「勇者達の休息」-2
ーー風の勇者様御婚約! お相手はウィンクル風巫女!
大ニュースがアルカディア全域に広まるまでそう時間は掛からず、アレイクト侯爵夫妻に殺到した情報屋たちに二人が頷いたため噂の加速度は火を吹いた。
当の二人は相変わらずの仲睦まじい姿。腕を組む姿やアサギの笑顔の多発により信憑性は高まり、決定打のウィンクルの左手薬指に指輪があった事でお祭り騒ぎである。水面下の激闘を繰り広げる寸前だった二人の親衛隊は凍り付いたように活動が止まり、親衛隊隊長の話し合いにより「なら二人共で」とまさかの合併をし、風の親衛隊という新たなファンクラブが設立するまでそう遅くはなかった。
「イオリさんお疲れ様です。帰ったら夕飯にしますか?」
「んー、今日は先に風呂だな」
「分かりました。着替えを用意しますね」
「ああ、頼む」
そんな新婚さんな甘い雰囲気を、訓練場から自室に帰る際に撒き散らす若い恋人たちに、極度の疲れを溜めて地に伏せる独身者は涙を流したそうだ。一部の騎士と冒険者は隣に居た気のある異性を意識して頬を赤らめ、清い交際を始めたらしく、更に一部の者は訓練に力を注ぐきっかけになったりと魔族と戦争をしているようには思えない甘い空間が展開されつつある。
一方、アーサーとウィンディは違う理由ではあるが強くなりたいと欲し、それに挟まれたハイルが美味しくも辛い毎日を送る事になり、特にアサギに指導されるハイルは生傷が絶えない生活をしていた。アーサーは力を欲するのに没頭していて大切な事柄を伝え忘れている事に気付く事無く、英雄の素質に突き動かされメキメキと成長するウィンディと切磋琢磨し、二人に比べ平凡なハイルがアサギの訓練と手解きにぶっ潰されながら二人のストッパーを努める毎日である。
ハイルが倒れるんじゃないか、と噂される中で本日の訓練終了時に、アサギ教官から二日の休みが全員に与えられた。
理由は単純明快で「休む事も訓練の一つだ」とアサギがウィンクルをお姫様抱っこ姿で宣言したからだ。
だが、一同が納得する中で話題に上がり始めた青髪の青年が横合いから飛び出す。ルークス・ヴィラ、アサギとウィンクルが婚約したきっかけを作って自滅した幼女愛好家の変態である。彼がウィンクルに権力を持ってして迫ったために、王族並みの権力を持つアサギが権力と拳で叩き潰したのだ。怯えるウィンクルを婚約という過程がぶっ飛んだ貴族的な守り方をするため、アレイクト夫妻に頭を下げ婚約の了承を得たアサギは、嬉々としてエーテルに一つ目の願いとして騎士とは別の派閥である兵士団の隊長の座と市民権を会得。日々の訓練を合同訓練と称するだけの地位と理由を得た。
勇者だなんて不安定極まりない肩書きとは別に職が欲しかったアサギには丁度良いきっかけとなった訳だ。
「アルカディア軍の最前線を駆ける軍隊長が私情で訓練を疎かにするとはどういう事だ!」
「ほぅ? 年収不確定住所不定現無職のS級冒険者で、ヴィラ家の権力を振りかざしてウィンクルに迫る外道畜生な羽虫が俺に何か用か? 訓練にも参加しないギルドのお荷物でありながら居候のタダメシ喰らいの役立たずに意見される筋合いは無いし、全体の様子から根を詰める努力家が度を越えようとしているのを察して二日の休みを与える俺が私情で動く? 寝言は火葬用の棺桶の中でしろ年収不確定住所不定現無職。お前の目は節穴なんだから泥でも詰めて南に帰れ。年収不確定住所不定現無職の役立たずはここには要らんし、参加すらしていない訓練に口を出すな」
「なッ!?」
年収不確定住所不定現無職という点を倍プッシュする言葉の槍がグッサリと突き刺さるルークスを鼻で笑ったアサギは、軍所属扱いの皆に向き直す。その飄々としたアサギの様子に、血が頭に上り怒髪が天を穿たんと激昂するルークスは剣を抜こうとした瞬間に顎を打たれた。
「地を這え虫けら」
底冷えする声と共にぼやける視界でルークスが見たのは、ウィンクルを地面に下ろした拳を振り抜いた姿であり、心底不機嫌なアサギに顎を打たれたのを一瞬遅く悟る。
浮かび上がるルークスの腹に数発のブローが決まり、右膝で水月を穿たれた体はくの字に曲がる。鋭い一撃を喰らい下りてきた頭を掴まれたと思えば地面に落とされ、大地のキスを顔面全体に受ける。鼻血を流しながらもルークスは抵抗しアサギが居る方向に拳を振るうが、あっという間に関節を極められ痛みに悶絶し気絶した。ぐったりしたルークスをアサギは端に蹴り飛ばして捨て置く。
その鮮烈な対人技術を見た皆はルークスの心配では無く、アサギの技術に感嘆の声を上げる。誰も自分の休暇を奪おうとするルークスに同情する者はおらず、居ても「教官に勝てる訳無いじゃん」と哀れみの視線を向けるだけだ。
「……とまぁ、先に脳を揺らし思考を奪い、肺を強打して呼吸を辛くし、人体的な急所である水月を打てばS級冒険者であろうが人ならああなる。ここで得た技術を私利私欲で使わないとは思うが、二日間の休みで羽目を外してしまうかもしれない。諸君らが全員揃って再び整列する事を祈るばかりだ。では、今日の訓練を終了とする。解散!」
聖剣デウスエクスの柄尻をコツコツ叩きながらアサギが注意を呼びかけた場合の意味は、聖剣の錆になるなよ、という物理的な脅しである。それを日々の訓練で痛い程に承知する一同は直立不動の敬礼をしてみせた。もはや、騎士やら冒険者という境界線が無く、皆アサギ教官に属する軍部兵士のような協調性である。
騎士団はアルカディア外部を主とする役割を持ち、兵士団はアルカディアの防衛を主とする役割があるため、アサギは騎士団よりもウィンクルを護り易い兵士団を選んだ。何方もアルカディアを守るための組織であるため諍いは少ない。と、いうよりもアサギが諍いを許さないため、アルカディアの治安は遥かに上がった。アサギが処理した噂のある荒くれ者たちが居ない事も大きな理由の一つだ。
「……イオリさん」
男性に迫られた事が無かったウィンクルは完全にルークスに対しトラウマっており、戻ってきたアサギの服の裾をギュッと掴んで震えていた。上目遣いに震え涙目というアサギが完璧に落ちる寸前の顔で震えているウィンクルは小柄な姿が相まってかなり可愛らしい。撃沈する変態が視界に入らぬようにそっとウィンクルを胸板に隠したアサギは、慣れた様子で腕に抱え上げた。
「大丈夫だ。ウィンクルは俺が護る。例え世界を敵に回してでもな」
「イオリさぁん……」
桜色の唇に軽くキスをしたアサギは腕の中で蕩けた顔をするウィンクルに微笑む。その顔に安心したウィンクルは小さな腕をアサギの首に回して胸板に頬擦りした。そんな風に甘えてくるウィンクルに変態への苛々が消え失せ、その存在すらも頭から抜けたアサギは自室へと歩んで行った。
婚約したとは言えウィンクルは十四のあどけない少女であるため、大人な営みを自重するアサギはとても紳士的である。行為もキスやハグ程度に抑え、それ以上の行為は明日のウィンクルの誕生日から一年後と決めており、結婚の出来るその日までアサギは耐える覚悟を決めた。特に変態のせいで男性恐怖症に成りかけた今は尚更にだ。
ーー必ず殺す、絶対に殺す。
幼嫁に手を出そうとしたルークスをいつか社会的に殺すと決めたアサギは、ギルドへ此度の名誉毀損及び誘拐未遂加えて軍部訓練妨害に命令違反による賠償金と謝罪、そしてルークスの強制帰還又は此方の指定する実刑を求むという内容の手紙を報告書と共に送る事を決めた。
一先ずウィンクルの心を癒すのが先決だ。
そう自室でニャンニャンしようと決めて、足早に道を駆けるが、アサギの匂いと安心感にウィンクルがとろとろと寝てしまったのでそのささやかな野望は潰えるのはお約束だった。
アサギの部屋は兵士団隊長用に兵士団の近くに増設された兵士団隊長宅にあり、勇者としてではなく兵士団隊長として仕事をこなし始めたアサギは立派な社会人の姿だ。勇者という下地があるため執務室での公務は疲れ知らずであり、前兵士団隊長が捌き切れない書類も数日で完遂し、度肝を抜く仕事振りに誰もが驚愕した。
と、言うのもアサギは異世界人的計算や文字を読み書きできるため、貴族の少ない兵士団では群を抜く賢さを持つからだ。騎士団は主に貴族出身が多く、兵士団は庶民用の騎士団のようなものだ。勿論庶民でも騎士団に入れるがその道が難関であるのは言わずもがな、主に読み書き等の素養の違いがはっきりと出てしまう。
騎士は外交の際にも活躍する場があるため、素養の無い者は万が一があるかも知れないため不必要。そして、豊かな食事をしていた貴族騎士は庶民騎士との筋肉の質が違うという点も理由の一つであり、生物知識の乏しいアルカナでは無理も無い話だ。
そのため、アサギは軍隊式の厳しい訓練メニューと高タンパク質な食事へ改善をする事で、「そんな些細なもんどうにでもなる」と成功を収め、見事隊長の座を頂いたのだ。前兵士団隊長は副隊長に位置を変え、部隊長として働いており、給金等の待遇は今迄と変わらないため不満は無く快くアサギへ隊長の座を引き渡した。
実は大の勇者様ファンだったりしたのが決め手だったりするのだが、その真実は明るみに出る事は無かった。




