸を使わぬ彼らには非効率的だと感じるものだからだ。
偶にアサギが使っているから、と箸っぽい棒を削ってチャレンジする者も居るが、その繊細かつ高技術な箸捌きを真似できたものは居ない。熱狂的なファンは完全にマスターしたと豪語したらしいが、それは箸をバッテンに使う間違った使い方だったため勘定には入れられない。
「ふぁぁ……。ん……、イオリさん……?」
ふかふかなダブルベッドの上でアサギの愛しき眠り姫が目を覚ましたのに気付き、アサギはウィンクルのあどけない寝ぼけ顔にキスをして覚醒を促した。隙あればしているキスに、ウィンクルも慣れた様子で「んっ」と小さく喘いで甘んじていた。性的快感に繋がるキスをアサギはまだしていないので、ウィンクル的には鳥の啄ばみのような感覚で受け止めている。
そんな健気で無垢なウィンクルが愛しく感じるアサギは啄ばむようなキスを二、三度落とし、きめ細かい柔らかな頬を撫でて慈しむ。
「……ぁぅ、お、おはようございます」
「ああ、おはようウィンクル。顔を拭くぞ」
柔らかな肌触りからして良質で高級なタオルを濡らし、アサギはウィンクルの目元や唇を中心的に鼻を塞がぬよう丁寧に拭った。まるで、病人にするような甲斐甲斐しさにウィンクルは寝ぼけた頭ながら恥ずかしさを覚えて赤面する。拭ったタオルを桶に戻したアサギは、赤らむ頬にキスをして微笑んだ。そして、水差しからコップに移した水を手渡し、こくこくと飲むウィンクルの幼げな姿に当てられる。
婚約して揺るぎ無い未来ではあるが、今のウィンクルを猫可愛がりしたいと常々思ってしまうアサギ。飲み終えたコップをサイドテーブルに置くと、アサギはベッドからするするとウィンクルを抜き出し、壊れ物を扱うかのように優しく抱き締めた。ぐにゅぅと潰れる柔らかな二つの感触を胸板で受け止め、アサギはウィンクルの小さな小首にそっと顔を近付けた。意図の分からぬウィンクルはやや困惑していたが、そっと後頭部に回った右手に押され、アサギの肩に顎を乗っけるような姿勢になり、尋ねるために息を吸って漸く気付いた。
首筋を嗅がれていると察したウィンクルはぱくぱくと恥ずかしいと無言で語るが、普段アサギに抱っこされている時の自分の行動の延長線上だと思い出して抗議は出来なかった。
「……ウィンクルを抱き締めてると心が落ち着くんだ。まぁ、確かに甘い甘いミルクのような良い匂いだが」
「……え、えっと?」
頭の中を覗かれたかのように慌てるウィンクルにアサギはくすりと苦笑し、抱き締める力を強め耳元に囁く。
「…………ウィンクルが匂いフェチのように、俺もまた抱き締めフェチという事だ」
「フェチってなんですか?」
「んー……、趣味嗜好の事だ。……ウィンクルが俺に抱き締められてる時によく嗅いでるだろ?」
「〜〜〜〜ッ!?」
「あー、その、な。寝ぼけてんのか俺の首筋に頬擦りしてる時に寝言で、な」
「な、ななな何を言ったんですかわたし!?」
眠気がすっかり吹っ飛んだらしいウィンクルはかなり慌てた様子で狼狽え、そんなウィンクルを可愛いと感じたアサギはニヤッと笑みを浮かべた。
「さて、朝食にしようか!」
「イオリさん!?」
至極楽しそうなアサギの笑みを見たウィンクルは「もうっ!」と顔を緩ませながら、こつんと頭をアサギの胸にぶつけた。怒っているような素振りであるが、惚れた者負けのような感覚からの惚気である。意地悪するアサギだけども好きで仕方が無いという甘々な意思表示だ。アサギもそれが分かっているため嬉しくて仕方が無い。
恋人と言えどもその先に発展しかねないディープキスを自重しているアサギは、ウィンクルの唇にキスを落として機嫌を取る。ウィンクルは怒ってないですよと言わんばかりにキスを返し、二人は熱々に微笑み合う。
がっつり惚れ合う二人は漸くベッドから下り、朝食が待ちくたびれた様子であるテーブルへと向かうのだった。




