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伽藍堂の勇者  作者: 不落八十八
三章「勇者達の休息」
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「勇者達の休息」-3

 荒い呼吸が徐々に大きくなり、耳元から聞こえた気がした。そうふわふわとした気分でウィンクルは思う。

 目の前には数々の魔族の骸が無惨に捨て置かられており、焼け付くような体の熱さにウィンクルはふと自分の姿が別の誰かの物だと気付いた。荒々しい呼吸と同調するように視界が揺れ、次々と前に現れる見たことの無い魔族に体の持ち主は白銀に輝く剣を向けていた。


「……巫山戯んなよ。何が勇者だからだ。栄光ある未来なんざありゃしねぇじゃねぇか」


 舌打ちする持ち主の声は底冷えする掠れかけの声であり、ウィンクルがよく知る人物とは思えない言葉の辛辣さが垣間見えた。

 ーーイオリ……さん?

 アサギの体に同調しているのだと気付いたウィンクルはハッと視界の状況を考え直した。見たことの無い魔族に襲われているとしか思えない状況は、アサギにとってピンチの筈だ、と。

 声を出そうにも出る様子は無く、アサギの役に立てないばかりか何もできないのに気付いた。


「これは彼の記憶の断片。魔王の間への試練のために分断された後の彼の記憶よ」


 後ろから囁く優しい声にウィンクルは後ろを振り向いてーーアサギの体から抜け出したのを感じた。空中に浮かぶように白銀の鎧を着るアサギの背から離れて行く。


「くそったれがッ!!」


 再び聖剣を構え殺到する魔族の前に躍り出たアサギは罵声を吐き捨てながら腕を振るう。断裂する魔族の断面から、後ろにいた魔族もまた斬撃により切り裂かれて血を吹いている姿が見え、次の瞬間にはアサギに盾で殴られ頭を柘榴のように粉砕される魔族が息絶え、また次の瞬間にはバラバラに切り裂かれた魔族がその場に肉の山を作る。その光景は一方的な蹂躙劇であり、それなのに魔族たちは嬉々としてアサギに殺到する狂気の沙汰にしか見えぬ物だった。


「彼は勇者である限り死ねない。死んでも勇者の魂が体を修復し、再び彼に私が託した聖剣を握らせてしまう。そして、心は呆気無く壊れてもまた無理矢理に正気に戻らされ、後悔の念で身を焼く事もできない牢獄に戻される」


 魔族の血に塗れながら前へ、前へと進む姿は勇敢なる者の偉業であり、その度に振るわれて命を奪う凶撃は暗殺者としての慈悲無き死を讃えるよう休む事は無い。


「嘶(な)け、風に乗りて歩むもの(イタクァ)」


 アサギの紡いだ呪文により解放された魔法在らざる神秘の術が暴風の鎌と成り、魔族の体を引き千切っては凄惨に食い散らかす。それはありったけの魔力を一本のラインにぶち込んで完成させたアサギだけの魔法の行使だ。だが、ぞるぞると空気中の魔力が瘴気から離れてアサギに供給されて行く異常な光景にウィンクルは瞠目する。


「ここは西の地の果て。夥しい瘴気と濃過ぎる魔力に覆われた魔の地。だから、魔力をコントロールできる彼の体質はこの地では最高の効果を発揮するわ。幾ら魔力を吐き出しても腐る程に魔力がある場所なのだから」


 解説するように声が背中側から響き、ウィンクルはその光景を見るのに夢中になって行く。逆巻くように魔力を溜め込むアサギの姿はまるで暴風雨であり、通る道を薙ぎ払う一陣の突風のようだった。


「重ねて嘶(な)け、凍れる炎に焼かれよ(ウェンディゴ)ッ!!」


 風に乗りて歩むもの(イタクァ)の起こした風に触れた全ての魔族が一瞬で凍り付き、氷のような凍てつく炎が魔族たちの姿を水のように溶かした。

 その次元が違い過ぎる魔法はウィンクルの度肝を抜き、前に四精霊王がアサギのラインを封印した理由に納得できてしまった。過ぎたる力すらも過ぎた禁じられた魔法に分類されるのだと。


「……嬉々として殺されに来るんじゃねぇよ。くそったれ共め」


 視界の魔族たちが嬉しそうに死んで行く姿を深淵の底の如く濁る瞳でアサギは哀れむ。魔族は力こそ美徳であり、強者により殺されて糧になる事を悦ぶ異常な歴史を持つ。自分たちの存在が認められたのは強さを得たからだ、と疑わないのだ。そして、力が強ければ強い程その力に酔い痴れ、強い自分を殺した強き者を讃える。上級魔族に連れて恐怖心は失せて行き、本能に理性は侵されて行く傾向にある。

 だからこそ、弱き人たるアサギに殺された魔族たちはアサギを讃えるのだ。

 弱くも勇敢なる人の者。勇者、と。

 

「……俺みたいな化物に殺されて笑うなんざ正気の沙汰じゃねぇ。……止めてくれよ。俺は無くしたもんを取り返したいだけなんだ。……取り返して、帰りたい(・・・・)だけなんだ」


 アサギはそう項垂れるように呟いて、歩みを進めた。最悪な終幕を迎える事も知らずにアサギは聖剣を握り締め魔族を殺し続ける。アサギの描く終わりを手にするために、魔王へ聖剣を突き刺すために。

 

「……彼はまだ、自分を化物のままだと考えているわ。あの最悪な終わりを迎えた彼は生きたまま壊れた。今の彼は、彼じゃない。足りない記憶を壊したままの空っぽな勇者。聖剣デウス・エクス・マーキナは勇者という肩書きに縋り付かせるための道具でしか無い」


 ウィンクルはふわりと背中から抱き締められ、心に波紋を揺らすかのように囁かれる優しい声に耳を傾けた。その健気な様子にくすりと笑われ、何とも言えない恥ずかしさを覚えた。


「……運命は己の手で掴むモノ。誰かの思惑で掴まさせられるのは自己の冒涜に過ぎない。だから、貴方に託す。誰でも無い貴方に託す。彼を、空っぽの彼を埋めてあげて。起きた時、貴方がこの遣り取りを覚えているかは分からない。あの子の封印を長引かせる事もそろそろ無理かもしれない。……彼の行く先を共に歩める貴方に彼を託す。私らしく貴方の武運を祈るわ、羨ましい彼の恋人さん?」


 待って、と口に出した途端にウィンクルは目を覚ました。手の先をすり抜けたような寂しい気分に小首を傾げ、誰に声をかけようとしたのか分からなかった。

 けれど、何と無く胸がムカッとした。ムカムカする胸に疑問を浮かべたウィンクルは、モヤモヤとは違う感覚に答えを探したが見つからない。

 名も知らぬ他人にアサギが想われていたのを知ったウィンクルは、嫉妬という可愛らしくも難解な問題に小首を傾げるばかりでムカムカする理由が分からず終いだった。

 ーーお酒はちょこっとだったよね?

 胸焼けと判断したウィンクルは考えるのを止めて、ふわぁと小さな欠伸をして二度寝した。とても楽しみな明日を気持ち良く迎えるために。


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