「ティアール城奪還作戦」-14
「腕立て止めッ! 次、外周三十周! 足並み遅れた者は捨て置け。その者にはペナルティとして周回遅れ分の二倍を付け加える」
「サーッ、イエッサーッ!」
「聞こえんぞ!」
「サーッ! イエッサーッ!!」
「よし、行けッ!」
素振りや組手鍛錬等の生温いアーサーの指導から、徹底的な軍隊式筋力訓練に加え少数多数の演習の日々と変わった訓練に一同絶句したが、鬼教官アサギの凄みに勝てる者は居らず、戦場で死にたく無い一心で二週間が過ぎた頃には下呂や弱音を吐く者は減り始めた。自分たちよりも遥かに過酷な訓練をしている“元”教官のアーサーの悲惨さを目の当たりにしていれば、自分たちの訓練がまだ甘いものだと感じられるからだ。
外周六十周を終えて足下辺りで力尽きていたアーサーに躊躇い無く冷たい水を叩き込み、意識を覚醒させたアサギは同じく外周六十をこなしたハイルの尻に気付けの蹴りを入れてアーサーを休憩室へ連れて行くように指示した。
「ほら、早くしないとアーサーさんが風邪を引くぞ?」
「……鬼だ。……悪魔だ」
「知らん。さっさと恋人のお前が連れて行け。また走らせんぞ」
「サー、イエッサー……」
よろよろとアーサーに肩を貸して仮説の休憩室へ向かったハイルを見送ったアサギは、やれやれと嘆息した。そんなアサギの姿に慣れ始めたウィンクルは苦笑いでその様子を見ていた。初めの頃は厳し過ぎる内容に青褪めていたが、行動の正当さをちょくちょくアサギが丁寧にフォローを入れていたのと、意識や体力が変わり始めた成果を見て「イオリさん凄いです!」と意見を変えたようだった。
「ふむ、皆鍛え方が足りないな」
「いや、外周三桁以上走って小休憩で息を整えるウィンディさんが規格外だから」
もしかするとアーサーよりも強い可能性があるウィンディは笑っているが、人並み外れた筋力故にアサギが手直した訓練メニューをこなす姿はB級冒険者とは思えない。移動手段に馬を使わず、己の身と武装のみでクエストに参加していたウィンディは確かな実力を持っていた。
伊達にアサギとの模擬戦で連戦惨敗であれど向かい続ける体力の持ち主であり、アサギ式訓練に参加して更に持久力がついたからか、先日手を抜いたアサギに一本だけ勝ちを拾った実績もある。手を抜いたとはいえアサギの回避力は高い。しかし、ウィンディは何かのコツを覚える前兆の一突きによりアサギの髪先を数本散らしたのだ。
超直感と呼べる武の技を垣間見たウィンディは、気読みと呼ばれる挙動から先を見通す感覚を覚え初め、今ではアーサーと良い模擬戦をする程までに成長した。と、言っても天使たるアーサーの地力には人間では及ばない域のため負け越しているが、アサギとの模擬戦のように擦らせる事で一本と見なすルールならば勝ち越しているだろう。
体力だけは完全に勝っているのは間違いないが。
「そうか? 常々鍛錬を怠らなければ当然の結果だ。騎士であれ、冒険者であれ、己が武を鍛えるのは基礎だぞ」
「確かに当然の事だが有言実行し続けるのは過酷なもんだ。……まぁ。俺の師がそういう型で、状況が状況だったからな。手ぇ抜いたら死ぬ状況で手ぇ抜く馬鹿は居ない。だから、人に強要されてでも続ける覚悟を叩き込んでるんだ」
「ふふっ、師に似て弟子の将来設計は得意なのだな」
「……弟子ぃ? まさか今尻叩いてやってるあいつらじゃねぇよな。あんな半端な弟子なんざ要らねぇよ」
心底かったるそうに断言するアサギにウィンディはくつくつと堪えるように笑う。そんな様子にアサギは理解が得ないようでムッとしていた。
「まぁまぁ。なら、弟子にする条件は?」
「んー……。誰かのために頑張れて尚且つその相手が惚れてる奴とか、只管に真っ直ぐと最強なんて目指す奴とかかね? 取り敢えず最低条件はウィンクルに手ぇ出さない奴だな」
「思いっきり私情を捻じ込んだな! いやはや、アサギはウィンが好きで好きで堪らんようだな!!」
ウィンディはアサギの肩をバシバシと叩き、普通ならば皆青褪める行動を笑いながら素で行った。からかわれている事を鬱陶しい顔で許したアサギはやれやれと嘆息した。
仲間に裏切られた頃の荒れた心はウィンクルに癒され恋をした事でかなり軟化し、犬に噛まれた程度にまで潜めており、済んだ事をくよくよしない前向きな普段のアサギへと変わり始めた。仏頂面ながら時折笑顔を見せるようになったアサギは最初の頃とは別人のようであり、反抗期を終えた少年のような扱いをウィンディはしている。
アサギがそれを甘んじて受けているのはウィンディが特別視しないからだ。アサギは勇者として特別視する者を嫌う傾向があり、それが裏切られた理由や村人が死んだ理由が全て自分の過ぎたる力だと理解しているからだ。
死ぬ程努力と絶望を噛み締めたアサギは、その力を得なければ死ぬ状況で足掻いてきた少年だ。それも、自他共に何のアテも無い異世界に拉致され無理矢理勇者にさせられた歴とした被害者。ある意味逃げ出せるのに救われない監獄に放り込まれたようなもので、勇者であるから魔王を討伐せねばならないと自己暗示を掛けながら旅を進んだのだ。
それが、三年。挙句は裏切りである。少年が生死の狭間に囚われ性格が歪むのも仕方が無い事だろう。
だからこそ、歪まぬように耐え忍ぶアサギの芯の強さにウィンディは惹かれるのだ。幾ら壊れようが果てようが時間を置いて正気を取り戻そうと足掻く強い不屈の有り様に。
アサギが昼間にウィンクルから離れ、城下町の荒くれ者共を処理したという噂を聞いた時は本気で驚いたが、現実に見回りに同行した際にあっさりと悪人へ手を掛けれる姿は勇者の風格があったとウィンディは思う。
ーー裏が勇者というのは傑作じゃないか?
表の本心を隠し、裏の顔たる冷徹な勇者を演じるアサギは容赦無く悪人を切り捨てた。勇者としての本懐の一部である弱者から願い請われたそれを実行しただけで、そこに感情は無いのだ。だから、悪人が嫌いだなんて心にも無いそれを後付けし、態と顔色を変えて演じた。
アサギは勇者という名の人類代表の暗殺者でしか無く、ウィンクルに吐露したようにもはや殺す事に罪悪感を覚えない冷血漢だ。特別視されればされるだけ心が磨り減って行き、死ねば死ぬ程逃げ場が埋まって行く。勇者という呪われた鎖に雁字搦めになりながら、それを解くウィンクルを求めた。
「まぁな」
アサギはニヤリと随分嬉しそうに笑みを浮かべて言葉を返す。こんな幸せそうな顔をする少年が、路地裏で無表情に悪人たちの四肢を切り捨て、ずるずると態と顔が汚れるように引き摺った挙句に地下焼却炉に叩き込んだ人物とは思えない程だ。冥土への旅立ちには「喧しい」と懺悔と罵詈雑言を一蹴し躊躇い無く点火、袋に詰め込んだ四肢を薪代りに放り込み、そのままあっさりと見回りに戻る姿は戦慄物である。
特に悪人に対し躊躇いも容赦も無いアサギだが今迄自分たちを苦しめてきた悪人を葬ってくれた英雄だと城下町の民の間では人気を博しているようで、正義の味方のような扱いを受けているらしい。
偏に勇者と特別視する偏見が主軸であるためアサギが露骨に手を払う事は無いが、最近やや困り気味のアサギの愚痴にウィンディは苦笑する。しかし、特別視を嫌うアサギの性格の一面を知れて万々歳という結果を齎した。
ウィンディはウィンクルにならアサギを任して良いかなと考え直し始めているため、今のアサギとの武による関係を崩したくない。そのため、ウィンディはアサギは特別視する事無く、従弟のようにアサギを扱い始めていた。
「い、イオリさん……ッ!」
「くくくっ、ウィンが照れてるぞアサギ。愛されてるな」
「そりゃ嬉しいんだが……」
「だが?」
興味有り気なウィンディの問いにアサギは言葉が詰まり、ちらりとウィンクルを見やる。しかし、意図を察せなかったウィンクルは小首を傾げた。苦々しいという風にも見える恥ずかし気な様子でアサギは自分の左手の薬指を指差し、ウィンクルもまたその位置の意味を察した。
「……あ。あぅぁ……。そ、そうでした……。まだ、返事してないです……」
「……は? まさかウィン。アサギからプロポーズ受けて返事をしていないのか? ……待て、それはかなり前の話じゃないか?」
「……ご、ごめんなさい。恋をするっていう気持ちがまだわかんなくて……」
しゅんと項垂れて申し訳無さそうな顔をするウィンクルにウィンディはやれやれと肩を竦めて、耳元に囁いた。
ーーウィンはアサギとえっちな事してみたいか?
個人の囁き事故にアサギは聞き耳を立てずに遮断したが、甘ったるい色気ある声で囁かれたウィンクルは一瞬ぽかんとしてから、完熟した桃のように頬を赤らめた。完璧に反応したウィンクルに可愛いと思いながらウィンディは笑みを浮かべた。
「あ、あぅ……」
「うむ、脈有りだな。ハイルにはどうだ?」
「え? 無いです」
「そ、そうか。……ま、まぁ、なんだ。ウィンはアサギになら良い訳だ。恋人の先はそういう事をするんだぞ」
話の内容が何と無く分かったアサギは、チラチラと意味有り気な視線を送るウィンクルの初心な表情に心を掴まれて内心悶えていた。
今直ぐ抱き締めて甘やかしたくなる気分を抑え込んだアサギは何と無く気まずさからはにかむ。はにかんだ顔に見惚れたウィンクルはハッとしてウィンディを見やる。
「お、お姉ちゃん。恋ってもしかしてドキドキして、甘えたくなる気分になったりするのかな?」
「……前者はよくある例だが」
「後者は?」
「完全に相手に好意がある。好きで好きで堪らないという事だな!」
「そうなんだ! じゃあ、おへその下辺りがむずむずするのも恋に含まれるのかな?」
「…………私に皆まで言えと?」
まさかのとんでも発言にウィンディは逆に頬を赤らめ、アサギに話を振る。俺に振るな、と顔を右手で覆い隠すアサギは辞退。その手の知識の無いウィンクルは二人の反応に「恋じゃないの?」と狼狽えて、二人を交互に見やる。
「……む、そろそろ帰ってくるな。ウィンディさん、しっかりとお願いします!」
「あ、ちょ、アサギ!」
足早に逃げ出したアサギに置いてかれたウィンディが後を追おうと一歩足を出したが、くいっと涙目気味なウィンクルにインナーの端を掴まれてしまい逃亡を阻止されてしまう。
「……お姉ちゃん?」
上目遣いに涙目という効果抜群な組み合わせにやられてしまったウィンディは、自分よりも先に行く従妹のために性教育の授業を余儀無くされ、自室で丁寧かつ誤解の無い説明をして一日を終えた。




